和牛の枝肉相場が、過去5年の最安水準に落ち込んでいる。1キロ価格は2014年以来の2000円台割れとなった。新型コロナウイルスによる影響が国内外で拡大している中、主な販売先だった外食や輸出での需要が激減。終息の見通しが立たず、肥育農家の経営を圧迫している。実効性のある経営支援と消費喚起の対策が急務だ。

 東京食肉市場の3月の和牛枝肉(A4・去勢)の加重平均価格は1キロ1857円。4月に入り、同1948円(3日まで)とわずかに持ち直したが、依然として前年同月比20%安と低迷している。

 和牛を扱うJA全農ミートフーズの食肉事業戦略室の上田浩一郎次長は「相場の急落は、新型コロナウイルスによる影響だ」と話す。外出自粛要請などで焼き肉店などの需要や五輪延期に伴うインバウンド(訪日外国人)が減った上、欧米で相次いだ都市封鎖などによる輸出減少が影響したと解説する。市場関係者は「これまで輸出向けで好調だったロースやヒレの荷動きが悪い」という。

 14年当時は、もと牛の導入時期に当たる12年の子牛価格が全国平均40万円台だったが、現在出荷している牛のもと牛は同70万円台後半〜80万円の時期に導入しており、経営への影響は深刻だ。

 財務省の貿易統計によると、2月の牛肉輸出は前年同月比11%減の20億円。欧米で感染拡大が深刻化した3月はより影響が大きくなるとみられる。

 食肉業者も窮状を訴える。外食中心に卸す関西の食肉業者は「売り上げは前年の半分以下だ」と明かす。都内の食肉業者は「在庫は例年より1、2割多い」と消費喚起の必要性を提起する。新型コロナの影響は今後も長期化が予想され、消費動向は見通しにくい状況だ。市場関係者は「人の動きが制限され、4月以降も外食中心に厳しい状況は続く」と懸念する。


出荷を控えた牛を前に、JAうつのみや畜産課職員に現状を話す石戸部会長(左)(栃木県上三川町で)


肥育農家募る不安 かさむ維持費…採算割れも


 和牛枝肉の相場低迷が農家経営を直撃している。一部の肥育農家は採算割れして出荷している状況。厳しい経営に悲鳴を上げ、借入金の返済猶予など資金繰りを改善する対策や消費拡大策を訴えている。

 関東有数の和牛産地である栃木県上三川町で、黒毛和種約100頭を飼うJAうつのみや肥育牛部会の石戸榮部会長は、相場低迷について「予期しない急落だ。この先どうなるのか」と肩を落とす。同部会は昨年発足したばかり。農家数25人、飼養頭数は約1500頭で、相場下落は死活問題だ。石戸部会長は「五輪特需に強く期待して高い子牛を導入してきた仲間もいたが、計画が狂った」と嘆く。

 現在出荷する牛は、1頭80万円前後と高値で導入した子牛が多い。飼料代などの経費には1頭当たり約40万円かかる。1頭120万円以上でないと採算が取れないが、現在の相場では90万円前後で売らざるを得ない状況という。石戸部会長は「高齢農家が離農したり、資金繰りに窮した中小規模の肥育農家から廃業に追い込まれたりしないか心配」と話す。

 牛肉の価格低迷時の対策として肥育経営の粗収益が生産費を下回った場合、差額の9割が補填(ほてん)される肉用牛肥育経営安定交付金制度(牛マルキン)がある。しかし、農水省がまとめる食肉流通統計などの結果を踏まえるため、補填が決まるまでには最短で約2カ月かかる。石戸部会長は「無利子無担保の融資だけでは不十分。借入金の返済猶予や牛マルキンを早く発動してほしい」と要望する。

 九州でも影響が広がっている。宮崎県都城市で約100頭を肥育する清水裕一郎さん(58)は在庫が積み上がり出荷を抑える事態になることを懸念する。「何とか出荷できているが、先が見通せない」と不安を募らせる。新型コロナウイルスの感染拡大について「10年前の口蹄(こうてい)疫で、出荷が止まったことが頭をよぎった」という。周辺の一部農家では「多少値段が安くても、前倒しで出荷を進めようとする動きもある」と明かす。

 懸念するのは相場低迷の長期化だ。既に経営は厳しい。直近の枝肉単価が1キロ2500円で、約3カ月前と比べると500〜600円安い。肥育代を加味すると利益がほぼ出ない状況で、餌代など維持費だけがかかる。清水さんは「皆が納得できるような消費拡大策を考えてほしい」と訴える。