冠婚葬祭はおろか親の死に目にも会えない――。そんな非日常を経て、6月19日からは県をまたぐ移動も容認となるが、ちょっとやそっとでは解除できない疑心暗鬼ゆえ、日本のあちこちで“家族の分断”が……。

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 他所から県内に入ったら2週間の外出自粛。この要請を徹底して感染者ゼロが続いた岩手県をはじめ、各自治体は、県を越える移動を慎むよう発信してきた。

 東京都も「東京かるた」を作り、〈帰らない 両親のため 地元には〉と訴えている。だが、親のため、地元に帰りたい人だっているのだ。都内に住む40代の会社員男性は次のように語る。

「実家のある岩手の花巻市で、70代後半の母が一人暮らしをはじめたばかりでして……。数年前に父を亡くし、一軒家は広すぎるので売却し、マンションに移りました。まだその手続きもありますし、何より母が淋しいだろうと、私はちょくちょく帰省していました」

岩手の感染者はゼロでも別の問題

 そんななか、4月に緊急事態宣言が出されると、

「母が精神的におかしくなりました。父は他界しているのに“お父さんが風呂から出てこない”と何度も電話してきたり、花巻に行ってもいない私に、“先週来たときアレを持って帰らなかったでしょ”と言う。妄想が強く、何をしでかすか分からない状態です」

 それで、無理をして帰省しようとしたところ、

「県内の親戚から、“とにかく今は来ないでほしい”と止められました。それで親戚に母を病院へ連れていってもらったら、母の意識も言葉もしっかりしていた。親戚が症状を説明しても、医者からは“すぐに命にかかわる症状ではないから様子を見てほしい”でおしまいでした」

 認知症の疑いあり、と告げられる覚悟はできている。

「だから再び診察を受けさせたいのですが、親戚も高齢で、そう何度も頼めません。私が花巻に行きさえすれば、実家の売却手続きも、母を医者に診せて病名を知ることもできる。でも、テレワークができない仕事なので、2週間の休みを取るのはかなり厳しいんです」

「なんで来たとね!?」

 帰省を規制されたケースは他にもある。都内で会社勤めをする30代男性の話。

「九州にいる妻の母親が、1年前から入退院を繰り返しながら抗がん剤治療をしています。この数週間、具合がよくないので、妻は万一に備えてできるだけ会っておきたいと言うのですが、とても行ける状況では……」

 その理由もまた然りで、

「妻曰く、東京から見舞いに行くと、母が周囲から責められるから控えざるをえないとのこと。病院側は院内感染リスクがあるから面会は遠慮してほしいと言うし、妻の実家周辺は毎日、“見かけん人が来てらしたね”と自粛警察モード。東京もんは病原菌扱いされ、“なんで来たとね!?”とあからさまに嫌がられます」

 要は、親の死に目に会えるかどうかも分からない。

「なので、自粛規制もへったくれもないと思い、“気にせず見舞いに行けばいいじゃないか”と言いました。ところが、妻からは“田舎で暮らしたことがないから分からないのよ。母を批判に晒すわけにはいかないの”と反論される始末です」

 岩手では感染者ゼロを死守しようという集団心理が働き、もし感染第1号になろうものなら、どういう目に遭うやもしれぬ? それ以外でも地域の第1号になったりしたら、犯罪者扱いの末に村八分が待っている。そんな可能性も、男性の妻は真顔で話したという。

 東京歯科大学市川総合病院呼吸器内科の寺嶋毅教授が指摘する。

「冠婚葬祭や高齢のご家族の心配など、皆さんそれぞれ事情があるでしょう。観光やレジャーといった不急の用事で県境をまたぐことは控えるべきですが、現在は感染拡大のピークを過ぎて出口地点。“重要な用事なら往来しても構わない”といっても問題ない時期です。“感染者をゼロに”といった点にこだわり続けていては、生活が立ち行かなくなってしまいますから」

 県またぎの抑制は、感染拡大防止が目的。それが“東京者は怖い”へとすり替わり、家族の分断が生じてしまった。この不信感、根強く残りそうな気もする……。

「週刊新潮」2020年6月4日号 掲載