日本一有名な夫婦から生まれた姉妹は、一時は表舞台へ出ることを避けていたように思えた。語学、音楽、アート…各々が信じる道を進み、未来を切り開いていた2人が、芸能界という世界への扉をたたいた理由とは──。

【別写真】Cocomi、スラッとした美脚が目を引く「全身写真」

《go FLY!! my ANGELS!!(羽ばたけ!! 俺の天使たち!!)》

 3月19日、木村拓哉(47才)が中国版ツイッター「微博」を更新。「天使たち」とは、デビューを果たしたばかりの長女Cocomi(18才)と、次女のKoki,(17才)のことだ。同時に娘2人が寄り添う写真がアップされていた。

「木村さんはこれまで、自分から積極的に子供について触れてこなかった。これは異例のことです。デビュー後、早速バッシングを受ける長女にエールを送りたかったのでしょう」(テレビ局関係者)

 木村が冒頭の投稿をする数時間前、Cocomiのモデルデビューが報じられた。3月28日発売の『VOGUE JAPAN』で表紙を飾ることや、世界のトップブランドの1つクリスチャン・ディオールのアンバサダー就任も発表された。

「『VOGUE』の表紙には外国人が起用されることが多く、日本人、それも新人というのは初めてのことではないでしょうか。しかも、キムタクの長女が初めてベールを脱ぐということで、編集部では厳しい箝口令が敷かれていた。無事、発表まで情報が漏れなかったことに、スタッフは胸をなで下ろしているそうです」(ファッション誌関係者)

 鮮やかなデビューの知らせは瞬く間に世間を駆け巡った。公表された写真にインターネット上では「やっぱりかわいかったんだ」「両親にそっくりで気品がある」といった反応が相次ぐ。その一方で、あまりに心ない言葉も一部で投げかけられた。「かわいくない」「親の十四光」「18才でディオールなんて」――。

 書いた側は意識していなくても、書かれた言葉は当の本人の目に簡単に届く。ネットでの噂に傷つき、表舞台から去る人も、訴訟を起こす人もいる時代だ。Cocomiの場合は妹という“前例”も見ていたはず。

 次女のKoki,も2018年5月にモード誌『ELLE JAPON』で表紙デビューし、シャネルやブルガリなど世界的なブランドのアンバサダーに就任した。

『ELLE』『VOGUE』はモード誌界の双璧ともいえる。すべてのモデルが憧れる雑誌だけに、新人での抜擢は、“親の十四光”だと揶揄されたようだ。

「実際に、Koki,さんのデビューのときにもいわれのない非難の声は上がりました。きっと、Cocomiさんもバッシングは覚悟していたでしょう。編集部側もそうした事態を予測し『気にする必要はないよ』とあらかじめ伝えていたほどです。

 確かに、起用には“キムタクの娘”であることが無関係ではない。しかし、会えばわかりますが、彼女たちにはオーラがあります。知名度だけでなく、品もある。有名雑誌の表紙を飾るようになるには、その両方が必要なんです。

 海外では両親に有名人を持つ子供が新人としては異例の大役に抜擢されることはよくあること。いちいちバッシングもされません。ですから、撮影にかかわった外国人スタッフは、有望新人のデビューに立ち会えることを喜んでいました」(前出・ファッション誌関係者)

◆認めてもらえず挫折したことも

 デビューを飾った長女に、母親の工藤静香(49才)はインスタグラムに心の内を綴った。

《一生懸命、でも楽しく子育てをしている中、いつもの様に様々な噂がありました。 娘2人とも、とっても思いやりのある、優しい子に成長してくれました》

 様々な噂――それは生まれたときから、Cocomiについて回った。

 木村が出産に立ち会ったこと。Cocomiの足形をプリントした限定Tシャツを内祝いにしたこと。幼少期からスイミングや英会話に通い、日本人が全校生徒の1割ほどしかいないインターナショナルスクールに進学したことも、逐一、多くの人の耳に入った。

「長女には“病気のため、人前に出られない”というひどい噂もありました。それでも木村さんも静香さんも噂について肯定も否定もせずに沈黙を守ってきた。何を言われても黙ってがまんすることで、娘たちが“キムタクの娘”というレッテルを貼られることを避けるためでした」(前出・テレビ局関係者)

 Cocomiはメディアに出ることなく勉学に励み、英語とフランス語をマスターし、フルート奏者としても実力をつけていった。高校進学時にはフランスへの留学も検討されたが、選んだのは、プロを目指す精鋭が集う日本の高校だった。高校在学中に、有名コンテストで入賞まで果たしている。

 ほかの生徒と同じように学び、演奏の腕を磨きながら、社会経験も積んでいた。

「アパレルショップでアルバイト体験をしていました。特別待遇などはなく、本当に普通のアルバイト。本名は伏せていましたが、すぐにスタッフ全員の名前を覚えて、周囲を驚かせたようです。ランチは持参のお弁当を食べていたし、どこにでもいる普通の高校生としてしつけられているのが印象的でした」(別のファッション誌関係者)

 音楽の道を断念し、急に芸能界に舵を切ったかのようにいわれているが、実情は異なるようだ。

「あくまで音楽の名門大学に進学し、軸足はフルートに置いてのこと。感性を広げるためにいろいろな経験を積みたいと今回のオファーを受けたようです。

 Cocomiちゃんはどんなに努力してコンクールで優勝しても、上位の成績を収めても“コネでしょ”と言われるなど、なかなか認めてもらえず、挫折しそうなときもあったと思います。それでも乗り越えてフルートを続けてきた。10代の子にとってはそれだけでもすごいこと。あの姉妹には誰に何を言われても家族や友人がしっかりわかってくれていれば充分という強い気持ちがある。静香さんもその芯だけは小さい頃からしっかりと伝えていましたね」(木村家の知人)

 Koki,はインタビューなどでたびたび“理想の女性は母”と繰り返している。その思いは長女も同じだ。

「Cocomiちゃんの病気の噂など、子供の頃にデビューさせればすぐに吹き飛んだでしょう。でもそれでは子供を守れません。夫婦は、何も話さないことで娘たちを守り、本人たちが自らの意志でそうしたいと言うまで、芸能界へ引っ張り出すようなことはしなかった。そんな両親をカッコいいと感じ、一歩でも近づきたいと思ったからこそ、2人とも、両親と同じ世界の扉をたたいたんでしょう」(別のファッション誌関係者)

 2001年5月1日、Cocomiがこの世に生を受けてから4時間ほど経ってから、木村と静香は連名で《名前は美しい心を持つ女性になるようにと「心美」と命名しました》とマスコミにファクスで報告し、静香もWebサイトで《お父さんにそっくりな心美はとても元気で、ファーストキスはお父さんに奪われてしまいました。(笑)》とエピソードを明かしていた。

 あれからおよそ19年、娘は大輪の花を咲かせる。

※女性セブン2020年4月9日号