自然は人間が制御できないものになりつつあります(写真:m.Taira/PIXTA)

私はいま、日本の状況を大変憂えています。液化天然ガスの最大の輸入国で、石炭と石油についても世界のトップ4の輸入国。そして、発電の3分の1を石炭火力に依存している――。

拙著『グローバル・グリーン・ニューディール』にも詳述しましたが、気候変動の問題が危機的状況にある現在、大胆な経済政策の転換、「グリーン・ニューディール」――スマートでデジタル化されたインフラの整備、社会の脱炭素化、グリーン経済部門における雇用創出等――を地球規模で実現することが人類の急務です。

日本ではいま、約100基の石炭火力発電所が稼働しています。そして、新たに建設中または建設予定のものが22基ある。この22基が排出する二酸化炭素の量は、全米で売られているすべての自動車が排出する量に相当します。日本は、グリーン・ニューディールどころか、その逆の方向に進んでいるのです。

「座礁資産」に気をつけろ

問題は排出する二酸化炭素の量だけではありません。新しく建設される石炭火力発電所は、すべて座礁資産になってしまいます。座礁資産というのは、市場や社会の状況が急激に変化することで価値が大きく下落する資産のことです。再生可能エネルギー技術が安価になれば、需要の下落により地下に埋蔵されたままになる化石燃料や、石炭火力発電のために開発されたパイプラインや海洋プラットフォーム、貯蔵施設、発電所など、関連するあらゆる資産が放棄されることになります。

原子力発電は問題外です。原子力発電のコストは1キロワット/時当たり112セント程度ですが、天然ガスと石炭は40〜50セントです。太陽光・風力発電の発電コストは30〜40セントなので、日本が原子力発電や石炭火力発電を続けることはさらに座礁資産を増やすことになります。

私は過去20年間にわたってEU、そして最近では中国に対してゼロ炭素社会への移行に向けてアドバイスを行ってきました。中国はすぐに行動に移し、太陽光・風力発電への投資額と設備容量で世界のトップになりました。現在はリアルタイムで国全体の送電網(グリッド)をデジタル化しています。

グリーン・ニューディールへの移行の中心となるのは、第2次産業革命のインフラを構成する以下の4部門です

1)ICT/通信
2)エネルギーと電力
3)内燃機関による移動/ロジスティクス(物流)
4)居住用、商業用、工業用および公共機関の建物群

注目すべきことに、日本はエネルギーと電力以外の部門では世界のリーダーです。エネルギー部門だけが中国やEUの後塵を拝している。その原因となっているのが、TEPCO(東京電力ホールディングス)です。

しかし、よい兆候もあります。東電は、株に比べて変動が少なく安全で、利益が予測しやすいグリーンボンド(温暖化対策や環境プロジェクトなどの資金を調達するために発行される債券)の発行を検討しています(注:発行体は再生可能エネルギー発電事業を手がける全額出資子会社、東京電力リニューアブルパワー)。

ドイツの取り組みから学ぶこと

ドイツの例からも、日本が学ぶべきことはたくさんあります。2005年頃、ドイツにおける太陽光・風力発電の割合はたった4%で、残りは石油・石炭などの化石燃料と原子力によるものでした。しかし、太陽光・風力発電のコストがかなり安くなったこともあり、2018年には、再生可能エネルギーが全エネルギー源の35.2%を占めるまでになりました。

オーストリアの偉大な経済学者シュンペーターは「創造的破壊」について説明しましたが、それは新しいビジネスが古いビジネスを駆逐するというもので、インフラの移行こそが歴史上最も大きな破壊であることは理解していませんでした。およそ100年前に電灯が発明されると、あっという間にガス灯に取って代わりましたが、それが好例です。インフラが移行する際には、ビジネスモデルを変えなければならないのです。

ドイツは新しいビジネスモデルを創りました。再生可能エネルギーの割合が大きくなったことで、ドイツを含むヨーロッパは2010〜2015年の間に1800億ドル相当の金額を失いました。日本も同様の「創造的破壊」をこの2、3年の間に経験するでしょう。

大手電力会社は、石油・石炭・天然ガスという中央集権型のエネルギー源による発電に強みを発揮します。これらは、採掘から輸送、電力への転換に多額の資本を必要とするからです。しかし、再生可能エネルギーによる発電は分散ネットワーク型です。太陽光パネルや風力タービンは、小規模な発電施設として無数に建設され、企業や地域、個人が、自分で使うエネルギーの生産者になることができます。

ドイツ連邦政府は固定価格買取制度(FIT)を導入し、再生可能エネルギーによって発電した電気を送電網に逆流させ、市場価格よりも高く電力会社に買い取ってもらうことを可能にしました。いまでは太陽光・風力発電のうち、96%の電力が個人や中小の企業によって発電されています。

電力会社の役割は、電力を売ることから、プロバイダー・ユーザーネットワークとしての送電網を用いてエネルギーを管理することに移行します。ロジスティクスとディストリビューション・チェーンを通してエネルギー効率と生産性を高めるサービスこそが、これからの電力会社のビジネスとなるでしょう。ドイツの大手4電力会社は、私が提示したこのビジネスモデルを実行しています。これは東電にとって大きな教訓です。

日本のポテンシャル

エネルギー部門以外で日本が世界をリードしていることは先に述べたとおりですが、日本政府が行動していますぐにエネルギー部門でグリーン革命を実行しないと、20年もすれば日本は2流国に成り下がります。化石燃料のために開発されたパイプラインや施設がすべて座礁資産になってしまうからです。

化石燃料由来のグレー水素を、再生可能エネルギー由来のグリーン水素に移行すれば、従来のパイプラインを少し改良するだけで使えるようになるので、日本はゼロ炭素社会を達成できます。過剰に発電した分を水素に変換すれば、太陽が輝いていないとき、風が吹いていないときでも、パイプラインをグリーンエネルギーの貯蔵に活用できます。ヨーロッパではすでに実行されていますが、スマートな送電網を構築することができれば、燃料電池やEV車に貯蔵した電気を需要のピーク時(電気価格が高くなったとき)に送電網に戻すことで利益を得ることも可能になります。

日本は平野が少なく、ソーラーパネルや風力タービンを設置する場所が少ないという説を聞いたことがある人もいるでしょう。実際、2018年の時点で、再生可能エネルギーの割合は、ヨーロッパではすでに30%に達しているのに対し、日本では全体の17.4%にとどまっています。太陽光・風力発電はたったの7%にすぎません。

しかし、スタンフォード大学とカリフォルニア大学バークレー校の共同研究の調査結果によれば、日本は電力の86%を太陽光、9%を風力(陸上と海上)、4.4%を水素エネルギー、0.7%を波エネルギー、0.5%を地熱エネルギーで賄うことが可能です。日本には非常に大きなポテンシャルがあるのです。

日本にいま必要なことは政治的意思(political will)です。そしてICT/通信と電力会社が、輸送/ロジスティクス企業とひざを交えて話し合い、建設業と協力しなければなりません。日本が建設業で世界のトップクラスに位置することはあまり知られていませんが、IoTのインフラを充実させて、気候変動に対してレジリエントな建物を建設することができる技術力を持っています。

もし私が安倍首相にアドバイスする立場にあれば、日本の座礁資産、およびヨーロッパと中国のグリーン・ニューディールに関する状況の説明をして、政治的意思を喚起するでしょう。

いま私たちがいるのは進歩の時代ではなく、レジリエンスの時代です。気候変動がどれほど危機的状況にあるか、多くの人が気づいています。自然は我々の理解を超え、人間が制御できないものになりつつあります。

グリーン・ニューディールが最重要と気づいた若い世代

私は楽観主義でもなく、悲観主義でもなく、guarded hope(用心深い希望)を持っています。

Z世代(1990年代後半から2000年生まれの世代、インターネットや携帯電話の環境に生まれ育った世代)やミレニアル世代(1980年代から1990年代半ば生まれの世代)のような若い世代が、昨年140カ国で大規模なデモに参加しました。脱炭素社会への転換を地球全体で進める必要性を訴え、各国政府へ早急に気候変動対策をとるよう要求したのです。これは宗教や民族の違い、イデオロギーの違いを超えた、歴史上類を見ないデモです。この若い世代は、自分たちを「絶滅危惧種」とみなし始めたのです。


彼らはグリーン・ニューディールが最も重要な優先事項であることに気づいたのです。このことを理解していない古い政党を権力の座から一掃するには、アレクサンドリア・オカシオ゠コルテス(30歳。アメリカ下院議員で活動家)やグレタ・トゥーンベリ、サンナ・マリン(最近フィンランドで首相になった34歳の女性)のような人が何百万人も必要です。

アメリカはこれからの4年間で古い政治権力を一掃しなければなりません。そのためには、政府がグリーン・ニューディールに移行するまでのロードマップを作らなければなりません。

日本にはこのグリーン・ニューディールを達成できる、すべての技術がそろっています。このレジリエンスの時代に人類が絶滅しないためには、すべての人、産業が関わる必要があります。あとは政治的意思だけです。政治的意思がなければ、それを実行することはできないのです。