大手コーヒーチェーンのスターバックスは、地域文化に根差した店づくりを進めている。例えば梅田にできた新店舗では、大阪にゆかりのあるアーティストが「淀川のゴミ」で作ったアートを店内装飾に活用している。経済ジャーナストの高井尚之氏は「大阪のスタバには親しみやすい雰囲気がある。これには店内装飾と従業員気質があるようだ」という――。
写真=筆者撮影
地元アーティスト「淀川テクニック」のオブジェ(LINKS UMEDA 2階店) - 写真=筆者撮影

■立地によって雰囲気が変わるのがスタバ

現在、日本国内で最も多いカフェチェーンは「スターバックス コーヒー」で、最新の国内店舗数は1550店を超えた。

2位の「ドトールコーヒーショップ」が約1100店なので、400店以上も差がある。ちなみに筆者が双方の店舗数を比較し始めた12年前は、ドトールが1100店台で現在より少し多く、スターバックスは800店台だった。それがここまで勢力図が変わった。

スタバには、立地によって雰囲気が変わる店もある。以下に記す「地域の景観を意識した店」もあれば、店舗の従業員が小さな工夫を重ねた「地元らしい店」もある。そうした姿勢も利用客の支持を得て、ここまでの店舗拡大につながったのではないだろうか。

新型コロナウイルスの感染拡大が一段落しつつあった7月上旬、大阪市内の2店をかけ足で回った。両店の横顔を紹介しながら、その取り組みを考えたい。

■大阪城内にある「景観に合った店」の様子は

安土桃山時代、豊臣秀吉によって築城された大阪城(かつては大坂城)――。現在は城址を含む一帯が公園として整備され、市民や観光客の憩いの場となっている。

この城郭に店を構えるのが「スターバックス コーヒー 大阪城公園森ノ宮店」(大阪市中央区)だ。城内には同「大阪城公園店」もあり、こちらが先輩店舗だ。

「大阪城公園森ノ宮店は、大阪に立地する、唯一のリージョナル ランドマーク ストアです」(スターバックス コーヒージャパン 広報担当)という話を聞き、訪れてみた。

写真提供=スターバックス コーヒー ジャパン
大阪城公園森ノ宮店の外観 - 写真提供=スターバックス コーヒー ジャパン

「リージョナル ランドマーク ストア」とは、同社が定める「日本の各地域の象徴となる店」で、外観も周囲の景観に配慮して建築。歴史や文化が色づく地域に建つことも多い。

最初の同業態は「鎌倉御成町店」(神奈川県鎌倉市)で2005年のこと。もともとは『フクちゃん』で知られた漫画家・横山隆一氏(故人)の旧宅だった。最近は特に力を入れている。

現在は「京都二寧坂ヤサカ茶屋店」(京都府京都市)、「富山環水公園店」(富山県富山市)「鹿児島仙巌園店」(鹿児島県鹿児島市)など各地に27店の展開が進んだ。プレジデントオンラインでも2019年11月に「わざわざ『文化財』の中に出店するスタバの狙い」と題し、「弘前公園前店」(青森県弘前市)の事例を紹介した。

■城をモチーフにした「和」が盛り込まれている

「大阪城公園森ノ宮店」の外観は、一見すると「鎌倉御成町店」に似ている。だが、随所に当地らしさが盛り込まれている。

例えば店内と店外はガラスで仕切られ、開放感もあり、城内の借景も楽しめる。テラス席には“丸石”に見立てたインテリアがある。これは家具で、座ったり荷物を置いたりできる。「大阪城天守閣の石垣からインスピレーションした」(同社)と話す。

写真=筆者撮影
テラス席にある丸石(大阪城公園森ノ宮店) - 写真=筆者撮影

現在の店長(ストアマネージャー)は福井淳哉さん。大阪城公園森ノ宮店に赴任する前は福井市の店に勤務しており、「福井の福井さん」として、覚えてもらいやすかったという。

「この店の前は噴水広場もあり、早朝はみんなでラジオ体操をされる年配者もいらっしゃいます。店の客層もさまざまで、朝は出勤前の会社員の方もいれば、昼下がりには主婦や学生の方など年齢も幅広い。自然な接客を心かけています」

また、店内にあるアートは、地元大阪のアーティストの作品だという。見渡して興味深かったのが、スターバックス唯一のキャラクター「ベアリスタ」(ベアー+バリスタの造語)が棚に置かれていたこと。不定期に発売されるベアリスタの和装を置くところにも、城内の店へのこだわりが感じられた。

一緒に訪れた20代の男性編集者とともに、テラス席に座ったが、残念ながら座席からは、天守閣が見えない。周囲の緑の向こうにそびえる世界を思い描くことにした。ちなみに外に出て離れた場所からは、店と天守閣が見えるようだ。

■梅田には木材をたっぷり使用した“やすらぎ”の店が

大阪城を離れて、表玄関・大阪駅(梅田駅)近くに移動してみた。

2001年に開業し、関西のヨドバシカメラの本拠地となった場所に、2019年11月に新たに複合ビル「LINKS UMEDA」が誕生。この2階にスタバが入居した。正式店舗名は「スターバックスコーヒー LINKS UMEDA 2階店」という。

店の特徴は、家具や内装に大阪産のクリの木やおおさか河内材がふんだんに使ってあること。取引先と一緒に取り組む“JIMOTO table プロジェクト”だという。資料に記された「大阪・梅田の真ん中に“スターバックスの森”が誕生」は、少し大げさに感じたが、落ち着ける空間であることは間違いない。

数年前、別件の店舗取材で「木視率(建築用語で、室内を見渡した時に木が見える割合)が40%を超えると、やすらぎ感が格段に高まる」という話を聞いたこともある。その話がよみがえってきた。

「2階から3階へ行く階段の横にはアートがあります。これは、淀川の河川敷をはじめ国内外で集めたゴミや漂流物などを使って制作をする、淀川テクニックというアーティストの作品です」

店長の柳原里枝さんが明るく説明してくれた。社歴も長い生粋の大阪人で、LINKS UMEDA 2階店では「店のオカン」の役割を担っている。元々は地域の自然環境を考えるきっかけづくりのために制作したものだそうだが、カラフルな飾り付けが彩りを加えている。

写真提供=スターバックス コーヒー ジャパン
淀川のゴミや漂流物で作った「淀川テクニック」のアート(LINKS UMEDA 2階店) - 写真提供=スターバックス コーヒー ジャパン

ドリンクを持ってきてくれた女性スタッフも関西出身。着用するブラックエプロンについて話を振ると、「3回目の挑戦で獲得できました」とうれしそうに話す。ブラックエプロンは、年に一度、コーヒーに関する幅広い知識、コーヒー豆の特徴などを問う社内試験を実施して合格した人だけに与えられる資格だ。

■「格好つけない」一方、商売人を感じる気質

取材した2店の近くにも、それぞれ別の店舗があったので、短時間、店内を見てみた。共通したのは、必要以上に格好つけない姿勢。ベタな関西風でもない。「店もお客さんも、お互いに歩み寄った印象ですね」と同行の編集者はつぶやいた。後日、2店について聞くと、こんな回答だった。

「まず店舗づくりの観点では、どちらの店舗も店内のアートは、大阪の血を濃く引いたアーティストが手がけています。人懐っこく明るい大阪の方の雰囲気が、手がけたアートの色合いやタッチに表現されて、それが店舗全体のとがりすぎない雰囲気に一役買っているのではないか、と思います」

さらに、関西事情に精通する広報担当者はこう続ける。

「一方、パートナー(従業員)には、いい意味での商売人気質を感じます。当社は一人ひとりが『自ら考え行動する』などのキーワードで、マニュアルのない接客を行いますが、特に大阪のパートナーはその傾向が強い。お客様との自然な交流を楽しむかのようです」

もともと「個人経営の喫茶店」が持っていた、地元の空気感のようなものか。

筆者もかつて、大阪・キタで昔ながらの個人店を利用し、「ごちそうさまでした」と伝えると、「おおきに」という言葉が返ってきて、余韻を味わったこともある。

平成・令和時代のカフェは、昭和時代の喫茶店に比べて、店とお客の距離感に離れた感じを持つが、大阪のスタバには距離感の近さを感じた。

■大阪府は全国で1番店が多い「喫茶王国」

ところで「喫茶王国」といえば、モーニングサービスで知られる愛知県を思い描く人が多いかもしれない。

だが喫茶店数では、国内都道府県で最も多いのは大阪府だ。1位・大阪府、2位・愛知県、3位・東京都の順位は長年変わらない。

ただし支出額は少ない。こちらは都道府県庁所在地・政令指定都市での比較だ。

数年に一度発表されるデータ(総務省統計局「経済センサス」を基にした全日本コーヒー協会発表)では、最新では1位・岐阜市、2位・名古屋市、3位・東京都区内の順だ。

岐阜市と名古屋市の1位と2位は入れ替わることが多く、この2市が支出額で突出している。東京はいつも3位。大阪市は筆者が知る限り、ベスト3に入ることはなく、神戸市などよりも順位は低い。商人の町だが、喫茶代に関しては“シブチン”(=財布のひもが固い)といえよう。老舗喫茶店も多い土地柄だが、大阪の老舗店はこうした気質とも向き合い、生き抜いてきた。

写真=筆者撮影
LINKS UMEDAにある店舗の様子 - 写真=筆者撮影

■茶会好きだった豊臣秀吉のお膝元でもある

大阪城のスタバでコーヒーを飲みながら、考えたことがある。

「豊臣秀吉が甦ったら、自分の庭で出された『南蛮由来の茶色い湯』をどう思っただろうか」

味は苦くて、薬のように感じたかもしれないが、異国の味に興味を持って「大茶湯(おおちゃのゆ)」を催したのではないか。1587(天正15)年には秀吉が、京都の北野天満宮で「北野大茶湯」という大規模な茶会を催したという。今なら巨大なカフェイベントだ。

妄想にすぎないが、そうした文化が残れば、「ここぞという時は、喫茶代にお金を使う大阪人」として、前述の調査で、大阪市が首位に君臨したかもしれない。日本の喫茶文化を考察すると、何かのきっかけで一気に盛り上がる現象もあったからだ。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)