24時間営業のマクドナルドで寝泊まりする人たちを指す「マック難民」という言葉がある。なぜ彼らは貧困に陥ったのか。週刊SPA!取材班がマクドナルドで暮らす43歳の日雇い労働者に話を聞いた――。

※本稿は、吉川ばんび、週刊SPA!取材班『年収100万円で生きる−格差都市・東京の肉声−』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■「平日は合コン、週末はクラブ」だった青春時代

平田正治さん(仮名・43歳)男性
出身/福島県
最終学歴/大卒
居住地/東京
居住形態/ファストフードで仮眠
年収/110万円
職業/倉庫整理
雇用形態/日雇い派遣
婚姻状況/未婚

「マック難民」をご存知だろうか。2006年、ハンバーガーショップ「マクドナルド」が24時間営業を始めた頃に、ネットカフェより安いと“ホームレス未満”の貧困者たちが利用し始めて普及した言葉だ。2019年にはヒット映画『天気の子』でも、主人公がマクドナルドを漂流するシーンが描かれ、“見えない貧困”として現在も続いている問題のひとつである。

取材中「疲れた」とうたた寝を始めたが、すかさず飛んできた店員に起こされていた(撮影=週刊SPA!取材班)

2020年の1月、深夜11時、豊島区の繁華街にあるマクドナルドの片隅で、カラになったロゴ入りカップと、水の入った紙コップをいくつも並べたテーブルに頬杖をつき、平田正治さん(仮名・43歳)が取材に応じてくれた。

「もともと自分はラガーマン。高校、大学とラグビーに打ち込み、名門校に推薦で入学できました。練習は本当にキツくて大変でしたが、平日は合コン、週末はクラブで遊んで彼女の家で眠る。あの青春時代が、自分の人生のピークだったかもしれませんね」

強靭な肉体とメンタルが自慢の体育会系……だった。だが、現在は見る影もないほどに痩せ細った体形。聞けば、「この5年で20kgは痩せてしまった」という。

■パワハラ上司に目をつけられ、うつ病に

「今振り返れば、働いた会社はだいたいがブラック企業でした。25歳で転職した飲食チェーン店では、毎日3〜4時間のサービス残業があり、休日出勤は当たり前。激務に疲れて脱落していく同僚もいましたが、自分は必死で耐え抜いた。でも、35歳のときに転職した、建築資材を扱う『B社』でパワハラ上司に目をつけられてしまったのが運の尽きでした」

体の大きな平田さんが、体を丸めて頭を下げるほど、上司は上機嫌になったという。毎日のように無理難題を吹っかけられて、転職3年目で心が耐え切れず、平田さんは精神科でうつ病と診断される。

「産業医の勧めもあり異動願を申請しようとすると、その上司に『俺の査定に響くからこのまま退職しろ』と脅されました。もう一切関わりたくないと思い、言われるがままに依願退職。当時は会社の寮に住んでいたので、住む家まで失ってしまったんです」

■貧困シェアハウスで摩耗する心

4年前、39歳の平田さんは「すべてを変えたかった」と一念発起して上京。就職活動には新しい住所が必要と、東京都文京区にある古い戸建てを改装したシェアハウスに移り住んだ。8畳一室を薄いベニヤ板で4つに仕切った共同部屋。ひとり用スペースは布団一枚程度で、家賃は月2万5000円プラス光熱費だった。

「築50年はたっていそうな古い家なので、隙間風がひどかった。僕がいたのは窓際の区画だったので、窓からの冷気で布団が冷え、なかなか眠れませんでした」

このシェアハウスには年配のフリーターや日雇い労働者が多く、困窮して精神がすり減っているからか、トラブルがよく起きた。平田さんはかつての体育会系の勇ましさは消えて、「すいません」が口癖になっていたと話す。

「ほかの住人たちがなかなか清掃をしないので、注意をしたら『殺すぞ』と凄まれたこともありました。怖かったですよ。次第にほかのシェアハウスのメンバーに無視されるようになり、風呂の順番を抜かされたり、冷蔵庫の食料を勝手に食われたりするなど嫌がらせが続いたので、半年ほどでシェアハウスを出ることにしました」

まだパワハラによるうつ状態から回復していなかった平田さんにとって、狭い家で見知らぬ人と暮らすという行為はハードルが高すぎた。狭い部屋で暮らしたおかげで、家財道具は片手で持てるほどに減っていた。運悪く、貯金が底をついたこともあり、一時的にネットカフェで暮らした。

「日雇いをしながらネットカフェを利用しましたが、ここも長くは続きませんでした。そして肌寒い11月の深夜、寝場所を探してたどり着いたのは、明るくて暖かなマクドナルドでした。店内には、楽しそうに談笑する若者グループの脇で、帽子を目深に被って、ひっそりと携帯電話を眺める男が数人いました。前にテレビで観たことがあったんですよね。『行くあてのない者たちが深夜のマックで過ごす』という内容のドキュメンタリーを。あぁ、俺もそうしようと思ったんです」

うつむいて席に着く彼らの様子に、流転の日々を送っていた平田さんはなぜか故郷に帰るような安堵を感じたという。

■日雇い派遣で働きマクドナルドで寝起き

「マクドナルドはWi-Fiも使えるし、充電もできる。日中はここに座って、携帯電話で日雇いバイトを検索します。年収は、頑張っても110万円ぐらいでしょうか。時給が高い深夜の日雇い仕事を入れたいんですけど、なかなか巡り合えなくて。仕事のない夜は、24時間営業の店で100円バーガーと水だけで過ごします」

日雇いバイトの内容は多岐にわたっており、都内であればイベント会場の警備から菓子の袋詰めまでさまざまだ。しかし、うつ病を抱えコミュニケーション能力に自信のない平田さんは、女性や若者の多い職場を避けていて、選択肢が少ない。棚卸しや梱包、警備といった職種を狙って応募を続けている。

「でも、贅沢は言ってられませんよね。女性が多そうな仕事に行くときは、コインランドリーに併設されるシャワーで、溜まった汚れを落とすように気をつけています。家がないと知られたくないですし、衣服が汚れすぎているとマクドナルドにも居づらいですからね」

当初は、せっかく上京したのだからと渋谷センター街の店で寝起きしていたが、ここも、うつ思考のため移動を迫られることになる。

「早朝、机に突っ伏して寝ていると『大丈夫ですか?』と声をかけてくるボランティアがいるんですよ。僕は初対面で身の上話なんてできないから、気安く確認してほしくない。ああいうの、疲れるから苦手なんです」

そこで、渋谷に比べて比較的穏やかな下北沢のマクドナルドを“定宿”にした。しかし、平田さんのほかにも店内で寝泊まりする難民客が増えたせいか、半年前、深夜は寝転がる広さのシート席に座れないように変更になったという。

「マック難民への目は厳しくなっていて、ほかの店舗でも次々と24時間営業を中止しています。横になると店員に起こされるから、寝るときはリュックを枕代わりに座ったまま寝たりします。おかげで、首も肩もボロボロです」

■「足を伸ばして眠れることがどれだけありがたいことだったか」

吉川ばんび、週刊SPA!取材班『年収100万円で生きる−格差都市・東京の肉声−』(扶桑社新書)

心身の消耗が激しい平田さんに生活保護など行政に頼る方法を提案すると、冷めた瞳でため息をつき、「何度か申請には行ったんですよ」と打ち明ける。

「生活保護を申請しても、親類を頼れといって門前払いです。前職の給与は基本給が低かったため、失業保険もすずめの涙。失業してからこの状況に落ちてくるまでの間、どこかでひっかかることのできるセーフティネットがあれば頼りたかった。俺だって就職したい気持ちはある。でも、状況的にできないんですよ。最近は日雇い仕事にもありつけていない。『足を伸ばして眠れる』ことがどれだけありがたいことだったか、身に染みています」

絶体絶命のサバイバル生活。平田さんは今日も、断崖絶壁の上を歩き続けている。

(週刊SPA!取材班)