ラマダン明けを祝う親族の集いも今年はかなわず、各自宅からメッセージ付きの写真をソーシャルメディア上でシェアする動きが主流となった(筆者撮影)

コロナ後の「ニューノーマル(新常態)」で、東南アジアにおいて急速にデジタル化が進んでいる。「マレーシアを侮る日本人が驚くコロナ後の日常」(2020年8月17日配信)でも詳報したように、政府主導で積極的なデジタル化推進のための施策が次々に打ち出されているマレーシアでは、国民生活の風景も今、著しく変化している。

当初は、政府の呼びかけに応じ、陽性患者が判明した時の追跡調査を迅速化するために、各レストランやショッピングモールが、独自にシステムを導入したり2次元コードを作成したりするなどして、来店客の氏名や連絡先、体温などの記録に協力していた。

しかし、各施設が異なるシステムで入力システムを構築するなどしていたため、国民から「毎回、入店するごとに異なるシステムに登録したり手書きで記入したりするのが面倒だ」などの声が上がった。

すべての施設や店舗で濃厚接触が確認できるアプリ

そこで、マレーシア政府は、国家安全評議会(NSC)や保健省(MOH)など複数の機関により共同で開発されたスマートフォン用アプリ「MySejahtera(マイセジャテラ)」を導入した。各施設や店舗の前に置かれた「MySejahtera」専用の2次元コードにかざすと、1クリックで濃厚接触者の追跡調査に必要な個人情報が自動的に入力できるシステムだ。AppストアやGoogle Play Storeからダウンロードが可能で、全国的に統一が図られた形となった。

官公庁施設はもちろん、大型ショッピングモールからオフィス、病院、美容院、マッサージ店、さらには路上の小さな屋台に至るまで、すべての施設や店舗において、「MySejahtera」にアクセスできる2次元コードの導入が現在義務化されており、スマートフォンをかざして「Check-in」ボタンを押すと、即座に「チェックイン完了」の画面が出て完了。政府が管理するデータベースに国民の”チェックイン状況”が氏名や連絡先などとともに登録されることにより、陽性患者が発生した場合、同時間帯にその場に居合わせた濃厚接触者となりうる人々の追跡調査が可能となる。

それまでは、各店舗などが独自に氏名や連絡先などの登録を求めるケースも多かったことから、個人情報の悪用などが懸念されていたが、政府管轄のアプリに一括されたことで個人情報は厳重に管理されることとなる(*濃厚接触者追跡の目的以外には使用されない)。

8月半ば時点で、実に国民3258万人のうち、1500万人以上とほぼ半数がすでにMySejahteraをダウンロードして日常的に活用している。すでに、MySejahteraによる追跡調査により332人以上の陽性が判明するなど、確実にその効果は発揮されている。ちなみにマレーシアでは、8月末に1カ月ぶりに死者1人を確認した以降もほぼ死者の出ない日が続き、致死率は1.3%(日本1.9%)だ。一方、日本では2割程度しか接触確認アプリ「COCOA」の導入が進んでいない。


小さなローカルレストランも当初は手製の2次元コードで客の連絡先や体温の管理を行っていたが、政府管轄の統一アプリ「MySejahtera」への切り替えが進んでいる

このように政府主導で急速にデジタル化が進むなか、ビジネスから教育、さらには市民生活のあらゆる風景においても、コロナと共に生きる「ニューノーマル」は、加速度的に進化し始めている。

ロックダウン後からマレーシアで人気を呼び始めたフットゴルフというスポーツ。サッカーなどが接触を伴うとして禁止されていたなかで、ゴルフ場でサッカーボールを蹴ってスコアを競うこのフットゴルフが接触を伴わないとして人気を呼んでいる。

注目すべきなのは、そのプレー料金の支払い方法だ。ロックダウン後に久々に友人同士で集まりフットゴルフで汗を流した、クアラルンプール在住の会社員、ベンさん(31)。一括して事前に支払いを済ませていた友人に対して、割り勘で現金を手渡しするのではなく、その場でスマートフォンをかざして2次元コードを利用し、送金を完了させた。ベンさんは最近、財布に現金はほとんど入れなくなったのだという。

もともと、東南アジアはキャッシュレスが日本より早く市民生活に浸透してきたが、特に、不特定多数の人が触れる紙幣を敬遠する流れが加速しており、「現金をあまり持ち歩かなくなった」と言う人は少なくない。屋台などでも2次元コード利用が当たり前になってきている。「スマートフォンさえあれば、最悪困ることはない。なんでも済ませられるよ」とベンさんは軽やかに笑う。

2次元コードを活用した「思い出」の共有

大学生活にもデジタル化の波は及んでいる。

この春にマレーシア国内の大学に入学予定だったイスラム教徒のアリアさん(18)。コロナ禍で入学式もお預けとなり、大学の授業はZoomを使って行われているが、大学側が学生に課した課題が実にユニークだ。

「ロックダウン中に会えない友人にクリエイティブな”デジタルギフト”を作成しよう」という課題で、自宅からオンライン授業をつなぐ日々のなか友人らに会えずに過ごす学生たちに向けて、あらゆるデジタルを駆使して「クリエイティビティ」を発揮しよう、というものだ。

アリアさんは早速、動画配信サービスNetflixを模したデザインを、画像編集ソフトウェアの「Photoshop」を使いこなして創り上げた上で、表紙には自作の「2次元コード」を掲載。クリックすると、数百枚に及ぶ友人たちとの思い出写真や動画にアクセスできる仕組みを独自に完成させた。

アリアさんは言う。「沢山の思い出の数々を収めたデジタルアルバムを作ろうと初めは思い立ったんだけど、それじゃ面白くないじゃない!しかも大量の写真や動画をすべて並べるのはあまりクリエイティブじゃないでしょう?だから、2次元コードを自作して、スキャンしたらアルバムに飛ぶように工夫したの。2次元コードを作るのは初めは難しいかと思ったけど、そうでもなかったわ。無料で出来るサイトを見つけて簡単に作れたから、これからどんどんいろんなシーンで手作りして活用しようと思うわ」

東南アジアのデジタルネイティブの底力が垣間見える。


この春大学に進学し、Zoomで授業を受けているアリアさん(18)。大学が出した課題に対し、2次元コードを手作りするなどしてクリエイティブな作品をオンライン上で完成させた(筆者撮影)

イスラム教徒の習慣もオンライン化「Eザカート」

前回の記事「マレーシアを侮る日本人が驚くコロナ後の日常」(2020年8月17日配信)では、ラマダン(断食月)明けの祭り「ハリラヤ」が今年はZoomで祝われたことも報じたが、あらゆるイスラム教徒の習慣にも、デジタル化の波は押し寄せている。

イスラム教徒はラマダン期間中に、ザカート(喜捨)と呼ばれる寄付を行う習慣がある。例年であれば、ラマダンが明けるまでの間に、イスラム教の礼拝所モスクにおいて、財産に余裕のあるイスラム教徒が貧しい人々に寄付をするのが習わしだ。


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しかし、今年は全土にわたってモスクが閉鎖されていたため、ザカートもオンライン化、名付けて「Eザカート」が活発化した。スマートフォンから「Eザカート」が可能なアプリにアクセスすると、1クリックで自身の銀行口座などからオンライン決済する仕組みで、5分もかからず簡単に寄付ができるようになった。伝統的なイスラム教徒の習慣が、コロナ禍のニューノーマルに対応すべく、より便利で迅速な形へと急速にその姿を変えている。

コロナとともに生きる「ニューノーマル」において、テクノロジーの進化に拍車が掛かるマレーシア。世界的にも経済成長が鈍化し、先行きへの不安が渦巻く一方で、新たなイノベーションが創造される機会と捉え、前向きな変化が生まれる兆しも出始めている。