子どもの将来のために塾通いをさせるべきか、今のリスクを優先すべきか、親の悩みは尽きない(写真:Fast&Slow/PIXTA)

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国が緊急事態宣言を発令した。東京都は学習塾には「原則として施設の使用停止」などを要請する方針だという。

学習塾にわが子を通わせる親たちは「塾がどうなるか」と不安を抱えるが、各塾でコロナ禍との向き合い方はバラバラな印象を受ける。

都内に住む40代の女性は、テレビのニュース番組でスタジオの様子が変わっていることに気づいた。アナウンサーやコメンテーターがかなり離れて座っている。

ソーシャルディスタンス。他人との距離を1.8メートル以上を保ち、濃厚接触を避ける社会的距離という意味だ。

ふーん、なるほどね――納得していると、5歳と小学4年生の息子2人が、テーブルで離れたりくっついたりしてふざけている。それを眺めていて、もっと大事なことに気づいた。

安全か、子どもの将来か? 命がけの塾通い

「そういえば、お兄ちゃんの塾ってぎゅうぎゅうだよね……」

昨年から通い始めた近所の学習塾はマンションの1部屋を2つに仕切り、それぞれ8畳ほどの部屋におおむね8人ずつが同時に授業を受けている。換気扇は台所にはあったけれど、部屋にはない。

「夫と相談して、いったん休会することにしました。塾側は来たいという子がいる限り営業する、と。月謝制だからでしょうか。子どもは大丈夫という人もいるけれど、上の子は学校に上がるまでは、喘息性気管支炎の症状もあったので。すごくよくしてもらっていた塾なので子どもは寂しそうでしたが、コロナが収まったらまた通えるからと説得しました」と女性は残念そうだ。

中学受験を予定している新6年生になると、事情はさらに深刻だ。

同じく都内に住む会社員の女性の長男は6年生。中学受験に積極的な夫の考えで、少人数制の個人塾に今現在も通い続けている。塾で自習をして1日中いる子のほうが合格率が高いと聞いた夫は「1日塾にいろ」と息子に命じたが、女性は「リスクが高すぎる」と反対。授業のみに通うことで折り合いをつけた。

「同じスペースに自習で来ている子どもが4〜5人と決して多くはありませんが、万が一コロナに1人かかったら終わりだと思うと恐ろしい。先生との1対1の対面授業もどうかと思う」。命がけの塾通いに、女性は不安を隠さない。

実はこの対面授業、経済産業省はすでに2月下旬に「NG」を全国学習塾協会に伝えている。同省サービス政策課によると、2月末の全国一斉休校の要請を受け、安全な塾運営がなされるよういくつか通達をしている。

「学習塾では対面授業は控え、授業もなるべく振り替えるように」「(春休みなどをきっかけにした)キャンペーン顧客獲得に動くのはやめるように」

これらとともに、オンラインによる講義の導入などを働きかけた。取材で親たちの話を聞くと、3月前半をいったん休講にしたものの、「緩み始めた」と言われる3月後半から再開した塾も少なくないようだ。

全国学習塾協会もコロナ感染予防のガイドラインを作るなどしたが、3月に入ると刻一刻と状況が変化。

「学習塾で春期講習やGW合宿があるらしい」「対策が不十分なまま大人数での授業が行われている」と同省に電話やメールが多く寄せられた。

これを受けて再び安全対策の徹底を経産省から要請された全国学習塾協会は、会長名で「1日も早くこの事態の終息につなげていけるようにご理解とご協力を」と、「換気の悪い密閉空間」「多くの人の密集」「近距離での会話」の条件が重なる行動などを自粛するよう要請した。

リスク対応に乖離が生じる危険性も

これをそのまま受け取れば、塾を開講する方法はなかなか見つからないはずだ。しかしながら、あくまで要請であり、厳守したか否かのチェックもなければ、罰則規定もない。この「要請であって強制ではない」という塾側の「善意」に決定を任されてしまう状況は、緊急事態宣言がなされても変わりはない。

そのうえ、協会傘下の塾は大手が中心で、中堅塾や個人塾は対象から外れてしまう。学習塾は全国に2万〜3万といわれ、すべてに働きかけられてはいない。おのおのの塾でリスク管理の乖離が生まれることは容易に想像できる。

同省は4月2日、大手25社などを集めた連絡会議をオンラインで開催。あらためて対策の徹底を要請した。

具体的には「例えば、家庭で検温をしっかりする、といったことが塾協会のガイドラインでは書かれていないので徹底するよう伝えた」そうだ。対する大手塾からは「オンライン授業を行うための設備投資への補助を行ってほしい」という意見が出たという。

では、大手塾が実際にどのような対応をしているのかといえば、例えば「栄光ゼミナール・個別指導ビザビ」が4月1日更新の自社サイトで、4月4日(土)、5日(日)の休校(東京・神奈川・千葉・埼玉・群馬)を明示。4月6日以降は通常どおりの授業を実施している。ほかにも、首都圏校で4、5日を休校にした塾がある。

とはいえ、2日の時点では、これまでどおりに授業を実施する塾のほうが圧倒的に多かった。コロナウイルス対策として、教室のアルコール消毒を徹底し手洗いうがいの実施。40〜50分に1回の換気を行い、室温・温度管理等々の取り組みが掲示されていた。

例えば中学受験専門のある学習塾は、一斉休校や外出の自粛要請を都から要請された際も通塾授業を続けてきた。塾側の報道で目立つのは「保護者からの要望も多かったから開いてきた」という声だ。

塾は「不要不急」に当たらないような対応にモヤモヤ

ある都心にある塾は先月、保護者へ以下のような文言の「お知らせ」を届けた。

「昨日、小池東京都知事から今週末の不要不急の外出は自粛するようにとの要請が出されました。当塾としましては、通常どおり授業・自習を行ってまいります。今まで以上に予防を徹底してまいります。休憩のたびに、換気のために窓を開けてまいります。今まで以上に手洗いとうがいを徹底してまいります」

塾は、「不要不急」には当たらないようだ。

6年生の娘を通わせている母親によると「子どもに聞いたら、授業が90分なんだけど、その間の休憩に換気をしている」とのことだった。

「春休みが勝負だからと夫も言うので、モヤモヤしながらも行かせています」

母親によると、娘が通う小学校は5月6日までの休校期間、3日に1度は登校させる「分散登校」を実施するという。

「でも、いちばん驚愕なのは、夏休みが2週間になることなんです。受験生は夏が大事なのにと、夏休みのことも心配になってきました」

感染リスクや親たちの不安をとらえ、サッとオンライン授業に切り替えた塾もある。

千葉県に住む母親は新4年生になる息子を地元の小規模塾に通わせている。春期講習からちょうど入会したばかりで、狭い部屋に子ども10人がびっしり。小窓とドアを開けたままにし、先生はマスクをして入り口に手指用の除菌剤が置かれていた。

「地域の小さくて古い塾だから、これで仕方ないのかな、もうやめさせようか」と諦めかけたら、突然「来週からZoomを用いたオンライン授業にします」と連絡が来た。

さらに、もう1つ通わせていた公文の教室からは、4月下旬までの休室の連絡がきた。緊急事態宣言が発令され市内の小学校が今月末まで休校になったため、その間は教室を閉めるという。しかも、4月分の会費は全額返金と良心的だ。

「小さい塾のほうが、もしかしたら対応しやすいのかもしれません」

子どもの安全を最優先にした対策を

大手塾でも、オンライン授業に切り替える動きはある。

早稲田アカデミーは、校舎での対面式授業を4月8日(水)から当面の間見合わせる方向で調整すると公式サイトで発表した。4月の授業は、生徒たちが自宅で受けられるオンラインでのライブ授業に切り替える予定だ。

サピックス(SAPIX)小学部も4月7日以降、4月中の授業をすべて取りやめにすることを発表した。

子どもの将来か。今現在のリスクか。2つを天秤にかけながら、親たちは葛藤する。学習塾にしても、政府からの休業補償がなんらなされないなか、経営か、生徒の安全かで迷い続けている。

日本で子どもの感染率は決して高くはないが、海外では死亡例もある。最優先されるべきは子どもの安全であるのは間違いない。命があれば後で学ぶことはいくらでもできる。

塾側は親の葛藤を理解し、適切な対策を講じてほしいと思う。