コロナでも日本のネットショッピングとキャッシュレス化は進みません(写真:PeopleImages/iStock)

昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第21回。

新型コロナウイルスの感染拡大で、ネットショッピングへの転換とキャッシュレス化が全世界的に進みました。


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日本でも同様のことが起きたと言われるのですが、統計を見ると、目立った変化はありません。

コロナ対策だけでなく、日本の生産性を向上させる見地からも、こうした転換を進める必要があります。

老舗百貨店が破綻し、ネットショッピングが増加

新型コロナウイルスの感染拡大で、商店の営業が規制されたり、接触回避の傾向が強まったりしたことから、全世界的に、リアルな店舗からネットショッピングへ移行してきているといわれます。また、決済手段としても、キャッシュからデジタル手段への転換が進んだといわれます。

6月24日に公表されたBIS(国際決済銀行)のレポートも、この2点を指摘しています(Payments amid the Covid-19 pandemic)。

アメリカの場合には、このことが客観的な数字で確かめられます。

老舗の百貨店が破綻した半面で、ネットショッピングが増加したのです。

アマゾンの1〜3月期の売上高は、前年同期比26%増となりました。

小売り最大手ウォルマートは宅配サービスを増強し、宅配やネットで注文した商品の店舗受け取りが急増。これらのサービスを含むネット通販の売上高は74%増となり、過去最高の伸びを記録しました。

経済産業省の資料によると、2018年の日本でのeコマースの比率は6.22%です。これは、中国やアメリカの22%と比べて、かなり低い水準です(我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備、電子商取引に関する市場調査、2019年5月)。

では、この状況は、コロナによって大きく変わったでしょうか?

「これまでは普及が遅れていた電子商取引が、外出自粛のために拡大した」との報道が多く見られます。

とくに、ネットスーパーの売り上げが増加したといわれます。

また、アンケート調査でも、「コロナの影響でネットショッピングが増えた」との回答が多くなっています。

しかし、統計の数字をみると、少なくともいまの時点では、日本のネット通販がコロナによって顕著に増えたことは確認できません。

総務省によると、「ネットショッピングの支出額」(2人以上世帯)は、2020年4月においては、1万4622円です(家計消費状況調査 ネットショッピングの状況について<2⼈以上の世帯>、2020年6⽉5⽇、総務省統計局)。

ところが、2019年には、1万4000円を超える月が続いていました。したがって、コロナによって増えたとはいえません。12月には1万7000円程度となっていたので、これと比べると、4月にはむしろ減少しています。

また、増加率でみると、2018年から2019年にかけては、顕著な増加となっています。これに比べると、2019年から2020年にかけての増加は、無視しうるほどのものです。

なぜ進まなかったか?

一般にはコロナ下において日本でもネットショッピングが急増したと言われるのに、実際にはそうなっていないのです。これは、なぜでしょうか?

第1に考えられるのは、「報道されているのは、急激な増加が起きている一部のことであり、それが全体の姿とはいえない」ということです(これは、後述するキャッシュレス化についても言えることです)。

第2の理由は、想定を超える需要増に対して提供者側の準備ができておらず、注文に応えきれなかったことです。

楽天西友ネットスーパーは、アクセスの殺到で、3月26日に首都圏1都3県での受注を一時停止しました。イトーヨーカ堂のネットスーパーは、一時、利用者のログインを制限しました。イオンネットスーパーやマルエツネットスーパー、ダイエーネットスーパーでも、サイトが重くなったり、届け日を指定できなくなったりなどの支障が発生しました。

前記BISのレポートは、コロナが促進したもう1つの動きとして、キャッシュレス決済の増加を挙げています。

キャッシュレスなら、現金の受け渡しに伴う接触を避けられ、コロナの感染リスクを低減させられるからです。

この点で、日本の状況はどうでしょうか?

日本のキャッシュレス化が遅れていることは、よく知られています。

普及率は2割程度であり、9割以上の韓国や、6割の中国などに大きく水をあけられています。

政府は普及率を2025年に40%に引き上げ、さらに将来的には80%にする目標を掲げています。そして、支払額の最大5%分のポイントが還元される施策を、昨年10月の消費増税に合わせて始めました。

経済産業省によると、2019年の消費全体に占めるキャッシュレス決済比率は26.8%となり、前年より2.7ポイント上昇しました。これは、ポイント還元策の効果と考えられますが、さほど大きな変化とはいえません。

では、こうした状況は、その後、コロナの影響で変わったでしょうか?

電子マネーの比率はむしろ低下している

日本でも、新型コロナの感染拡大で、「現金に触りたくない」という人が増えたといわれます。

そして、この機会に電子マネー決済を導入した店舗のことなどが報道されています。

しかし、これについても、統計の数字では、増加を確認することができません。

日本銀行の「決済動向」によると、電子マネーによる決済動向は、下記のグラフ2点に示すとおりです(日本銀行、「決済動向」)。ここで、「電子マネー」とは、プリペイド方式のうちIC型の電子マネー(交通系や流通系)です。

(外部配信先ではグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)



2020年3月における決済件数は、2019年夏以降の水準に比べるとかなり落ち込み、対前年同月比は、わずか0.3%でした。

決済金額の対前年同月比は4.7%になったものの、決済金額は、それまでの値に比べて格別増えたわけではありません。

なお、マネーの総量は、3月にはかなり増加しています。したがって、マネー全体の中での電子マネーの比率は、かなり低下したことになります。

日本で電子マネーの利用が増えない理由として、次の2つを挙げることができます。

第1は、決済事業者がそれぞれ独自のQRコード規格を使っているため、使いにくいことです。

総務省は今年度から統一規格「JPQR」を本格導入する予定です。しかし、最大手のPayPayは、利用者を囲い込むため、専用のQRコードを使う店舗は手数料を原則無料にする一方で、JPQRに乗り換える店舗からは1.99%の手数料を取る方針です。これでは、事態は改善されないでしょう。

第2は、商店側から見ると、手数料が高すぎることです。

日本では、店舗が決済事業者に支払う手数料はかなり高くなっています。5%以上の場合もあるといわれますが、日本の小売業の売上高営業利益率は3%程度ですので、これでは手数料で営業利益が消えてしまいます。

経産省は、還元制度の間、手数料率を決済金額の3.25%以下に抑えるよう決済事業者に要請し、さらに手数料の3分の1を補助してきました。これによって利用が進んだ面があると考えられますが、この制度は、6月末に終わります。そうなると、手数料を元に戻す決済事業者も多く、その結果、やめる商店が多いのではないかといわれます。

ポイント還元策のような一時的な施策ではなく、手数料の根本の構造を変えていく政策が必要なのではないでしょうか。

日本は絶好のチャンスを取り逃しつつある

以上をまとめると、ネットショッピングにしてもキャッシュレスにしても、「消費者は使いたいと思っているにもかかわらず、供給側でそれに対応できない」という面が強いのではないかと思います。

前回、在宅勤務について、「日本では、従業員は望んでいるにもかかわらず、企業が認めない」と述べました。

ネットショッピングやキャッシュレスの状況も、同じようなものだといえそうです。

こうした変革は、コロナがなくとも、日本の生産性向上のために進めるべきものです。たまたまコロナという異常事が、変革の必要性をはっきりした形で示しただけです。

ですから、日本企業は、本来であれば、この機会を捉えて改革を進めるべきです。

日本企業は、コロナという禍を転じて福となす千載一遇のチャンスを逃しつつあるように思えてなりません。

それによって、日本は世界の潮流からさらに立ち後れていくことになります。