新型コロナウイルスが発生し、交通網が遮断された中国・武漢市。封鎖状態から1カ月がすぎたが、市民はどうやって生活しているのか。ジャーナリストの中島恵氏が、依然として家に閉じこもる生活が続く市民の一人に連絡を取った――。
写真=EPA/時事通信フォト

■両親にも会えず、たった1人で籠城生活

「私の場合はもともと『オタク』なので、1カ月以上家に閉じこもる生活でも、大きな不自由は感じていません。でも、幼いお子さんがいる家庭や、高齢者だけの家庭にとって、この“籠城生活”はかなり過酷だと思いますね……。ネットで同じ武漢市内の人々の悲惨な投稿などを見て、思わず涙がこぼれてしまうこともあります」

2月26日、私は武漢市内に住む中国人女性と電話で1時間ほど話をすることができた。この女性は市内のある大学の講師。数年前に会ったことがあり、連絡を取ってみた。

女性のプロフィールについては「メディアからの取材は受けてはいけないと職場で固く禁じられている」という理由で、ここに詳しく書くことはできず、写真も断られたが、女性は独身で、ペットとともに勤務先の大学近くのマンションに住んでいる。

人口1000万人を超える武漢市は漢陽、漢口、武昌などの地区で成り立っており、昨年12月に感染者が集中して出た海鮮市場や、繁華街が多いのは漢口区、企業が多いのは漢口区と漢陽区だ。女性が住む武昌区は30以上の大学が密集している地区。長江大橋を挟んで、他の2つの地区の対岸に位置する。現在は大学が休校していて、寮に住んでいるはずの大学生もまったくいないため、女性の自宅付近は「それほど緊迫した雰囲気ではない」という。

両親も同じ湖北省内の別の都市に住んでいるが、女性は春節期間中に帰省しなかったため、そのまま武漢市内に1人、留め置かれることになってしまった。以来、両親とはウィーチャットなどで会話しているだけで、ずっと会えないままだ。

■「事態はわずかに好転しているのでは」

女性は武漢が封鎖される前、12月末から不安な毎日を送ってきたというが、「最近、ようやく大学のオンライン授業が始まりました。資料を作ったり、学生とオンラインで会話したりできるようになり、少しだけ気持ちが晴れて、張り合いも出てきました」といい、電話口の声は意外にも明るかった。

写真=Sipa USA/時事通信フォト

封鎖されてからのこの1カ月、政府からの通達にとくに大きな変化は感じないというが、武漢市の発症者がピークに達したとの報道を彼女も目にしており「事態はほんのわずかだが、好転してきているのでは……」と感じている。むしろ、武漢の例を目の当たりにしながら、1カ月遅れで流行が始まった日本や韓国のほうが心配だ。

私は女性にどんな日常生活を送っているのか聞いてみた。もちろん、同じ武漢市といっても、居住地区によって行政の対応は異なり、人によってもストレスの感じ方や過ごし方は千差万別だが、この女性や、その両親の話から、そのごく一端はうかがい知ることができた。

以下、女性とのやりとりを紹介する。

■敷地のゲートでは出入りする人の体温を測っている

--外出制限があるので、生活は不自由でしょうね。

はい、外出は許可されていませんので、24時間ずっと家の中に閉じこもっています。私は家でネットを見たり、仕事(研究)したりしています。地域によって、あるいは職業(公務員や医療従事者など)によっては「居民出入証」といって、マンションから仕事に出かける際のパスポートのようなものが発行されますが、私は持っていません。

私が住んでいるマンションは数棟あり、それらが一つの「小区」(エリア、敷地)になっています。2つあるゲートのうちの1つは1月下旬から閉鎖されていて、残りの1つは、どうしても出入りしなければならない人が使っています。その入口には管理人やボランティアの人が立っていて、常に出入りする人をチェックしたり、体温を測ったりしています。

私が住む「小区」には大学関係者がかなり多く、一般的なファミリー層が多い「小区」とは少し雰囲気が違うかもしれません。ふだんは全体で4000〜5000人が住んでいると思いますが、教授の中には、大学に近いこのマンション以外にも別のマンションを持っている方が多く、春節に地元に帰った方はそのまま戻って来られないので、今、敷地内は閑散としています。

■マンションの管理人が住民の買い物を一括注文

--食料品などの調達はどうしているのですか?

1月中旬まではネットスーパーで調達していましたが、武漢が封鎖されて以降、同じマンションの管理人が一括でスーパーに注文を出すシステムに変更になりました。支払いはスマホ決済の「ウィーチャットペイ」で行っています。

でも、何でも欲しいものが注文できるというわけではなく、今は非常時なので、セット販売の商品(肉と野菜のセットなど)や必需品のコメ、油などしか買うことができず、選択肢は多くはありません。食料品の価格は一時上がりましたが、今はそうでもありません。何とか買うことができた食品を組み合わせて、自分で家庭料理などを作って暮らしています。

デリバリーの料理などは、このあたりではあまり利用できないようです。数日前に聞いた話では、市内の一部地域で、フランチャイズのファストフードの店が開き始めたそうです。

家族がいる家庭では数日に1回はネットスーパーを利用しているようですが、私は2週間に1回だけまとめて買うようにしています。

注文した商品がスーパーからマンションのゲートに届くと、管理人からSNSで連絡が来ます。注文番号順に「10番から20番までの方、受け取りにきてください」という感じで。食品の引き取りの際も、大勢の人がゲートでかち合って、濃厚接触したりしないように気をつけているのです。私はスキーウエアを着て、ゴーグルをつけて、スーツケースや段ボールを持って、完全防備で引き取りに行っています。

■腐らないものは備蓄しておくことが大切

管理人からの連絡は、すべて同じ棟に住む人々のグループチャットに流れてきます。そこには、政府からの通達も流れてきますし、必要な情報を共有しています。自分の体温も毎朝測って、そこに報告しています。ですので、この1カ月、同じ棟の人と顔を合わせることはほとんどないですが、皆さんの様子はだいたい分かっています。

--例えば、皆、どのように過ごしているようですか?

子どもがいる家庭はとても大変そうです。ネットスーパーの注文が遅れると、必要なだけの食料品が当日の配達に間に合わないこともあるので、早く注文を出したりとか、子どもの小学校のオンライン授業をそばで見てあげたりとか。家にずっといるので、子どもの世話が大変な様子です。小さい子どもは遊び回りたいですが、公園に行くことすらできませんので。

--マスクやペットのエサなどは足りていますか?

マスクや消毒用アルコールなどは足りています。私はもともと気管支系が弱かったので、幸い、買い置きしたものがありました。今は外出していないですし、家でマスクはつけていませんので、それほどたくさんは必要ありません。ペットのエサは昨年の「独身の日」(11月11日)に行われた中国の通販大手・アリババのセールでまとめ買いしていて、1年分はありますので安心です。こういうときのため、腐らないものは備蓄しておくことが重要だとつくづく思いました。

■給料が支払われていない人が何人もいる

--ご両親の生活はいかがですか?

両親は武漢からクルマで5時間ほど離れた都市に2人で住んでいます。今のところ健康に問題はありませんが、ネットができないので、同じマンションのボランティアの方が食料品の注文などを手伝ってくれているそうです。武漢市内も同じですが、本当に多くの人がボランティアとして働いていますので、助かっています。

両親の家には冷凍冷蔵庫が3台あり、そこに大量の食品を保存しています。両親の知り合いも、たいてい家に2〜3台の冷凍冷蔵庫があります。私の知るかぎり、珍しいことではありません。母は自分もボランティアの一員として、2日に1回は「小区」の出入りのチェックを手伝っているそうです。それが気分転換にもつながっているみたい。それ以外は家でテレビを見たり、体操をしたり、ご飯を作ったり、私や親戚と電話で話したり、という生活です。

--困っていることは特にないですか?

私は出勤していないこの1カ月の間も大学からお給料が出ていますが、両親は会社員で、大手企業ではないのでお給料が出ていません。私の友人の中にも、給料が支払われていない人が何人もいます。このままでは生活に困窮する人が続々と出てくるのではないかと心配です。在宅勤務ができる立場の人はいいですが、武漢でリモートワークをしているという話はあまり聞いたことがないです。外に出かけて仕事をしているのは、一部の公務員や医療関係者、流通業、清掃業の人などに限定されていると思います。

■病気で亡くなっても、お葬式ができない

公務員の友人は、公共交通機関が動いていないから、歩いて職場に行き、数日間寝泊まりして、カップラーメンでしのいでいるという人もいます。医療関係の仕事をしている知り合いは、ボランティアのクルマなどで移動できるようですが、それでも自宅と病院との往復は大変。でも「最近ようやく少しだけ休む時間ができてきた」と話していました。

私の周囲にはいませんが、SNSを見ると、悲惨な話を目にします。例えば、春節明けに予定していた内臓の手術の予定が延期になり、病状が悪化したとか。新型コロナウイルス以外の病気で亡くなったけれど、外に出られないのでお葬式が出せないとか。結婚式が無期延期になったなど……。

皆、SNSで悲しいことやつらいことを共有していますが、高齢者はSNSも使えないし、ただじっと現状を受け入れ、耐えるしかありません。家族が武漢に戻って来られない人や、武漢出身ではなく、武漢の外にいる家族がいる人は、本当につらいと思います。

以上が女性との主な会話だ。

■「外の空気を思いっきり吸いたい」

女性は大学講師という比較的恵まれた立場にいて「ネットと食料品さえあれば、何とか1日をやり過ごすことができるので、私は大丈夫です」とつとめて明るく話していたが、都市機能がほとんど失われてしまったこの1カ月間、ときには理由もなく、ふと心が折れてしまうこともあったという。

生活必需品は間に合っているといっても、美容院にも行けないので髪は伸びてしまうし、運動不足にもなる。通販サイトなどを見ると、ヨガマットや口紅、バリカンなどが売れているようだが、長びく籠城生活は、精神的にもボディーブローのように効いているに違いない。

特に「いつ収束するのか分からないことが不安」だと話していたが、日本に住む友人からの励ましのメッセージもいくつか受け取ったとうれしそうに話していた。しかし、この女性のような立場の人はそう多くはいないだろう。

女性は「武漢の大学が本格的に再開されるのは、企業の再開よりも後になるかもしれません。まだ当分、この生活が続きそうですが、とにかく早く元通りに戻ってほしいです」という。

「武漢の空気はもともとおいしくないですが、それでも、やっぱり外の空気を思いっきり吸いたいです。ゴーグル抜きで」(女性)。

おそらく多くの武漢市民が同じような思いを胸に抱きながら、閉じ込められた部屋の窓から広い空を眺めているのではないだろうか。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)