新型では異例の特別モデル投入でテコ入れを図るタント

 最近は軽自動車の売れ行きが好調で、新車として売られるクルマの40%近くを占めますが、すべての軽が好調に売れるわけではありません。

2019年7月に登場した現行モデルのダイハツ「タント」

 販売に伸び悩みが見られる車種はダイハツ「タント」です。発売は2019年7月なので、軽自動車では設計が新しい部類に入りますが、2019年1月から6月の国内販売ランキング順位では、1位のホンダ「N-BOX」(10万1454台/2017年8月登場)、2位のスズキ「スペーシア」(6万5323台/2017年12月登場)に次ぐ3位(6万2253台)となっています。

【画像】ダイハツ新型タフトのガラストップは解放感がすごかった!(45枚)

 先代タントは2013年に発売され、2014年に先代N-BOXを押さえて国内販売のナンバーワンになりましたが、現行型はN-BOXだけでなく、スペーシアにも抜かれています。

 現行型が2019年7月に発売された後の届け出台数を見ると、同年9月までは前年の届け出台数を上まわりましたが、10月には4%のマイナスになり、11月は逆に急増して前年の2倍近く売れました。12月は再び18%減っています。

 ダイハツがタントの売れ行きに危機感を持ち、12月23日にお買い得な特別仕様車のセレクションシリーズを設定したからです。

 たとえば「Xセレクション」は「X」グレードをベースとし、360度スーパーUV&IRカットガラス、チルトステアリングなど3万8500円分の装備を加えて、価格はXと同額に据え置いています。

 このような格安な特別仕様車は、通常はモデル末期(フルモデルチェンジの直前)に設定されることが多く、発売から半年にも満たない新型車は異例だといえます。

 そして装備を加えながら、価格をベースグレードと同額に据え置く特別仕様車を用意すると、既存のグレードは割高になって販売できません。そのためにセレクションシリーズの設定直前となる12月には、入れ替えのためにタントの売れ行きが下がりました。

 2020年に入ると格安な特別仕様車が売れ行きを伸ばすと期待されましたが、1月はモデル末期だった前年に比べて6%減りました。2月も4%、3月も6%減っています。4月から6月はコロナ禍の影響で大幅に下がり、7月も10%の減少でプラスに転じていません。

 格安のセレクションシリーズを投入しても、売れ行きが持ち直さないのは深刻な状態です。そのために2020年6月17日には、タントに「Xスペシャル」も追加しました。これはXからスライドドアの電動機能などをはずした特別仕様車で、価格を8万円少々値下げしています。

 装備の原価は、我々ユーザーが考えるよりも大幅に安いため、2019年12月に設定したセレクションシリーズのように、価格アップを抑えて装備を加える特別仕様車は比較的容易に開発できます。

 しかし装備を取り去って、価格を下げるのは非常に難しいです。メーカーや販売店の粗利を直接削るからです。このような特別仕様車のXスペシャルまで用意するほど、タントは追い詰められています。

 なぜ現行タントはここまで販売が伸び悩むのでしょうか。販売店に尋ねると、以下のように返答されました。

「先代タントがモデル末期まで好調に売れたため、現行型に乗り替えるお客さまがいまひとつ増えないようです。

 また現行型は車内で移動しやすいですが、デザインや装備の目新しさは乏しいと思います。標準ボディは、インパネの樹脂感覚が強く、いわゆる質感が不満という話も聞きます」

タントのライバルは他社ではなく身内だった!?

 ユーザーがタントに不満を持った場合、他メーカーのN-BOXやスペーシアを購入するのでしょうか。

「軽自動車を初めて買うお客さまは、値引きなどの条件も含めてライバル車を選ぶことがありますが、いままで付き合いのあるお客さまは離れません。タントが好みに合わない場合、『ムーヴキャンバス』を選ぶことも多いです」(ダイハツの販売店スタッフ)

ダイハツ「タント」

 ムーヴキャンバスは、タントに比べて全高が100mm低い軽自動車ですが、後席のドアはタントと同様にスライド式です。全高が1700mm以下の軽自動車では、唯一スライドドアを備えています。

 フロントマスクは柔和なデザインで、リアゲートを少し寝かせるなど外観も上質。ルーフとボディの下側が同色のオシャレなストライプスカラーも用意しました。

 ムーヴキャンバスは堅調に売れており、「ムーヴ」の販売台数の約半数を占めます。2020年1月から7月における1か月の平均届け出台数は、タントが約1万800台、ムーヴキャンバスは約4200台です。

 販売店のコメントにもあった通り、タントの質感などに物足りなさを感じたユーザーが、ムーヴキャンバスに乗り替えることもあるわけです。

 2020年6月にダイハツは「タフト」も発売しました。販売店によると「子育てを終えたお客さまが、ファミリー向けのタントからSUV感覚のタフトに乗り替えることもあります」といいます。

 このようにタントの販売伸び悩みには、タント自体の商品力低下に加えて、ほかのダイハツ車の売れ行きも影響しています。

 ダイハツに限らず、軽自動車は全長や全幅、エンジン排気量が全車共通です。しかも薄利多売の商品なので、複数の車種を用意します。

 全高が1600mmを超える前輪駆動の軽自動車だけでも、ダイハツにはタント、ムーヴキャンバス、ムーヴ、タフト、「ウェイク」、「キャスト」があり、同じメーカーの軽自動車同士が競争する面もあります。

 従ってダイハツから魅力的な軽自動車が登場すると、タントの商品力に問題がないのに、売れ行きを低下させることもあります。

 それでもタントはダイハツの主力車種なので、販売の伸び悩みはダイハツ車全体の勢いに影響を与えます。

 いまのダイハツは、軽自動車の販売ナンバーワンメーカーとされますが、2020年1月から7月の販売累計は、ダイハツが29万4073台で、スズキは28万9746台でした。

 ダイハツが1位ですが、スズキとの差は4327台に縮まり、1年前の2019年1月から7月の差が2万4011台だったことに比べると僅差です。今後の販売動向次第で、年末までに1位がスズキに奪われることがあるかもしれません。

 タントの売れ行きが特別仕様車の追加程度では持ち直さないことが分かったので、2020年の秋以降、デザイン面まで踏み込んだ大幅な改良を実施する可能性があります。

 スズキの「スペーシアギア」のようなSUV風の派生モデルを用意することも考えられます。