コロナで苦境に陥った「金の蔵」はランチ限定で「東京チカラめし」を入れることで、少しでも売り上げを補うことをもくろむ(記者撮影)

苦境に陥った格安居酒屋チェーンが頼ったのは、かつて一世を風靡した焼き牛丼屋だった。

居酒屋チェーンの「金の蔵」は8月17日、錦糸町北口店にて元祖焼き牛丼「東京チカラめし」の営業をランチ限定で開始した。8月21日には秋葉原昭和通り店、8月25日には渋谷東口店、9月14日には池袋サンシャイン通り店と、相次いで対応店舗を増やした。

9月中にさらに2店舗で導入し、当面6店舗でランチ限定のチカラめしを展開する。あまり知られていないが、金の蔵とチカラめしはともに、三光マーケティングフーズ(以下、三光フーズ)が運営するブランドだ。

苦肉の策で打ち出したランチ強化

新型コロナウイルスが襲いかかり、休業や時短営業を余儀なくされた居酒屋業態。三光フーズも例外ではなく、同社が持つ居酒屋業態の4〜6月の売り上げは前年同期比で8割超も減少。まさに危機的な状況だった。

足元も厳しい。7月は初週こそ戻り基調だったが、東京都内の感染者数が200人を超えた第2週から客数が再び急減。8月以降も依然としてコロナによる居酒屋離れの傾向が続き、売り上げは前年同月比で3〜4割の水準でしかないという。

厳しい状況のなか、三光フーズが“苦肉の策”として打ち出したのが、「ランチ需要」の開拓だ。その一環として、夜は通常どおり居酒屋として営業し、昼のみチカラめしの営業を行う「二毛作作戦」を標榜する。夜の売り上げ急減を昼の営業強化で少しでも補う狙いである。


5月11日に改装された「東京チカラめし」新宿西口店。コロナ禍でテイクアウトメニューにも力を入れる(記者撮影)

チカラめしはかつて、三光フーズの看板ブランドだった。初出店は2011年の池袋西口店。金の蔵以外にも「月の雫」や「東方見聞録」などの居酒屋ブランドを展開していた三光フーズの「新たな柱」として打ち出された。オープン当初は、並盛280円という低価格設定や「焼く」というひと手間かける工程のおかげで反響も大きく、連日大にぎわい。2011年には約30店舗だった店舗数も、わずか1年後には約120店舗にまで急拡大した。

しかし、待ち受けていたのは飲食チェーンが陥りがちな「過剰出店の罠」だった。収益を上げるために出店を急いだ同社だが、出店スピードに採用人数と現場の教育レベルが追いついてこなかった。「ピークのランチタイムに、日本語をほとんど理解できていない外国人スタッフに調理や接客をまかせている店舗もあった」(外食業界関係者)。

現場レベルの低下による店舗ごとの味やサービスのばらつきなどがあだとなり、ブームは一気に終焉。当初は駅前一等地を中心に店舗を出していたため賃料負担も重かった。膨らむ赤字に耐え切れず、2014年には直営の約8割にあたる68店舗をカラオケボックスや飲食店運営などを展開するマックグループ(現Airside)などに売却した。

ピーク時には直営とフランチャイズ(FC)を合わせて130を超えた店舗数も、今では直営で都内に3店舗、千葉に1店舗、FCで大阪府内に2店舗を展開するにとどまり、街ではほとんど見かけなくなった。

認知度の高さを生かす

短期間で天国と地獄を見たチカラめし。三光フーズは今回、このブランドをコロナ禍での新たな武器として目をつけた。「ネームバリューはある。認知度の高さをうまく生かせないか」(三光フーズの山形幸司事業企画部長)。

そもそもチカラめしは、居酒屋の調理機械を使って調理していた。今回、ランチ強化のために間借り営業を始めても、あらたに設備投資を行う必要がほとんどない。また、昼限定店舗のメインメニューの数は「焼き牛丼」など5種類のみ。通常のチカラめしの店舗では20種類ほどあるが、品数を絞り込むことでオペレーション面での煩雑さをクリアした。


金の蔵内で提供された焼き牛丼。金の蔵にもともとある調理機械で作ることができるため、ランチ営業開始に伴う初期投資はほとんどかからない(記者撮影)

三光フーズは二毛作店舗の出足に手ごたえを感じているようだ。「渋谷東口店などではSNSの口コミもあって活況だ」と山形事業企画部長。当面は6店舗の展開で状況を見るが、「最終的には金の蔵全19店にまで導入することを視野に入れている」(同)という。

チカラめしのブランド力を活用しランチ需要の開拓を図る三光フーズだが、経営は深刻な状況だ。主力の総合居酒屋が稼げなくなり、2017年6月期以降は4年連続の最終赤字が続く。

2020年6月期は売上高73億円(前期比30.9%減)、40店舗超の閉店に伴う減損などを計上したことにより最終赤字27億円(前期実績15億円の赤字)に陥った。現在、決算書には「継続企業の前提に関する重要事象等」の記載がついている。

年間1000社以上の企業をリサーチしている、分析広報研究所の小島一郎アナリストは「新業態を作ろうとしたチャレンジ精神は評価できるが、チカラめしの運営を継続する力がなかった。約10%もの営業利益率をたたき出す外食業界屈指の優良企業だったものの、チカラめしの転落で明確に潮目が変わり、今では大赤字を垂れ流している」と話す。

資金繰り面にも不安が残るため、2020年6月期には新宿や新橋の不動産売却により売却益8億円を計上し、同期末の現預金は16.3億円と平均月商の2.7倍を確保した。これまで無借金経営を続けてきたが、コロナの長期化を見据え、現預金に厚みを持たせるべくすでにいくつかの金融機関から融資を受ける話を進めているという。

経営存続が問われるほどの苦境下で、三光フーズはランチ需要開拓のほかにも複数の挽回策を掲げる。

その1つが、経営スリム化のためのリストラの徹底だ。2020年6月期の居酒屋業態など40店舗超の閉店に続き、今2021年6月期も現時点で9店舗の閉店を計画。人員整理にも着手し、今期中に50人程度の希望退職を募る予定だ。

一方で、安定収益源の確保を狙い、外食以外の新事業や新業態の育成も模索する。小粒だが安定した収益を上げる、オフィスワーカー向け弁当販売事業や官公庁内の食堂運営事業の売り上げを伸ばしていく。

既存ブランドの底上げにも力を注ぐ。コロナでも売り上げがそれほど落ちなかった、もつ煮込みが売りの居酒屋「アカマル屋」や「焼肉万里」などの業態を店舗拡大する。総合居酒屋は夜と昼営業の二毛作作戦でテコ入れを図る構えで、金の蔵は冒頭のようにチカラめしを入れ、チカラめし調理に対応する機械が入っていない東方見聞録などのチェーンには、ランチ向けにサラダバーを導入する。

苦しい総合居酒屋

外食業界の現状を見渡すと、居酒屋チェーンの売り上げの戻りには大きな差がある。多くの居酒屋が店舗休業した4〜5月こそ、各社軒並み前年同期比1割程度の売り上げだったが、串カツチェーンの「串カツ田中」や焼き鳥の「鳥貴族」といった専門居酒屋は7月には全店売上高が同7割程度まで復調した。対して、三光フーズや「ミライザカ」「和民」を展開するワタミ、「はなの舞」のチムニーなど総合居酒屋を展開するチェーンは、同3〜4割程度の水準でしかない。

前述の小島アナリストは「総合居酒屋の悪いところは、個性がないところ。例えば、鳥貴族ならば『焼き鳥』というイメージがすぐに湧くが、『金の蔵』と聞いても何が売りの居酒屋かピンと来ない。今後は、個性があり、専門性が高い飲食店でなければ生き残れないだろう」と指摘する。

ワタミは居酒屋業態を中心に、2021年3月期中に65店舗を閉める一方で、持ち帰り空揚げ専門店の「から揚げの天才」や焼き肉「上村牧場」などについては積極出店を行う方針。チムニーも居酒屋業態を中心に2021年3月期中に72店舗を閉め、「焼肉牛星」や和食「はなの屋」など専門業態の育成を急ぐ。

苦戦中の居酒屋チェーンは大量閉店、業態転換、昼営業といった生き残り策を手探りで進める。こうしたコロナ禍での取り組みが、アフターコロナの時代に効果を発現する可能性はあるだろう。しかし、残された時間は限られている。三光フーズによる、かつての主力ブランドに頼る二毛作作戦が吉と出るか凶と出るか。業界全体の行方を占う1つの試金石となりそうだ。