出勤するビジネスパーソンの姿が再び増えている品川駅周辺(写真:森田直樹/アフロ)

アフターコロナに起こる変化として「仕事のやり方が変わる」「オンライン会議が当たり前になる」「在宅勤務が普及する」「大きなオフィスはいらなくなる」と言われている。

実際、ドワンゴが全社員を原則、在宅勤務にすることを発表。日立製作所は全社員の約7割を対象に、今後も「週2〜3日」の在宅勤務を継続する方針だ。さらに富士通は、出社を前提とした働き方を見直し、オフィスの規模を半減するという。

しかし、ここで疑問がわいてくる。本当にそんなことが多くの企業で可能なのだろうか。日本の国民経済を企業に例えた、いわゆる「日本株式会社」のビジネスパーソンが、上司や同僚からどう見られるかを慮り、円滑な人間関係を保つことに汲々としてきたことを考えると、そんなことにはならないのではないかと考える。

メンバーシップ型雇用が要請する気遣い・遠慮・忖度(そんたく)を不要なものとするような変化が起こらないかぎり、ビジネスパーソンは上司や同僚との人間関係の構築のために、オフィスに出社し続けるのではないだろうか。

雇用における「日本株式会社」の特徴

「日本株式会社」は「ジョブ型雇用ではなく、メンバーシップ型雇用だ」と最近よく言われるようになった。

ジョブ型雇用は、明確に定義された職に対し、そのスキルを持った人間を雇用する。いわば「その人間のスキルに対して金を払う」という欧米型の合理的な制度である。これに対し、メンバーシップ型雇用には、スキルに対して報酬を支払うという発想はなく、組織に対するロイヤルティに対して報酬を支払う。

メンバーシップ型では、メンバーシップの大本の組織の維持が最大の目的であるから、メンバーとして受け入れるかどうかは「候補者が心底からその目的を共有しているか」によって判断される。そして、めでたくメンバーになっても、メンバー歴の短い社員は、メンバー歴の長い社員から、ロイヤルティがあるのかを厳しく問われ続ける。

日本企業での就職面接は、書類選考から始まる。そこで見られるのは、メンバーとして受け入れるのにふさわしいかという点における「地頭のよさ」と「勤勉さ」である。どこの大学のどの学部に所属しているか、つまり18歳時点の偏差値が高ければ「地頭はよい」「受験勉強に必要な努力もできる」と判断される。

面接試験では、組織に対するロイヤルティと協調性が判断される。先輩社員が面接をして「同僚とうまくやっていける性格の人間であるか」「組織に対してロイヤルティを持つタイプなのか」を判断する。有名大学の野球部やラグビー部出身者の評価が高いのは、経歴から“組織人間”であることが実証されているからである。

これを通った人は、課長・部長クラスの管理職面接にたどり着く。ここでは、「上司とのコミュニケーションがうまくできそうか」「人間関係をうまく築けるか」が評価される。この面接を通ればほぼ決まりで、最後は儀式としての役員面接で終わりである。

つまり、メンバーシップ型の就職面接で評価されているのは「組織に対する協調性・ロイヤルティの高さ」なのだ。

メンバーシップ型雇用での配属と昇進

こうしてめでたく採用された学生は、自分がどこの部に配属されるのかと希望に胸を膨らませ、4月1日を待つ。そして、そこで辞令が交付される。大学で法律を勉強してこようと、経済を勉強してこようと、文学を勉強してこようとお構いなく、会社の判断で経理、総務、人事、営業などの部署に配属される。

その後の転勤も自分の希望に関わりなく、会社の都合で行われる。経理のスキルで生きていこうと考えていた人が突然営業に回されたり、営業のプロになろうと思っていた人が突然海外転勤させられたりするのである。

その結果、でき上がるのが、これといったスキルがない、自分の働いている会社の人脈で生きる“会社人間”である。会社内の人間関係と社内政治に詳しく、上司の考えていることを忖度し、上司の意向に沿うように仕事を進めることは得意だが、社外で売ることができるスキルは何も持っていない人々である。

その中で昇進していくのは、ロイヤルティが最も高そうな人。その高さがどのように評価されるかといえば、上司の言うことを聞くかどうか、つまり「従順な人間であるか」である。こうして昇進競争は“イエスマン競争”となる。

いつもイエスということができない人、自分の意見を持ち、どうしてもそのとおりにやってみたい人は、不満を感じ転職を考えるようになる。しかし、こうした人は必ずしも恵まれない。なぜなら、売れるスキルがないから、転職先が見つからない。

運よく転職先が見つかっても、新しい会社もメンバーシップ型システムででき上がっているので、社内人脈がない、上司の気持ちも忖度できない外部の人間は、組織のボトムからスタートしなければならなくなる。

せっかく希望に燃えて転職したのに、転職先の会社では“よそ者”として扱われ、給与だって、せいぜい年功序列の給与体系の該当年次のところにはめ込まれるだけ。給与が上がるどころか、減る場合も多くなる。

メンバーシップ型からジョブ型への転換の難しさ

これがメンバーシップ型雇用の実態である。つまり、就職時点からロイヤルティ重視の採用が行われ、入社してからもロイヤルティの高さを判断するためにやっているかのような転勤・異動が行われる。

今の会社の上層部にいる社長・副社長・専務も、このシステムの中を巧みな遊泳術で泳ぎ切り、役員という向こう岸にたどり着いた人たちだ。彼らの心には、部下をロイヤルティの高さで判断する習慣が染みついており、特定分野で高いスキルを持った人間を評価しようという気持ちはない。

「明日からジョブ型雇用に転換しましょう」というのは簡単だが、おそらく大方の会社では、ただのお題目に終わってしまう。

ジョブ型雇用にするとなれば、まずは各ジョブについて欧米型のジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作ることになる。ところが、会社の人事部では、そのジョブで何が期待されているか、どういうスキルが必要とされているかをちゃんと考えたこともないので、うまく定義できない。

メンバーシップ型の雇用では、スキルのない前任者からスキルのない後任者への引き継ぎが綿々と行われてきているので、その仕事のやり方はやる人次第。あるジョブについて、カチッと固まった仕事のやり方があるものではないのである。

また、ジョブ型といって、そのジョブにふさわしいスキルを持った人を中途採用したとしても、採用された人は会社のやり方と衝突し、能力を十分に発揮することができなくなる。

例えば、外部から公認会計士のAさんを採用して、経理の仕事をやらせたと仮定しよう。彼が売れる可能性のない在庫商品を発見すれば、その償却を提案するはずだ。だが、そんなことをしたら、今期の会社の利益は減ってしまう。

経理部長は社長の気持ちを忖度し、「いや、あの在庫はまだ売れる可能性があるから、今期に償却するのは時期尚早だ」と言って、Aさんを押しとどめる。Aさんがこれに反発するようなら、「きみはまだ、うちの会社のことがわかっていないな。会社のことを第一に考えろ」と言って、否定するのである。

こうして、ジョブ型の導入はうまくいかず、メンバーシップ型が生き残る。メンバーシップ型ではメンバー同士の人脈が最重要だから、フェース・トゥ・フェースのコミュニケーションは決定的に重要である。顔を合わせて話をし、夜一緒に飲みに行き、お互い腹を割って話し合ってこそ、本当の人間関係が構築できる。

もし、在宅勤務をしない部下と在宅勤務を週に2回やる部下とがいれば、間違いなく上司は在宅勤務をしない部下を高く評価する。こうなることがわかっているから、「日本株式会社」のサラリーマンはせっせと会社に足を運ぶ。「在宅でもいいよ」という会社の言葉を信じて、会社に行かなくなった人たちは、確実に昇進レースから落伍していく。

「日本株式会社」をジョブ型雇用に変える方法

筆者はハッキリ言って、「日本株式会社」全体をジョブ型雇用に変えることなど不可能だと思っている。「日本株式会社」を代表する大手企業の大半は、メンバーシップ型雇用のサラリーマン企業としてシステムが完成しているので、今さらジョブ型雇用に変えることなどできるはずがない。


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期待できるのは、外資系企業やオーナー企業、ベンチャー企業だ。これらの企業の経営者には、生産性の低いメンバーシップ型雇用を維持する余裕はない。

社員にスキルを発揮してもらい、結果を出してもらってこそ、会社としていい結果が出せるのであるから、ジョブ型雇用との親和性は大きい。

日本に大きなプレゼンスを有するマイクロソフトやグーグルなどの外資系企業、ユニクロ、ソフトバンク、日本電産、楽天などのオーナー企業に、一層ジョブ型雇用を推進してもらいたい。彼らがジョブ型雇用を打ち出し、魅力的な報酬をオファーし、そこでスキルを培った人に大きな転職市場ができてくれば、そこを目指す若者が増えてくるはずだ。

それでも、現時点ではこうした企業は少数だ。その数を増やすべく、国はどんどん外資系企業を受けいれ、ベンチャー企業を生み出していく必要がある。国がそこに大きな予算をつけ、支援に乗り出せば、大手企業も自社の人間が外資系やオーナー企業、ベンチャー企業に移っていくのを防ぐために、いずれジョブ型雇用に踏み切らざるをえなくなるのではないだろうか。