帰宅時のほうが電車内の3密リスクが大きい(写真:Ushico / PIXTA)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴って日本全国に発令されていた緊急事態宣言が解除された。

鉄道利用者が戻りつつあるが、緊急事態宣言が解除されたからといって、新型コロナウイルスの問題自体が解消されたわけではない。感染拡大のリスクを抱えつつ、鉄道はどうやって利用者を取り戻していくのだろうか。

一瞬だけ実現した「満員電車ゼロ」公約

緊急事態宣言の発令より前から学校は休校となり、企業でも可能なところから在宅勤務やテレワークに移行していた。緊急事態宣言が解除となっても、新型コロナウイルスの感染拡大のリスクを考えれば、在宅勤務・テレワークを継続せざるを得ない。

筆者と付き合いのある出版社でも在宅勤務やテレワークが導入された。ある出版社では出社を週1回にしたという。週休2日制の前提で定期券の有無を考慮しなければ通勤の回数が5分の1になったわけで、通勤の回数が減ったことで鉄道事業者の収益も減る。

今後、駅や車両の消毒や窓口でのソーシャルディスタンスの確保といった、新型コロナウイルス対策の基本は継続される一方、列車の運行体系を大きく見直すことなく、乗客が一方的に減る形になるだろう。東京都知事の公約である「満員電車ゼロ」が実現に向かうが、偶然の産物であって、知事の実力ではない。

さて、新型コロナウイルスの感染が拡大する条件として、密閉・密集・密接の「3密」に加え、不特定多数の手に触れることで感染が拡大する接触感染のリスクがあり、鉄道では満員電車を例として、「3密」と接触感染のリスクが避けにくい状況にある。

満員電車の例では、密閉は車内の換気により、密集は混雑の緩和により、密接はコミュニケーションの減少により、それぞれ回避できる。幸いにして、今のところ満員電車がクラスター(小規模な感染拡大の発生源)という報告はない。密閉・密集があっても、朝の満員電車では乗客同士の会話がなく、密接の回避が貢献しているだろう。

ところが、残念なことに密接になってしまう条件がある。それは夜のラッシュで、酔客が大勢乗る金曜日の終電間際の電車では、顔を真っ赤にした客同士が大声で会話をしている。こんな状況は、この時間帯の電車に乗ったことがある人なら覚えがあるだろう。

山手線では土曜日の夜にもラッシュがあり、渋谷や新宿から大勢の酔客が乗ってくる。緊急事態宣言の解除で利用者が戻るが、留意すべきは朝のラッシュよりも深夜のラッシュだろう。

これを踏まえると、緊急事態宣言で飲食店の営業時間の短縮に協力を求めたことが理にかなっているのかもしれないが、結果として多くの飲食店が経営危機の状況にある。

昔は、夜のラッシュ以外にも学生の下校ラッシュがすさまじく、かつては学生が大声で会話して騒がしかったが、現在はスマートフォンを操作して黙ってしまう学生ばかりとなった。3密の回避ではありがたいが、スマートフォンとソーシャルメディアの普及で学生同士が相互監視の関係にあり、生きづらい社会を自ら作り出しているのは気の毒だと思う。

新幹線・特急の3密

もう一つは、窓が固定されて開閉できない新幹線や特急列車の例で、お盆や正月のような超繁忙期でなければ通勤電車のようなラッシュは少ないが、繁忙期でなくても特定の列車に混雑が集中して立席が出る例はある。

先に夜のラッシュに触れたが、新幹線や特急列車でも、金曜日の夜の列車を中心に出張帰りに同僚と一杯やって騒いでいる姿を散見するが、ここでも「3密」が成立してしまう。

新幹線や特急の車両でも換気装置による換気は充実させており、座席の間隔を開ければ感染のリスクは避けられる。JR東日本では、停車駅の少ない列車で定員の約6割程度を上限に満席とする方針を打ち出したが、ソーシャルディスタンスの考えでは、この判断が現実で最適な答えとなるだろう。新幹線では3人がけの席と2人がけの席があり、3人がけの席の中央と2人がけの席の通路側をブロックし、発売しないイメージとすれば定員の約6割となる。感染リスクは大幅に減るが、収益も大幅に減る結果で、経営的には厳しいだろう。

緊急事態宣言の解除に関連して、東海道新幹線や東北・上越・北陸・秋田・山形新幹線、中央線・常磐線特急で定期運行の列車の削減予定を取り下げた。ガラガラだった列車に通勤・ビジネス輸送が戻れば「3密」となるかもしれないが、これも通勤輸送と似て出張需要の減少で「3密」を回避しているのが現状で、今後はある程度の輸送力を提供して「3密」を回避せざるをえない。

緊急事態宣言の発令前から観光需要も一気に減ったが、解除後にある程度の利用者の戻りが期待できる通勤・ビジネス輸送とは違い、感染リスクを考えれば、わざわざ列車に乗って観光に向かう需要は、回復に相当な時間を要する。少なくとも現状では、外出を促すようなプロモーションは批判の種となる。

先日、用件があって伊豆方面に向かう特急「踊り子」に乗ってみたが、1両に数人しか乗客が居なかった。緊急事態宣言解除後も「踊り子」の減便が続くが、当然の判断だろう。

最も回復が厳しい訪日外国人客

観光需要のなかでは、訪日外国人客の需要が壊滅的に減った。とはいえ、実のところ、日本の観光需要に占める訪日外国人の割合はそれほど大きくない。加えて「コロナ疲れ」の状況で、緊急事態宣言を解除していないのに江ノ島や湘南に人が集まるくらい、内なる外出の需要は大きい。

海外向けの需要減を嘆くより、近場の「身近なお出かけ」に精を出すのが手っ取り早く、3密や接触感染の回避を大前提として日本人が好きな「安心・安全」をベースとしつつ、地元沿線の外出で日常の疲れを癒やすような、昔から長らくある手法を忠実に実行するのが是となろう。

ただ、訪日需要を取り込んで利用を増やしていた空港アクセス列車への影響が大きく、成田空港アクセスでは特急「成田エクスプレス」と京成の「スカイライナー」、中部国際空港アクセスでは名鉄(名古屋鉄道)の「ミュースカイ」、関西空港アクセスでは南海の「ラピート」と特急「はるか」の各列車で日中を中心に減便が行われた。筆者が3月に新型のはるかに乗ったときは、新車の3両に乗っている客が私しかいなかったが、これでは商売にならない。

成田エクスプレスの車両は需要に対して造りすぎてしまった感がある。つい先日までは富士山麓の富士急行線に乗り入れたり、「マリンエクスプレス踊り子」として伊豆方面で使っていたりしていた。需要が追いついたと思ったら、今度は新型コロナウイルスで、また転用を考えねばなるまい。

緊急事態宣言が解除された後、大勢の集客を伴うイベントの開催も段階的に再開される見通しだが、鉄道で行われている車両基地公開などのイベントは、中止が続くだろう。

鉄道イベントは広報活動の一貫で、物販や集客があっても収支は赤字と見るべきだ。中止すればコストカットになるが、全体の収益から見れば微々たる額にすぎない。下手に開催すると「けしからん」という話となり、広報活動が裏目に出ることになる。

最近の鉄道イベントは人が多すぎる傾向があり、有料にして人を減らしたほうがよいのではないかとも思うが、お金を払ってでも来る客は筆者のようなマニアばかりとなり、広報活動の成果とは程遠い。むしろ、小田急電鉄が相模大野の車両基地で行っているような、事前応募制で家族連れをターゲットにした基地公開の活動を行うほうが、広報活動の主旨に合っているだろう。今後は「3密」を避けた広報活動として大規模なイベントはやめ、人の数を絞った方向に移るのかもしれない。これが客同士のトラブルの回避にもなり、悪く言えば、効率の悪い鉄道イベントを辞められる大義名分ができたとも言えるだろうか。

巣ごもり対策のほうが効果的?

また、別の方法として、4月30日付記事(家で楽しく鉄分補給、鉄道各社「巣ごもり対策」)で紹介したような「巣ごもり」用の学習サイトを充実させるやり方もあり、広告を打って学習サイトに誘導する仕組みを作ったほうが、ローコストで「3密」のない、効果的な広報活動なのかもしれない。

残念ながら、新型コロナウイルスの影響は長期化が避けられない。店内に客を呼んでいた飲食店がテイクアウト・持ち帰りへ移ったように、鉄道も既存の集客構造から、新しい収益構造に移らざるをえなくなっている。