5年ほど前に埼玉県内の大規模無低に入居していたというオサムさん(編集部撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

「生活保護費の支給日になると、マイクロバスに乗せられて市の福祉事務所に連れていかれます。まず、施設の職員たちが役所内の窓口まで5、6メートル間隔で並んで。その前を通って僕たち入居者が保護費を受け取りにいくんです。職員は僕らが逃亡しないように見張ってるんですよ。バスに戻ると、お金は封筒ごと全額取り上げられます。

施設の食事もやばかったです。朝食はたくあん数切れに味付けのり1袋、ウインナー1本。納豆が付けばいいほう。ご飯は1人1杯と決められていて、夕飯がご飯茶碗1杯のカレーライスだけということもありました。肉や魚ですか? ほとんど出たことないです」

無低の職員から新宿駅で声をかけられた

オサムさん(仮名、49歳)は5年ほど前、東京・新宿駅付近でホームレス状態にあったとき、埼玉県内のある「無料低額宿泊所」(無低)の職員から「うちに入って生活保護をもらいながら、仕事を探しませんか?」と声をかけられた。


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無低とは社会福祉法に基づく民間の宿泊施設のこと。オサムさんは「(無低の職員は)言葉遣いも丁寧で、おにぎりやお茶もくれたので、信用できるところだと思ってしまった」と振り返る。

厚生労働省によると、無低は全国に570施設、入居者は約1万7000人。良心的な施設もある一方、一部の施設は生活保護利用者の保護費をピンハネするなど貧困ビジネスの温床となってきた。

オサムさんが入居したのは埼玉県内に複数の施設を持つ大規模無低。保護費の支給日には100人近い入居者をマイクロバス3台に分乗させて福祉事務所まで引率していたという。大勢の人々が職員の監視のもと続々と保護費を受け取り、速攻で没収される光景は相当に異様だったはずだ。もう少しオサムさんの話に耳を傾けてみよう。

「職員から1日1000円だけ渡されます。でも、施設の食事では足りないし、昼食は自腹なのでカップラーメンなんかを買ったら、いくらも残りません。部屋は2畳ほどの個室で、壁はベニヤ板。ダニやノミ、小さなゴキブリが出ました。(福祉事務所の)ケースワーカーは一度も来たことありませんね。

中には寝たきりのお年寄りもいて、おむつ交換は入居者の仕事。僕は一時期、厨房の仕事を任されました。配膳や調理、食材の受け取りとか。何十人分もの食事の用意ですから、ハローワークに行く時間なんてありません。給料? 出ませんよ、そんなの」

保護費は1人13万円ほどなので、施設はそれぞれの入居者から毎月約10万円を巻き上げていたと思われる。劣悪な居室や食事の水準を考えたら、暴利にもほどがある。これらは「悪質な無低」の典型的な手口でもあった。中には、多人数のタコ部屋に押し込まれたとか、職員から暴力を振るわれたといった話もある中、オサムさんの経験はまだましとさえ言えた。

一方、行政側も無低職員が同行する生活保護申請は簡単に受け付ける。それどころか、住まいを失った人が相談に訪れると、自治体のケースワーカーが無低に入居するよう促してきた実態もある。行政側のほうが住まいのない生活困窮者をいつでも受け入れてくれる無低を安易に利用してきたともいえ、被害に遭ったある男性は「これでは行政も泥棒の片棒を担いでいるようなもの」と憤っていた。

「ネットカフェ暮らしのほうが楽だった」

結局、オサムさんは3カ月で施設から逃亡。「無低には二度と入りたくない」と思ったという。このときは数年後、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、再び生活保護を利用することになるとは、想像もしていなかった。
 オサムさんは静岡県出身。中学卒業後、建設現場やトラック運転手、廃品回収などさまざまなところで働いた。仕事がつらくて辞めたこともあったが、倒産や雇い止めによって失業したこともあった。月収20万円ほどの安定した職場がある一方、時給が最低賃金を下回ったり、“名ばかり個人事業主”で働いても支出ばかりがかさむ悪質な会社もあった。

バブル景気崩壊後、労働者派遣法の規制が緩和されると、派遣労働者として働くことが増えた。両親と不仲だったこともあり、10年ほど前に東京に移り住んだ。東京ではずっとネットカフェ暮らし。ここ数年、働くのは週3日ほどで、フルタイムでシフトに入ればアパートに移ることもできたが、そうはしなかった。「水道光熱費の支払いが面倒で……。ネットカフェ暮らしのほうが楽だったんです」とオサムさん。

そこに来て今回のコロナ禍である。オサムさんは5月末に派遣先を雇い止めにされた。理由は、法律が改正され、派遣労働者にも同一労働同一賃金を支払わなくてはならなくなったからだと説明された。

要は割高な派遣労働者をクビにして低賃金で使えるアルバイトに切り替えるということだ。不合理な格差をなくすという法改正の趣旨を無視した脱法行為である。感染拡大のさなか、新しい派遣先は見つからず、所持金も尽きた。

いよいよ生活保護を利用するしかない。でも、住まいがなければ無低に送り込まれるのは確実だ。結局オサムさんは友人の自宅に同居していることにして生活保護を申請した。その後、市民団体の支援を受け、なんとかアパートを借りることができたものの、居住実態のない住所を申告することは言うまでもなく不正行為である。

無低についてはこの間、市民団体などが声を上げ続けてきたおかげで、一定の規制や基準が設けられつつある。ただ、私が取材する限り、劣悪な環境で保護費の大半をピンハネする無低は依然としてはびこっている。

また、一部の自治体はコロナウイルスの感染拡大が進むなか、住まいを失った生活保護申請者を2段ベッドがいくつも置かれた3密状態の相部屋無低に次々と送り込んでいた。生活保護法は原則アパートでの保護をうたっているにもかかわらず、相変わらず“無低頼り”の一択なのだ。今回のコロナ禍は、福祉行政の貧困ぶりを改めて浮き彫りにしたともいえる。

私はうそをついたオサムさんを責める気にはなれない。生活困窮者の命を軽んじるかのような行政の対応から身を守るためには、やむをえない選択だとさえ思う。

なぜ同じように困窮する人をバッシングするのか

オサムさんとは市民団体が実施した困りごと相談会で知り合った。以後、時々LINEでやり取りをしている。オサムさんにはもう1つ聞きたいことがあった。

私が本連載で書いた記事(「収入ゼロでも『生活保護は恥ずかしい』男の心理」)について、オサムさんはこの男性を批判する感想を送ってきたのだ。男性はオサムさんと同じくネットカフェ暮らしで仕事を失い、ホームレス状態にあったところを市民団体の支援を受けたものの、「生活保護だけは恥ずかしいので受けたくない」と話していた。


なぜほかの生活困窮者をバッシングするのか(編集部撮影)

オサムさんは「市民団体がこの男性にかけているお金だって『人様のお金』ですよ!」「市民団体のお世話にはなるけど、生活保護は嫌というのは、この人の偏見では?」など、普段の温厚な人柄にそぐわない厳しい言葉のメッセージを何通も送ってきた。

なぜ、生活困窮状態にある人が、同じように貧困に苦しむ人をバッシングするのか――。これは私の長年の疑問でもあった。

貧困問題について記事を書くと、SNS上などで自己責任論に基づくバッシングを受けることが多い。シングルマザーの苦労を取り上げると、同じシングルマザーだという読者から「私はダブルワーク、トリプルワークをして子どもを育てた。この女性は甘えている」という批判が来る。

生活保護利用者のことを書くと「自分は生活保護水準以下の賃金で働いている。総菜なんて買わないで、モヤシを買って自炊すればいいのに」という“アドバイス”をしてきた人もいた。

彼らの主張を理解できないわけではない。相手が家族や親しい知人であれば、私もそうした文句の1つも言うかもしれない。しかし匿名とはいえ、ネットのSNSは社会的な空間でもある。

考えるべきなのは、ひとり親世帯の貧困率の高さや、離婚した父親から養育費を受け取っている母子世帯の少なさ、生活保護水準以下の賃金しか払わない会社が野放しにされている現実である。公的空間に“お茶の間談義”をそのまま持ち込む作法には違和感しかない。

ニュースも読まないし、選挙にも行かない

オサムさんの半生をみても、仮に怒りをぶつけるのだとすれば、その矛先は不安定な派遣という働き方を増やし続けた雇用政策や、同一労働同一賃金の適用という法改正の趣旨を無視して派遣労働者のクビを切る派遣会社に向けるべきなのではないか。

こうした疑問を投げかけると、それまで饒舌だったオサムさんは途端に口数が少なくなった。そして「批判したつもりはなかったんです」と繰り返した。

オサムさんはネットのニュースも読まないし、長い間選挙にも行っていない。だから、労働関連法の規制緩和の経緯も、オサムさんを雇い止めにした会社の思惑についても知らなかったのだという。

オサムさんが長年はまっているのは、お気に入りのYouTuberの動画を見ること。お勧めのYouTuberはラファエルやヒカル、宮迫博之などだと教えてくれた。

取材の後半は、オサムさんが面白かったという動画について語り続けた。ラファエルがクレジットカードの限度額に挑戦するために1億円の時計を買ったこと、ヒカルと宮迫が靴通販サイトなどを運営する会社のCMにそろって出演したこと――。

私の知らない話題は興味深くもあった。でも、なぜ貧困に苦しむ人をバッシングするのかという問いへの答えはついに聞くことはできなかった。