テレビ朝日の番組がフジテレビの番組を特集するという異例の出来事が(撮影:今井 康一、田邉 佳介)

まさに異例中の異例。「禁断の企画」と言ってもおおげさではないでしょう。2月20日夜、「アメトーーク!」(テレビ朝日系)の「ザ・ノンフィクション大好き芸人」が放送され、ネット上には驚きや喜びの声が飛び交っていました。

「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)は日曜14時から放送されているドキュメンタリー。1995年から約25年間にわたって放送され、同時間帯の視聴率トップを獲得することも多いフジテレビが誇る看板番組の1つです。

その看板番組を「アメトーーク!」がフィーチャーする……つまり、テレビ朝日がフジテレビの番組を宣伝するということ。視聴率争いでしのぎを削る他局番組の宣伝は、自局の業績にも関わることだけに、一般企業の競合他社に置き換えると、その異例さがわかるのではないでしょうか。

とりわけ「アメトーーク!」は「家電芸人」「餃子の王将芸人」「天下一品芸人」「CoCo壱番屋芸人」「読書芸人」「マンガ大好き芸人」など放送後に「フィーチャーした商品が売れる」という現象が起きる影響力の大きさで知られる番組。だからこそこれまで「ドラえもん芸人」「徹子の部屋芸人」「ロンドンハーツ芸人」「仮面ライダー芸人」「サッカー日本代表応援芸人」「高校野球大好き芸人」「プロレス大好き芸人」など、テレビ朝日系が放送中の番組を絡めた企画が放送されてきました。

今回の放送では、なぜ敵に塩を送るような企画を放送したのでしょうか。今後、他の番組や業界全体にどんな影響があると考えられるのでしょうか。

1時間まるごと勝手に他局の宣伝

「アメトーーク!」の「ザ・ノンフィクション大好き芸人」は、冒頭に「フジテレビの人気ドキュメンタリーを勝手に語る1時間」「『他局の番組をテレ朝でやる』ってどう思いますか…?」というナレーションがあったように、許可は一切取っていないそうです。

そのため映像を借りられず、紙芝居で番組の名シーン再現したのですが、同番組をこよなく愛する千原ジュニアさん、土田晃之さん、品川祐さん(品川庄司)、田中卓志さん(アンガールズ)、チャンカワイさん(Wエンジン)、小出真保さんの熱っぽいプレゼンで物足りなさを感じさせませんでした。人気芸人たちが持ち前の話術で、他局の番組を熱っぽくPRしたのです。

芸人たちが「ザ・ノンフィクション」風の紹介映像で登場したあと、まずは番組内容の紹介から。リスペクトとイジリを交えながら「日曜午後帯に放送」「ワケあり人間が多い」「夜のネオン街が多い」「画が暗い」「人生を後悔してる」「見た後は複雑な気持ち」と番組のポイントを挙げ、人気シリーズを紹介していきました。

それぞれがお気に入りの作品を発表したほか、「ザ・ノンフィクションを撮ってみた!!」、テーマ曲「サンサーラ」歌い手の変遷、中孝介ご本人登場で生歌唱など、本当に1時間まるごと他局の番組を宣伝したのです。

もちろん「ザ・ノンフィクション」が魅力的な番組だから当企画が成立したのは間違いありません。ただ魅力的な番組だからこそレコメンドすることで、日曜14時から放送されているテレビ朝日の番組を見てもらえるチャンスが減るでしょう。つまり、「アメトーーク!」1回分の放送で、少なくとも数回、長ければ数年間、自局の番組より「ザ・ノンフィクション」を選ぶ視聴者が増えてしまう可能性もあるのです。

それでも「アメトーーク!」は自らのコンセプトを曲げることなく、ふだんと同等以上の熱いトークを見せてくれました。テレビ朝日にとっては失うものばかりではなく、この姿勢を見せたことによって「アメトーーク!」のブランディングはますます高まり、「やっぱり面白い」「何かをやってくれそう」という印象を与えられたのではないでしょうか。

テレビ全体の視聴量を増やしていこう

冒頭に挙げた「敵に塩を送る」という行為で思い出されるのは、昨夏に放送されたドラマ「ノーサイド・ゲーム」(TBS系)。同作の最終話は9月15日に放送され、そのわずか5日後に日本テレビが放送するラグビーワールドカップが開幕しました。しかも同作が放送された「日曜劇場」は60年超の歴史を持つTBSの看板ドラマ枠。視聴者が多く影響力があるため、局内には「ラグビー需要を高めてしまう」と反対の声もあったようですが、最後まで放送されました。

その間、「人生が変わる1分間の深イイ話×しゃべくり007合体SP」(日本テレビ系)に「ノーサイド・ゲーム」で俳優業に挑んだ元日本代表主将・廣瀬俊朗さんが局の壁を越えて出演。「日本テレビのラグビーワールドカップとTBSの『ノーサイド・ゲーム』の両方をPRする」という異例のコラボが見られました。

もう1つ特徴的なのは、「一緒にやろう2020」という民放テレビ5系列114局共同プロジェクト。これは、ふだんライバルとして競い合っている民放各局が「より良い社会を作る」という理念のもとに共同企画を行うものであり、日本テレビの郄橋利之プロデューサー、テレビ朝日の加地倫三プロデューサー、TBSの江藤俊久プロデューサー、テレビ東京の伊藤隆行プロデューサー、フジテレビの黒木彰一プロデューサーという各局の顔がそろい踏みしています。

また、その第1弾として昨秋に各局の番組が参加した「捨てたくなるゴミ箱選手権」が行われたほか、東京オリンピックまで半年に迫った1月24日には「民放同時放送!一緒にやろう2020大発表スペシャル」が生放送され、日本テレビの桝太一アナ、テレビ朝日の弘中綾香アナ、TBSの安住紳一郎アナ、テレビ東京の竹崎由佳アナ、フジテレビの宮司愛海アナが集結しました。

テレビマンの意識は変わり始めている?

まだスポーツのビッグイベントに絡めた形が多いものの、ここ数年間ドラマやバラエティーで局の壁を越えたコラボがジワジワと増えているのも事実。「自局の視聴率だけではなく、テレビ全体の視聴量を増やしていこう」という動きも見られるなど、一部ではありますが、テレビマンたちの意識は変わりはじめているのかもしれません。

昨秋、国民的アニメの「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」(テレビ朝日系)が金曜ゴールデンタイムから土曜夕方に移動するという出来事があり、営業的な戦略によるものとは言え、ネット上には批判的な声が見られました。テレビ朝日にとってはもちろんテレビ業界の財産にも見える「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」ですら厳しい状況にあることが白日の下にさらされたのです。

また、各局には「『アメトーーク!』のような視聴者に深く刺さり、支持される番組をどう増やしていくのか」という課題もあり、個人の趣味嗜好が細分化する一方の今、似た番組を作り合い、僅差の視聴率で争う時代ではないでしょう。たとえば、今回の「アメトーーク!」が「ザ・ノンフィクション」の映像を難なく取り寄せられるようになったら、局の壁を越えたコラボは活発になり、視聴者から支持される番組は今以上に増えるかもしれません。

やはり直接的なライバルである以上、大同団結できないのは仕方ありませんが、今後ますます激化するであろうネットコンテンツとのシビアな戦いを見据えると、時には局の壁を越えた魅力的なコラボを見せて、世間の人々にテレビの面白さをアピールしていくのが望ましいでしょう。

特に「アメトーーク!」や「ザ・ノンフィクション」、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」のような局の壁を越えてテレビ業界の財産と言える番組をどう盛り上げ、どう守っていくのか。「東京オリンピックだから」ではなく、ふだんから「一緒にやろう2020」のように各局の優秀なスタッフが英知を結集させていきたいところです。

自局の利益だけでなく大局的な視点を

その点、各局のスタッフやタレントを招いて行われる「新春TV放談」(NHK)は、自局の利益に留まらず、業界全体を考えた意見交換が見られます。さらに、今回「アメトーーク!」にフィーチャーされた「ザ・ノンフィクション」を長年担当している西村朗プロデューサーは「新・週刊フジテレビ批評」のプロデューサーも務めていて、同番組では業界全体を考えて各局のドラマやバラエティーを積極的に扱う企画を放送し続けてきました。私も何度か出演しましたが、自局の利益だけを考えて忖度を求めるムードはまったくなかったのです。

自局の利益だけを考えて牽制し合うのではなく、業界全体の利益も考えた大局的な視点を持つことができるか? これがテレビ全体の視聴量や各局の業績を左右していく気がするのです。