マイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する都内の区役所ロビー。窓口の混雑状況を表すものであり、本文中でコメントしている人物と直接関連するものではありません(写真:共同通信)

「まさに、鵜のまねをする鳥、水におぼれる。おぼれさせられているのは自治体職員だ。諸外国で簡単に給付金を配れるのは、国が国民の情報を把握できているからこそ。それができていない日本で、格好つけてまねすればどうなるか、国はまったくわかっていない」

某政令指定都市の自治体職員は怒り心頭に発している。5月1日に国が1人当たり一律10万円を支給する「特別定額給付金」のオンライン申請の受付が始まって2週間。全国の自治体が大混乱に陥っている。

起きている問題は主に3点。第1に、自治体の窓口に人が押し寄せて、対応する職員が疲弊している。第2に、オンライン申請を受け付ける「情報提供等記録開示システム」(通称マイナポータル)でシステム障害が多発している。第3に、申請内容に大量の不備が見つかっている、である。

役所に人が押し寄せたワケ

特別定額給付金を受け取るには市区町村に申請をする必要があり、申請方法は郵送とオンラインの2通り用意されている。

郵送の場合は、自治体から郵送されてくる申請書類に必要事項を書き込んで返送する。オンライン申請の場合は、「地方公共団体情報システム機構」(略称J-LIS)という国の機関が運営している、マイナポータルのフォーマットに必要事項を入力して送信する。どちらの方法も、基本的に役所に出向く必要はない。

それでは、役所に殺到している人々は何をしに来ているのか。「最も多いのはマイナンバーカードのパスワードの再設定のため」(東京都特別区職員)だという。

【2020年5月18日19時20分追記】初出時、東京都職員について正確に記述していませんでしたので、一部修正しました。

マイナンバーカードはマイナンバー(個人番号)などが記載されたプラスチック製のICチップ付きカードで、身分証明書として利用できる。一方、個人番号を記載した緑色の紙のカード(通知カード)には電子証明機能はなく、オンライン申請には使えない。

オンライン申請をするには、マイナンバーカードが必要なだけでなく、マイナンバーカードを取得した際に設定したパスワードも必要になる。せっかくマイナンバーカードを持っていても、パスワードを忘れていたらオンライン申請はできない。

従前のパスワードを覚えていれば、マイナポータルにインターネットでアクセスしてパスワードを変更できるが、忘れてしまった場合は厄介だ。パスワードを再設定するには、忘れてしまったパスワードをいったん削除する必要があり、これが役所に設置されている、マイナポータルと専用回線でつながっている専用端末でしかできないのだ。

このほか、「オンライン申請にはマイナンバーカードを読み込むカードリーダーが必要で、これがどういうものかとか、どこで入手できるのかとかを聞きに来る人、マイナンバーカードは役所に来れば作れると勘違いして来る人もいる」(前出の東京都特別区職員)という。

カード作成に潜む落とし穴

マイナンバーカードは、通知カードが送られてきた際に同封されていた「個人番号カード交付申請書兼電子証明書発行申請書」に必要事項を記載し、顔写真を貼り、同じく同封されていた封筒で返送して申し込む。

交付申請書には「署名用電子証明書」「利用者証明用電子証明書」が不要な場合にチェックマークを入れる欄がある。ここにチェックマークを入れて作ったカードには証明機能がないので、今回の申請には使えない。

利用者証明用電子証明書は、マイナポータルなど行政のサイトやオンラインバンキングなどのサイトへのログイン時や、コンビニで住民票の写しなどを受け取る際の本人確認に使う。

署名用電子証明書は、税金の電子申告や、インターネットバンキングの登録などの際、作成・送信した電子文書の作成者が誰であるのかを証明するもので、なりすましを防ぐ目的で使われる。

マイナンバーカードができ上がるまでには平時でも1カ月かかり、これを受け取るには役所に出向かなければならない。対面で本人確認をしたうえで手渡しする。その際に、署名用、利用者証明用、それぞれに別のパスワードを役所の専用端末で設定する。今回の特別給付金の申請に必要なのは、署名用の機能とそのパスワードだ。

「役所でマイナンバーカードは作れないことや、平時でも申請から1カ月かかることなどを正直に説明した結果、相手が逆上するケースもある」(冒頭の自治体職員)

マイナポータルのシステム障害は、申請の障害になっているだけでなく、役所の職員の業務遂行上も多大な障害になっている。

自分のPCやスマートフォンから申請する利用者は、いわゆる利用者クライアントソフトを使い、インターネット回線でマイナポータルにアクセスする。申請が殺到した結果、このインターネット回線でのシステム障害が多発していることは言うまでもないのだが、役所とマイナポータルを結んでいる専用回線のほうもシステム障害が多発しているのだ。

その原因は想像にたがわず、パスワードを忘れた人による、パスワード再設定依頼の殺到である。専用回線が混雑すると、その専用回線で送られてくる申請情報の出力もスムーズに行かない。「1枚の申請書を出力するのに、2時間かかった例もある」(前出の東京都特別区職員)という。

システム障害頻発の根本理由

この話には少々解説が必要だ。マイナポータルは単純に申請を受け付けるだけで、申請者が入力した情報は何のチェックもかからず、そのまま自治体に転送される。

このため、マイナポータルでの申請は、システム障害さえ起きなければ同一人物が何度やっても受け付けられる。世帯主以外は本来申請する資格がないのに、申請者が世帯主かどうかの判定すらしない。否、判定できないのだ。

自治体ではマイナポータルから転送されてくる情報を紙に出力し、職員が住民基本台帳システムなどを使い、手作業で記載内容に間違いがないかや、必要書類が整っているかなどをチェックする。修正や必要書類の提出依頼は、職員が申請者に電話をかけて行っている。その手間暇は尋常ではない。

実は、冒頭の地方自治体職員が最も怒っているのも、この点なのだ。マイナポータルが申請を受け付けた情報を、住民基本台帳システムと連携させることができれば、確認作業の負担は大幅に軽減されるはずなのに、それができないのである。

というのも、そのシステム開発は自治体がやらねばならず、国はやってくれない。というよりも、できないのだ。地方自治体がそれぞれ独自に住民票や印鑑証明のシステムを開発しているため、自治体ごとにフォーマットが異なるからである。

したがって、国が特別給付金申請用のチェックシステムを開発し、全国の自治体に配るということができない。一方、自治体にシステム開発をしている余裕は、時間的にもマンパワー的にもない。

つまり、間違った申請があっても、不正な申請があっても、チェックするのは自治体であり、チェック漏れが発生し、二重払いなどが発生しても、その責任を問われるのは自治体なのだ。

こじれた糸はどうすればほどける?

日本は良い意味で、国家による国民の管理が緩やかな国だ。アメリカは源泉徴収制度があるとはいえ、一定以上の所得がある国民は全員、確定申告を義務付けられているので、口座情報も完全に管理されている。今回のようにお金を配るためのインフラは整っている。

だが、源泉徴収されている収入以外に収入がなければ確定申告の必要がない日本では、アメリカのように個々人の銀行口座まで管理できていない。だからこそ、インフラが整っている国のまねを安易に決めたことに、冒頭の自治体職員は怒り心頭に発しているのだ。

もっとも、これを口実に国民の管理を強化されてはたまらない。何しろ、政府はこの未曽有の危機の最中に、政権にとって都合のよい人物の定年延長を正当化するかのような法改正を進めようとしている。いったん管理を強化されたら、今後それがどう使われるのか、わかったものではない。

最善の解決策は、オンライン申請なら早くもらえるという誤解を解くこと。そして、オンライン申請の推奨をやめ、郵送されてくるのを待つよう、徹底的に啓蒙することだろう。

自治体レベルでは郵送の推奨を行っているが、そもそも給付金は国の事業なのだから、国自身がやるのが筋ではないか。せめて、テレビで盛んに流されている特別給付金支給の告知で、この2点を強調するくらいのことをしても罰は当たらないはずだ。