■世界から馬鹿にされる日本のFAX、米国でもまだ健在だった

産業遺産の収集をすることで知られる米国の「スミソニアン博物館」では矩形FAXが展示されています。そのことを知れば「一時は活躍してくれたFAXも、今や博物館に飾られる過去の遺産になったのだな」と感じるかもしれません。

しかし、ここ日本においてはいまだにFAXが現役選手として活躍しています。それもビジネス・オフィスの現場に限らず、日々の新型コロナの感染者数報告として、第一線で活躍中というので驚きです。韓国・朝鮮日報は「東京はまだFAX2台で感染者情報を収集している。データ収集の漏れや、重複計上もあったようだ」などと報じました。SNSなどでは「他国からの失笑を買っている!」と怒りと屈辱感を覚える投稿も見られます。

ですが、ニューヨーク・タイムズの記事によると、米国においても紙のFAXで新型コロナの感染者数報告対応に苦慮しているという「意外すぎる事実」が明らかになりました。米国といえば、GAFAMを抱える世界屈指のIT大国であるはず。その米国でもいまだにFAXが現役というのです。

写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd

■ニューヨーク・タイムズが報じた米国FAXの現状

ニューヨーク・タイムズの記事「Bottleneck for U.S. Coronavirus Response: The Fax Machine」によると、ヒューストンのハリス郡公衆衛生局には数百枚に及ぶ検査結果がFAXで送られてきて、大量の用紙が床に散乱しているような状況だといいます。同局はこれまでに4万人超の感染者情報を受け取ってきたというのです。

IT大国の米国においても、コロナ禍における感染情報を適切に処理ができていません。感染経路の特定に使用するためのデータ収集について、一部こそ処理に適切なデータで届くのですが、FAXをはじめ、電話、手紙、Eメールなどさまざまなフォーマットで「不完全なデータ」として日々、送信されているのが現状だというのです。

新旧のテクノロジーが混在し、疫学者の要求を満たさないデータ基準で、感染者の住所や電話番号など個人情報の抜け、報告書の重複、管轄の異なる保健所への発送などごちゃまぜのデータを処理できないのが米国の衛生局での状況です。

■「検査データ収集」が目的化してしまっている

もはや、日々加速する感染速度に正確なデータ収集がまったく追い付いていません。ワシントン州は州兵を25人派遣してデータの入力にあたっていますが、同記事の衛生局では必要な情報がそろうまでに平均して11日も要しており、「検査データ収集が目的化して、収集したデータの活用が見えなくなっている」とアメリカ疾病対策センターの元所長、トーマス・フリーデン氏は頭を抱えています。

米国の感染者数は日本とは比較にならないほどですから、現場の混乱の状況は日本以上のものと推測されます。皮肉なことにワシントンのスミソニアン博物館に展示されたFAXが、米国でも現役選手としてコロナ感染者の把握のために日々活躍しているのです。

さて、「日本では感染者数をFAXで報告する」という日本のITの発展状況を嘆く声がネットなどから聞こえてきますが、日本のコンピューター技術は世界的に見て、決して低くはありません。

■スパコン「富岳」が世界一になった一方で……

最近でも日本の理化学研究所などが開発したスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」が並み居る世界の強豪を抑えて、国際ランキングの4部門で首位に輝き、日本のスパコンが世界1位に返り咲いたニュースが話題になったばかりです。そしてこの富岳は新型コロナ対策にも活躍しており、同コンピューターを用いてたったの10日間で2000種類超の新型コロナ治療薬候補を選別するなど、日々活躍する姿を見せています。しかし、世界一のスパコン・富岳で新型コロナの治療薬候補の選別をする傍らで、感染者数の報告はFAXで行っている。これだけを聞くと大きなチグハグ感を覚えるのではないでしょうか。

なぜ、この令和時代に世界一のスパコンを有する日本や、ITの大国の米国でも、FAXを活用して感染者情報を共有しているのでしょうか?

そんな中、とても興味深い論考が現代ビジネスに掲載されていました。北見工業大学教授で公衆衛生分野の情報化に詳しい奥村貴史氏が同サイトに寄稿にした記事によると、いまだにFAXを使い続けるのは合理的理由があるといいます。

■いまだにFAXを使うしかない事情

同氏の書いた記事によると、この問題は日本の感染症対策の体制から来ているものであり、「患者発生届」のみをWeb化すれば解決する問題ではなく、逆に効率を下げてしまうだけになるというのです。また、予算を割けば一朝一夕に解決するという類いの問題でもないというのです。これにはいくつもの課題があります。

結論から言えば、新型コロナ報告を即日でデジタル化できない理由は、コンピューターの性能や、医師のITスキル不足によるものではなく、医療機関、自治体、保健所など複数の関係者で共通のシステムを整える必要があり、そのためには膨大なコストと時間がかかるほか、感染者報告専用のアカウント配布・管理方法などの課題を解決する必要があるとのことです。つまり新たなシステムの導入により、医療機関や保健所への負担がむしろ増えてしまうのです。

同氏からの改善につながる提言に、「OCR(光学文字認識、活字を文字コードに変換するソフト)処理を前提としたフォーマットをFAXで扱う」というものがあります。これなら、FAXによる一元的管理機能を担保しつつ、アナログでデータを受信しても、OCRスキャンすれば直ちにデジタル化できますから、入力する現場の手間を減らすことができます。

■FAX、実はベストプラクティスだった

そもそも、新型コロナはある日突然、牙を剝いて人類に襲いかかってきたということを考慮する必要があります。

「備えあれば憂いなし」といいますが、今回はその「備え」ができなかったのです。そうなると、パンデミックの最中にFAXをまったく必要としない大規模システムを構築するより、現行の慣れたオペレーションを踏襲することが、改善点は依然として残るものの、一番低コストでミスも減らすことができるので「今すぐできる数ある手段のベストプラクティス」と言えるのではないでしょうか。

「日本だけが世界からただ一国のみITで遅れている」という声が目立ちますが、技術力や医療現場のITスキルではなく、データ統合上の問題なのです。世界一のIT大国の米国でもFAXが稼働していることからも、それが見えてきました。

(ビジネスジャーナリスト 黒坂 岳央)