怪物キリアン・エムバペが脅威の治癒力をみせ、パリ・サンジェルマンとフランスに期待が膨らんでいる。

 7月24日のフランスカップ決勝(対サンテティエンヌ、1−0)で危険なタックルを受け、離脱を余儀なくされたエムバペ。3回にわたる検査の結果は「右足首外側の靭帯損傷を伴う重度の捻挫」で、「約3週間の戦線離脱」が発表された。これで、チャンピオンズ・リーグ(CL)のアタランタ戦(8月12日)出場も「ほぼ困難」との見方が支配的になった。

 ところがサプライズは早くも7月29日にやってきた。この日エムバペはパリSGのトレーニングセンター「カン・デ・ロージュ」に、何事もなかったかのように出現。松葉杖も固定器具も使用していなかったばかりか、足取りもごく普通だった。

 7月31日のリーグ・カップ決勝(対リヨン、0−0、PK戦6−5)後も同様で、キリリとした背広姿で颯爽とスタッド・ド・フランスのスタンドからピッチに降り、奮闘したチームメイトを祝福。表彰台にも普通の足取りで上がり、大きな笑顔を炸裂させた。これらは、捻挫による腫れが完全に引いたことを意味する。

 「62時間を経過した後、ときにグッドサプライズが起きることがある」と指摘するのは、捻挫に詳しい医療関係者だ。

 加えて、「医療部門のコミュニケ(声明文)を書くにあたっては、戦略的懸念から、ときに意図的に曖昧にしたり方向づけしたりすることが。とくにチャンピオンズリーグの時期はなおさらだ」と明かす内部関係者もいる。ただ嘘を書くという意味ではなく、あくまでも全ては明かさないという話だ。

 それにしても、今回のケースでは、エムバペの意志の強さが目を引く。ピッチ上と同じように脅威のスピードで治癒し、アタランタ戦のピッチに立ちたいと思っているからこそだろう。エムバペの近親者は、アタランタ戦のマッチペーパーに入る可能性について、「90%のチャンスがある」と言い切っている。

 「脳が治癒を指令する。希望がある場合は、治癒のチャンスもさらに大きくなる」と分析するのは、リーグアンで活動するある医師。パリSG内部でも、みながエムバペの治癒力を強く信じ始めているところだ。

 このままいけばエムバペは、まず軽いランニングを開始、次いで足首を交互に使う練習をし、次にスピード走を試行訓練することになる。スタッフはこれらをこなしたうえで、できれば8月8日にボールを使ったトレーニングに突入したいと思っているようだ。ファロ(ポルトガル南部)での合宿開始日である。
 ただ、8日にボールを使った練習ができたとしても、アタランタ戦まで4日しかない。コロナ禍による3カ月間の中断に加え、捻挫による15日間の中断まで起きた以上、いくら怪物でもコンディションを100%にするのは難しい。

 とは言うものの……。仮に全て順調に進んだ場合、エムバペはアタランタ戦のマッチペーパー入りばかりか、後半に30分間ほど投入されるかもしれない。それどころか、先発して60分間前後プレーする可能性も生まれる。パリ中、そしてフランス中で期待が膨らんでいるのも、無理はない。

 なにせ、エムバペが怪我でピッチを去った7月24日のサンテティエンヌ戦の前半33分から8月2日現在まで、パリSGはロスタイムを除いて計177分プレーしているが、ゴール数は「0」。怪物を欠いたパリSGは、加速力も決定力も奪われている。

 公式戦2試合における決定力不足を指摘されたトーマス・トゥヘル監督は8月1日、メディアに激昂した。「毎試合4〜5ゴール決めるチームがあったら僕に見せてよ。不可能だろ! 僕には明らかだ。君たちはいつもネガティブなものを探している。99ポイントがポジティブでも、100ポイント目(のネガティブ)を探すんだ」と怒り心頭だった。

 7月26日、涙するエムバペの写真とともに「奇跡だけ」の大見出しを一面に掲載したのはフランス紙『L’EQUIPE』。奇跡が起きない限りアタランタ戦出場は無理、という意味をこめた大見出しだった。

 果たして、21歳の怪物は、本当に奇跡を起こしてリスボンのピッチに出現するのだろうか。

テキスト・結城麻里
text by Marie YUUKI