withコロナ時代における宅配便のあり方は(写真:アフロ)

「あのときの光景がよみがえった……。また、あの地獄のような日々が続くと思ったら、怖くなった」

コロナ禍の中、高く積まれた荷物の山を見て、東京都内で大手宅配会社に勤務する壮年ドライバー、小林悟志さん(仮名)は9年前の東日本大震災当時を思い出したらしい。

新型コロナウイルスの感染者拡大により医療崩壊の危機が騒がれた中、同じように物流業界も危機的状況を迎えていた。それは、物流会社、大手宅配会社だけではなく街中のデリバリーも例外ではなかった。

未曾有の事態に社会は不安定な状況に陥り、それが消費者を買いだめに走らせ、需要と供給のバランスが崩れた。商品は陳列してもすぐ売り切れる。在庫はあるのだが追いつかない。トラックドライバーはフル稼働、崩壊寸前だった。

時を同じくして、商品が店頭でなかなか手が入らないこともあって、ネット通販が爆発的に増え、宅配会社の営業所には荷物があふれかえる事態となった。

そして、全国に緊急事態宣言が出され、店舗や商店は休業を余儀なくされ、外出も制限されたため商品購入のすべを宅配便に頼らざるをえなくなり荷物はますます増えていったのだ。実際、ヤマト運輸は6月4日、今年5月の宅配便取扱実績(宅急便・クロネコDM便)が前年同月比19.5%増の1億6498万個になったと発表した。

東日本大震災時は宅配現場がパンクした

新型コロナウイルスの流行が蔓延し、宅配会社が恐れたのは、社員の感染拡大そして荷物の増加による物流のパンクである。

その物流パンクを連想させる出来事が、2011年に起きた東日本大震災だ。支援物資などによる荷物の増加。それだけでも大変なことなのに、震災による交通網の遮断などで荷物の遅れが大きく生じた。

各方面から荷物が集まる中継ターミナルは予想外の物量にキャパシティーオーバーとなり機能しなくなった。結果、地区ごとの仕分けが間に合わずに、必然的に現場の混乱を招いた形となった。例えば、東京都千代田区から隣の文京区に送った書類が中2日で届くという状況である。

小林さんはもちろん、同僚の宅配ドライバーたちも、配っても配っても減らない荷物と顧客からの荷物が届かないというクレームの対応に追われる日々が続いた。小林さんは今回のコロナ禍において、東日本大震災で経験した出来事が再来するのではと懸念した。

幸いなことに、今回は東日本大震災のときのようにはならなかった。荷物の量自体は東日本大震災に匹敵するくらいの量にもかかわらず、パンクするまでに至らなかったのだ。

緊急事態宣言により外出は控えられ、街は静寂と化し、道もスカスカ、物理的な損害はなく東日本大震災のような交通難による荷物の遅れはなかった。そして、外出自粛後の緊急事態宣言により在宅率が大きく増えたことにも大きな要因があった。

緊急事態宣言が宅配便崩壊をとどめた

「普段は、いつも2割から3割くらい不在の荷物なんですが、今の時期に限っていえば、1割もないくらいですね」

大手宅配会社の若手ドライバー、嶋田和也さん(仮名)の表情は、マスクで口元はうかがえないものの、目を細め目尻が下がっていた。

緊急事態宣言による休業や外出自粛により、在宅率がかなり増えた。また、居留守を使うような機会もかなり減ったようだ(宅配ドライバーは、経験により在宅確認ができるらしい)。消費者が本当に必要な商品を求めていたからだろう。

ただ、何も在宅率の高さだけが、宅配業界が崩壊に至らなかった要因ではない。

個人差や地域差もあるが、都会のように家が密集しているところだと普段1時間の配達個数は平均15〜20個。つまり1時間当たり1個の宅配に要する時間は3〜4分である。

一方で、今回のコロナ禍においては感染拡大防止策として接触を避けた置き配(各社一定の条件あり)や受領印の省略、ノーサインによる引き渡しが増えた。それにより、1個当たりの配達時間が大幅に縮まり、1時間当たりの配達個数も増えていったのだ。不在も少なく不在票を書く手間も省かれ、生産性も上がる結果となった。

国土交通省総合政策局物流政策課の宅配便再配達調査によると、1年前の2019年4月の不在率は16.0%であり都市部では18.0%であった。この数字は前年2018年度の15.0%を上回っており、減少どころか増加の一途をたどってきた。宅配業界は再配達問題や働き方改革により、宅配ボックスの増加、受け取りサービスの拡大などの改革を進めてきたが、それでも飛躍的な解決には至らなかったのである。

国土交通省の「総合物流施策推進プログラム」において宅配便の再配達率の削減目標を2020年度には13%に目標を定めた。そして、皮肉にも今回の未曾有の事態をきっかけとして達成されようとしている。不在対策はともかく、置き配や受領印の省略、ノーサインなど、コロナ禍に対応して生まれた宅配を効率的にする仕組みは、仮に事態が収まったとしても残していくことが望ましいだろう。

あるドライバーは日頃、荷物を宅配ボックスにしか預けていなかった住人と初めて顔を合わせて驚いたという。

「名前だけで判断して、てっきり女性だと思っていたら男性が出てきたからビックリしました。こんなときに不謹慎だけど、こういうサプライズは楽しみの1つです」

逆に受け取る側からしても、どんなドライバーが配っていたのかを認識でき、安心したかどうかは別として、今後の受け取り方を考えられる。

宅配便withコロナ

医療従事者と同様、自粛生活を支える宅配現場の奮闘、そして疲弊する様子は、連日のようにメディアで報じられた。世間からは、称賛と励ましの声が多く聞こえたが、中には心ない非難や差別めいた声も受けたという。

とあるベテランドライバーはこんなエピソードを語ってくれた。

「荷物を渡そうとしたら、その荷物は受け取れないと拒否されました。不特定多数の人と物に接する宅配ドライバーは、物だけではなくウイルスも運んでいるからと……」

このようにウイルスを媒介するもののような言われ方をされたら、感染の危険を顧みない宅配ドライバーの活躍も浮かばれない。withコロナとは、言われもないこのようなクレームにも耐え忍ばなければならないのかと、悲しくなる。

しかし、そればかりではない。むしろ東日本大震災の『絆』の一文字を思い出すエピソードもあった。

「幼稚園くらいの子が窓から顔を出して、手を振って『ありがとう、頑張ってください』って言われたとき、正直言って涙が出た」

「配達途中に知らないおばさんから、手を握られ『頑張って』って言われてうれしかった反面、おばさん、コロナ気にしないのかなぁと心配になった」

また、配達時に指示されていたガスのメーターボックスに荷物を入れようとしたらマスクと一緒に手紙が置いてあり、このような文面が書いてあったという。

「よければ使ってください。いつもありがとうございます。アルコール消毒した手で入れました」

そのドライバーはうれしそうな様子で、それを映した写真を見せてくれた。

何でもない、ただ普通に荷物を配達している姿に感謝をしてもらい、普段から聞き慣れた言葉や行動が、こんなにもうれしいと思ったことはないと、皆口々に言った。

緊急事態宣言が解かれて世間は徐々にではあるが、「通常」を取り戻そうとしている。そしてその「通常」とは宅配業界では、不在や再配達などの非効率な日常をあらわしている。

「また不在や再配達が増えてくる……」

という言葉をポロッと漏らしたドライバーもいた。

だが、以前のような日常には戻らないというドライバーもいる。第2波、第3波がいずれ来るとささやかれているからだ。

この新型コロナ禍により、直接顔が見えない配達が続いた。相手の温度や空気を読み取るような、第六感を刺激するものが省かれたのだ。世間で浸透しつつある、オンラインによる会話や会議をするように、対面ではなくネットで指定や指示をするリモート的な配達が定着するかもしれない。

東日本大震災では、支援する側とされる側だったものが明確であったが、今回は違った。みんなが支援を求める構図になっていた。

「頑張ろう」という活気はなく…

多くのドライバーが感じたことがある。


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東日本大震災のときのような「頑張ろう!」という活気はなく、感染を恐れているせいか息を潜める雰囲気が漂っている、と。

「私自身がマスクして走って酸欠気味なこともあり、脳に酸素がいっていない分、そういう考えになっているかもしれませんがね」と言って苦笑いで答えてくれたドライバーもいた。

宅配ドライバーは、この新型コロナ禍の配達をきっかけに、コミュニケーションという『間』が省かれ、ただの配達マシーンになってしまい、街の見守り隊のような存在ではなくなってしまうかもしれない。