走行中の列車で運転士が気を失ったらどうなるのでしょうか。危険なためすぐ停止してほしいところですが、ブレーキを操作できる人はいません。万が一に備え、運転台にはEB装置やデッドマン装置など、自動で停止する仕組みがあります。

一定時間何もしないと… EB装置とは

「高速で走っている列車で、運転士が気を失ってしまったら、一体どうなるの?」

 ふと、こう考えたことがあるかもしれません。もっとも、このようなことは起きないに越したことはありませんが、列車の運転士もひとりの人間ですから、万が一の事態が発生しないとは言いきれません。このような不測の事態に備えて、鉄道には安全を守るための様々な仕組みがあります。


列車を運転する運転士のイメージ(画像:写真AC)。

 車両には原則、運転士の意思とは関係なく、列車を停止させるための保安装置が備わっています。運転台にある装置が「EB装置」と「デッドマン装置」です。現在、新造車両には設置することが基本的に義務付けられています。

 まず「EB装置」ですが、これは英語のEmergency Brake(非常ブレーキ)の頭文字をとったもので、日本語だと緊急列車停止装置といいます。失神だけではなく、居眠りや急病の際にも列車を停止させます。

 EB装置が作動する一般的な仕組みは、運転士がブレーキ操作や警笛吹鳴など、運転に必要な操作を1分間何も行わなかった場合、初めにアラームが鳴ります。このアラームを運転士が5秒以内に解除しない、または何らかの運転操作を行わないとき、次に非常ブレーキが自動的にかかるというものです。もし運転士が気を失っていたら、アラームを解除するための操作ができないので、列車は自動的に停止するというわけです。

握られる、踏まれることが前提 デッドマン装置とは

 もうひとつは「デッドマン装置」です。物騒な名前に聞こえますが、字のごとく運転士が死んでしまうなど、正常に運転操作ができないときに、列車を停止させる装置です。デッドマン装置は大きく分けて2種類あります。

 ひとつ目は運転台にある制御装置「マスターコントローラー(マスコン)」に取り付けられているタイプです。運転士は列車を発進・加速させる際、マスコンハンドルを動かします。


電車の運転台(写真はシミュレーター)。写真はワンハンドルのマスコンで、ハンドルの裏にデッドマン装置がある。なおハンドルは本来、両手で操作する(2020年1月、大藤碩哉撮影)。

 加速と減速の操作が一体になったワンハンドルでは、デッドマン装置は、ハンドルと同時に握れる位置に取り付けられています。もし運転士が加速中にハンドルから手を離せば、デッドマン装置からも手が離れることになり、装置が起動し列車に非常ブレーキがかかります。ちなみに、加速と減速を別々のハンドルで行うツーハンドルにも、デッドマン装置があります。

 ふたつ目は、足踏み形式のものです。これは運転台の足元に設置されるペダルで、運転士は常にこれを踏み続けて運転する必要があります。足が離れればアラームが鳴り、一定時間経過後に非常ブレーキがかかるものです。

「ATS」「ATC」「ATO」でも安全をバックアップ

 ここまで述べた運転台の停止装置は、どれも「一定時間」などの条件付きで発動するものです。

 運悪く、この条件外で運転士に不測の事態が発生した場合でも、列車を停止させる保安装置があります。ATS(Automatic Train Stop:自動列車停止装置)です。これは運転士の失神だけではなく、信号の見落としなどヒューマンエラーでも列車を自動的に停止させる機能が備わっています。


線路上に設置された白い機械が、自動列車停止装置(ATS)の一部で、地上子と呼ばれる(画像:写真AC)。

 一般的にATSは、信号機が停止もしくは制限速度を示すときに有効になり、列車の速度を検知する地点で一定の速度を超えたときに、自動で非常ブレーキがかかる仕組みです。なお、線路上で列車の速度を検知する機械(地上子)は、カーブや踏切、分岐器にも設置されていることが多くあります。

 ほかにも、ATC(Automatic Train Control:自動列車制御装置)を導入している区間では、前を走る列車の状況などを受信して、制限速度を運転台に表示します。前の列車との間隔が狭まるなどすると、運転士の意思とは関係なく自動的にブレーキがかかるため、速度が超過することはありません。

 また、東京の臨海部を走るゆりかもめや、神戸市の三宮と人口島「ポートアイランド」を結ぶポートライナーなど、ATO(Automatic Train Operation:自動列車運転装置)を導入している路線は、発車から停車までが自動的に行われるため、運転士の失神などのアクシデントはおろか、そもそも運転士がいない無人運転が可能です。

運転士も健康面で対策 睡眠時無呼吸症候群は要注意

「運転士が気を失う」といった状況を少しでも回避すべく、鉄道業界では未然の対策もなされています。運転士の健康チェックです。なかでも「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」は、突然の意識障害の原因となるため、鉄道事業者によっては列車の運転に必要な国家資格「動力車操縦者運転免許」を取得する前後などに、運転士にSASの検査を受けさせます。また、免許の取得後にそのような状態が発覚した場合は、運転業務から外すといった配置転換などの措置をとることもあります。

 このように、様々な保安装置の導入や対策によって、列車の安全は守られています。多すぎるようにも思うかもしれませんが、もちろん何重にあっても良いのが安全のための仕組みです。また、AI(人工知能)など最新技術を活用して、たとえば運転士の視線を察知して危険を予知するようなシステムの開発など、さらなる未来型の安全性向上策も期待されます。

※一部修正しました(2月25日10時10分)。