閣議もリモートに移行した。左上には先般新型コロナウイルスに感染したことを明らかにしたボリス・ジョンソン首相も(官邸)

世界各国で新型コロナウィルスの感染者が拡大する中、イギリス政府は3月23日、国民に外出禁止令を出した。外出できるのは食料を買う、あるいは治療を受けるためか、どうしても自宅勤務ではできない仕事に出かけるときのみ。

外出時は人と人との間を2メートル開けるように要請され、居住を共にしない家族や友人と会うことも禁じられている。厳しい行動制限が付くイギリスで、人々はどのように暮らしているのか。

感染者は増える一方

政府情報によると、イギリスでは、3月31日時点で約14万人が新型コロナに感染したかどうかの検査を受け、陽性となった人は約2万5000人。前日29日時点で死者数は約1800人となった。

現在のところ、感染者数及び死者数は増える一方だ。医療関係者は感染者を「なるべく低く抑え、次第に終息に向かわせる」ことを狙っているが、ピークは「2週間後(4月中旬)」と予想している。

外出禁止令は若干の緩和も将来ありうるが、何らかの行動制限が付く、「他者と社会的距離を置く戦略(「ソーシャル・ディスタンシング」)は「今後6カ月は続く」と言われている(政府保健当局高官、3月29日の記者会見)。

疫学の研究で知られるインペリアル・カレッジ・ロンドンの予想によれば、もし何もしなればイギリスの感染者は50万人にも膨れ上がるが、政府は、社会的距離戦略を守ることによって、死者を2万人程度に抑えたい考えだ。

イギリスでは、新型コロナ感染防止対策として、当初は外出から帰った後の手洗いを主眼とし、これに加えて3月中旬には人ごみの中で感染が生じることを避けるため、外出自粛を要請した。

しかし、週末に観光地が人手でにぎわったことを受け、23日に外出禁止令を出した。生活必需品の買い物や治療、どうしても出勤が必要な場合の通勤といった特殊な例を除く外出は不可となった。

学校は先に休校措置となっていたが、これに加え、レストラン、カフェ、バー、パブ、美容サロン、ホテル、そのほかの宿泊施設、図書館、コミュニティーセンター、美術館、博物館、映画館、スポーツクラブ、戸外の遊び場などに閉鎖令が出た。ただし、レストランやカフェはテイクアウト専門でサービスを提供できる。

結婚式は禁止だが、葬式は可能

結婚式は人が多く集まるので禁止となるが、葬式は可能。ただし、ごく少人数の遺族のみが出席できる。同居していない家族や友人と会うことも禁じられている。

世界中から観光客が多く訪れる、ロンドンのトラファルガー広場、ピカデリーサーカスなどはまるでゴーストタウンのような光景となった。

商店街に足を踏み入れると、ほとんどの店舗が閉店状態となっているが、唯一開いているのが、生活に不可欠なサービスを提供するスーパーマーケットや、そのほか食料を売る店、薬局、病院(まず電話相談をすることになっているため、待合室に人はほとんどいない)、ガソリンスタンド、新聞販売店、郵便局など。

先の外出禁止令には例外がある。国民医療制度(NHS)に勤務する人、一部開いている学校に向かう教師など。そのほかの多くの人にとっては、1日1回、生活必需品の買い物か、運動あるいは犬の散歩などでのみ、外出が許される。違反した場合、警察が罰金(60ポンド=約8000円)を科す。

実際に通りを歩くと、買い物に行く途中か、あるいは散歩をする人の姿しか見かけない。薬局やスーパーに入るには、まず入り口前の列に並ぶ必要がある。待っている間、前や後ろの人と2メートルの距離を維持する。買い物客が店内から一人出たら、列にいる人が1人、中に入れる。

スーパーでは、一時トイレットペーパーやパスタが棚にないことがよくあったが、現在は時折空の棚があるものの、物資はだいたい行き届いている様子だ。ただ、夕方までには品切れになることがあるので、どのスーパーも開店から1時間を高齢者専用にしている。

いったん店内に入ってしまうとゆったりとした気分で買い物ができるが、レジに並ぶ際には、ここでもやはりほかの客と2メートルの距離を維持しなければならない。

外出禁止令が出ても、買い物や運動のために外出ができるが、車に乗って遠くまで出かけ、戸外を歩いた場合は禁止令違反になるのだろうか?

政府のガイダンスによれば、「可能であれば、地元付近にいること、付近の屋外の空間を使うこと。不必要な旅はしないこと」、とある。「公園やそのほかの公的空間で、2人以上で集まることを禁止する。警察はこれを実行させる」とも。

そこで、イングランド地方中部ダービシャー州の警察はドローンを使って、管轄内の自然公園に来た人が駐車した車や犬を連れて歩く人を撮影し、ソーシャルメディアで「こんなことをやってはいけない」と注意を喚起した。

車に乗って遠出をして出かけたことはおそらく事実だろうが、外出の際には他者との距離を置くという決まりは守っていた。このような形で人目にさらすとは、「まるで監視国家だ」と批判を浴びてしまった。

記者会見室には記者の姿なし

3月末から、政府は毎日夕方、首相あるいは大臣級の政治家と科学顧問、医療関係者とともに記者会見を開いているが、会見室には記者の姿はない。「距離を置く」必要のため、報道陣は会見室の大きな画面から、政治家らに質問をするからだ。


記者会見はリモートで行われている。中央に立つラーブ外相を科学顧問、医療専門家が囲む形を取っている(官邸flickrより)

また、テレビの報道番組でも、記者が市民あるいは専門家に話を聞くとき、2メートルの距離を置くため、長く延長させたマイクを向けている。ニュース番組の司会者も出演者もともに自宅からスカイプなどを使って番組に登場する例が増えている。

こうした社会的距離戦略を取る大きな理由の1つは、感染者数をできうる限り抑えて爆発的な急増を発生させないことで、国民医療制度(NHS)の崩壊を防ぐことだ。

国民の税金でその運営資金がカバーされるNHSは、診察料が無料であるため、非常にアクセスしやすい医療サービスだ。しかし、長年、人手不足や資金難が指摘されてきた。そんな時に発生した新型コロナウィルスの感染にNHSが十分に対処できるのかどうかが大きな課題となっている。

新型コロナの感染者は集中治療室(ICU)に入り、人工呼吸器を含む医療器材が整った環境で患者1人につき1人か2人の看護人という形で治療を受ける。しかし、集中治療ができる病床数は、全国で4000ほどといわれ、今後患者数が増えれば、追いつくことができない。

すでに一部の患者の手術が延期され、早期退院が奨励されてきたが、それでも間に合わない可能性が出てきたので、ロンドンには「NHSナイチンゲール病院」、そして中部のバーミンガムなどに新たな医療施設を建設する予定となっている。

NHSナイチンゲール病院は、通常はイベント開催施設の「エクセルセンター」を使い、最大で4000人の患者を収容できる。英軍の助けを借りて準備が進められ、まずは500人から収容を開始する。

人工呼吸器も、防護用メガネやガウンも足りない

ほかにも難題がある。人工呼吸器が足りないのだ。世界各地で人工呼吸器の需要が急速に高まり、その調達が大問題となってきた。政府は人工呼吸器専門ではないメーカーにも製作を依頼している。

感染者をケアするNHSのスタッフが感染から身を守るための一式(保護用メガネ、マスク、全身を覆うガウン、手袋)が行き渡らず、スタッフが悲鳴の声を上げている。

さらに、イギリスはこれまで、コロナ感染の検査を入院している人にのみ限っており、NHSスタッフは検査対象となっていなかった。自分が感染しているかどうかもわからず、スタッフは仕事をせざるを得なかった。「あまりにもひどい」という声が上がり、数日前から、ようやくNHSスタッフにも検査が始まったばかりだ。

政府が外出禁止令、小売店やレストランなどの閉鎖措置を取った際に、大きく問題視されたのが「閉店令に従ったビジネスをどうするのか」だった。多くのビジネスは従業員の解雇を余儀なくされる事態に直面したからだ。

政府の対応としては、まず最も感染者が多いイングランド地方では閉店令が出た業界の企業に対し、最大で2万5000ポンド(約330万円)の現金を提供するうえに、4月以降の事業税の支払いを免除することになった。

正社員で自分が感染して働くことができなくなった場合、雇用主が病欠手当を毎週94・25ポンド(約1万2000円)払う(28週間まで)。ただし、毎週の賃金が118ポンド(約1万5000円)以上であることが条件となる。通常、支払いは病欠の4日目から数えて支払われるが、政府はこれを1日目からに変更した。

正社員ではない場合、あるいは毎週の賃金が118ポンド以下である場合でも、国民保険料を2〜3年払っていると一定の金額が支払われる。

経営状況が悪化しても従業員を解雇しなかった企業は、従業員1人につき、給与の最大80%(月に2500ポンド=約33万円=を上限)が政府から支給される。

自営業やフリーランスには収入の8割を負担

自営業者・フリーランスの場合、今後3カ月にわたり、経費を引いた収入の最大80%(月に2500ポンドを上限)が政府から支給される。ただし、経費を引いた年収が5万ポンド(約660万円)以下で、過去3年間、税金を払っていた人など、いくつかの条件がある。

正社員として働く人と自営業・フリーランスの人をほぼ同等にしたシステムを新たに作ったわけだが、正社員側からは「もうすでに解雇されてしまった」、フリーランス側からは「3年未満のビジネスがカバーされていない」などの不満が出ている。特に、正社員側の体制は4月から実施されるのに対し、フリーランスの方は6月から支給が始まるため、「対応が遅い」という批判が出ている。

もし一時解雇となれば、正社員の場合1日29ポンド(約3860円)計算で、週に5日働くとすると145ポンド(約1万9000円)の収入が保障される。

失業となった場合は、失業に関連したさまざまなサポートが得られる「ユニバーサル・クレジット」を申請することになる。給付金の額は申請者の状況によって変わるが、スナク財務相はコロナ感染の影響を加味し、一部の上昇を計画。例えば独身で25歳以上の場合、今月から月に323・22ポンド(約4万3000円)の手当が出ることになっていたが、これをさらに406ポンド(約5万4000円)に上昇させるという。

日本で外出禁止令が出て、飲食業や大部分の小売店が閉鎖された場合、経済への影響があまりにも大きいため、筆者はそういう事態にはならないのではないか、と思う。実際に、スウェーデンでは外出禁止令は出ておらず、レストランもにぎわっている。感染者を増やさないように気を付けながら、経済活動を維持させることは不可能ではない。

しかし、もし「ロックダウン(封鎖)」を選択した場合、今準備できることはある。医療体制を充実させ、感染者急増の際にも対応できるようにしておくこと、飲食業を含むいわゆるホスピタリティ業の閉鎖で職を失うかもしれない人、あるいは従業員を解雇せざるを得ない事業主への財政支援を整えておくことである。社会不安をなくするためにも、今すぐ、取り抱えるべきだろう。