コロナ禍より以前からモーターショーは存在感を失いつつある

「新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、2020年の国際モーターショーは、ほぼ全滅だろう」というのが、自動車メディア界に属する人間の共通認識といえる。

 屋内会場にぎゅうぎゅうに人が集まり、展示車を誰もがベタベタと触りまくる。そして、説明員や同行者とクルマを前に大騒ぎ。そんな三密を絵にかいたようなイベントだからこそ、2020年に世界各地で開催される予定だったモーターショーのほとんどは、中止となるか延期となっている。

【画像】モーターショー復権のカギは? 過去のショーを見る(18枚)

 さらに来年2021年3月に開催される予定だったジュネーブモーターショーも中止すると、2020年6月29日に主催財団から発表された。これは2020年のショーの中止により、主催財団の財務状況が悪化したためという。

2019年に開催されたフランクフルトモーターショー(IAA)、フォルクスワーゲンブースの様子

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大の騒動がなくても、じつのところモーターショーはかつての存在感を失いつつある。「すでにオワコン(終わったコンテンツ)」という言いかたをする人もいるほどだ。

 その兆候は2年ほどから、チラチラと見え始めた。フランクフルトやパリといったインターナショナル格式のモーターショーに欠席するブランドが出始めたのだ。

 最初はひとつ、ふたつといったものであったが、2019年になって一気に顕在化し、フランクフルトにはフランス系メーカーのほとんどが欠席。東京モーターショーにも欧米ブランドのほとんどが参加を見送った。

 それ以外でもデトロイトやパリといった、かつて世界3大モーターショーなどといわれた有名モーターショーのほとんどが、参加メーカーの減少による規模縮小という状況に陥っているのだ。

 そうした状況の理由で大きいのが、インターネットの普及だろう。

 国際格式のモーターショーは「メディアを通して世界へ発信する」という側面がある。新型車を発表するのに、それだけのために世界中の記者を集めるより、モーターショーにやってくる記者を相手にした方が効率は良い。それが、これまで国際格式のモーターショーがもてはやされた理由だろう。

1967年開催の第14回東京モーターショー。この頃のモーターショーは華やかだった。写真ではトヨタ2000GTなどの展示が見られる。来場者数は140万2500人

 しかし、今日のようにインターネットが普及してしまえば話が変わる。イベントと関係なく、自前でインターネットを通じて発表しても、それほど変わらないと判断するメーカーも現れてきたのだ。

 たとえば、フォルクスワーゲンの8代目となる新型ゴルフは、2019フランクフルトモーターショー開催のわずか1か月ほど後に発表されている。まるで、わざわざタイミングをズラしたかのようだ。

実際にクルマを買いたい人に向けた東南アジアの自動車ショー

 では、モーターショーは、「オワコン」として、このまま消えていってしまうのだろうか? 

 個人的には、それはないと思う。なぜなら、モーターショーには、メディア向けではない、別の価値を持っているからだ。それは、ユーザーに現物のクルマを見せる/触らせるということのできる場、という価値だ。

 我々のような自動車メディアに携わる人間としては、モーターショーには新型車を期待している。すでに発表され、発売されているクルマには正直、あまり興味はない。

2001年開催の第35回東京モーターショーに出展されたトヨタ「pod」。かつてはこういったコンセプトカーも多く展示されていた

 しかし、一般の人はどうであろうか。すでに発売されているとはいえ、実際のクルマに触れるには、どこかのディーラーに行かなければならない。

 たいていのディーラーは、クルマでのアクセスは良いものの、徒歩では不便な場所にあったりする。ディーラーを訪れるという行為は、意外にハードルが高いのだ。

 そのため、メルセデス・ベンツではディーラーだけでなく、わざわざ羽田空港内や六本木という人が集まる場所に、クルマを展示するだけのスペースを用意した。

「なんとなく気になるけれど、買うとは決心できていない」という人がメルセデス・ベンツのディーラーを訪ねるのは、相当な勇気が必要だろう。しかし、ディーラー以外の場所であれば誰もが気軽に立ち寄ることができるというわけだ。

 さらに、あるクルマを買おうと思ったとき、そのライバルも見てみたいと誰もが思うはず。そうした場に最適なのがモーターショーではないだろうか。

 ちなみにタイやインドネシアなどASEANのモーターショーは、クルマを買う場所=トレードショーという側面が非常に強い。

 展示車の隣に立つのは販売会社のセールスマン。展示場の横には、商談ブースが用意され、その隣にはローン申請のための銀行ブースが並んでいる。クルマを買いたい人にとっては、欲しいクルマだけでなくライバルも、その会場内ですべてを見比べることができる。さらに少々ドレスアップした展示車そのものを買うこともできるのだ。

 そのためタイでは、モーターショーは年に2回も開催される。インドネシアでも自動車メーカー主催と、販売会社主催というふたつのモーターショーが存在するほど。もちろん、アセアンでのモーターショーは今も大人気イベントで、「オワコン」などと見る人はいない。「モーターショーに行けば、クルマを見て触れることができる」という価値が、ASEANでは強いのだ。

 また、モータリゼーション真っただ中の中国は、購入の場ではないけれど、それでもモーターショーは大人気イベントだ。広い会場にぎっしりとクルマを並べており、一般開放日になると、恐ろしいほどの人が会場に駆けつけている。

 ひるがえって日本はどうであろうか。2019年の東京モーターショーは、これまでにない新しい試みが数多く試された。トヨタなどは、市販するクルマをブースに置かず、完全にテーマパークのような展示内容としていた。

 モーターショーを「クルマを楽しむ祭り」ととらえれば、それも正解だろう。しかし「新型ヤリスを見たかった(会場の外に展示されていた)」「昨年に登場したスープラを見たかった(会場のどこにも展示されていなかった)」という声も耳にした。

2019年東京モーターショー。新型ヤリスは東京ビッグサイトに隣接するヴィーナスフォートに展示された

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 インターネットの普及にともない、モーターショーのかつての使命だった「メディア向け」という役割は終わりつつあるのだろう。

 しかし、一般ユーザーにとっての「2年に一度のクルマの祭り」という役割は残っている。また、購入希望者に向けた、実車を使ったプロモーションの場という役割も忘れてほしくない。

 過去に盛り上がったモーターショーというのは、やはり注目される新型車の登場があったときだ。夢物語のコンセプトカーではなく、リアル感があって、しかも誰もが欲しいと思うような魅力的な新型車の提案。これさえあれば、十分にモーターショーは盛り上がるのではなかろうか。

 大事なのはクルマそのもの。そんな基本に立ち返ってほしいと思うばかりだ。