ヤクルトの二軍キャンプ(宮崎県西都市)では、1月の新人合同自主トレの時と変わらない奥川恭伸を見ることができた。奥川に初めてのキャンプについて聞くと、「まだ慣れないです(笑)」と口にしていたが、ハードな練習のなかでも、投げる時や走る時の姿勢の美しさ、そして野球に向き合う姿勢は何ひとつ変わっていなかった。

「ちょっと待って。ウワッ、速い! とんでもないオバケ真っすぐだよ」


右ひじの炎症によりスロー調整を余儀なくされたヤクルトのルーキー・奥川恭伸

 第3クール初日。奥川のキャッチボールの相手をした小山田貴雄ブルペン捕手が思わず声をあげた。奥川は右ひじの炎症で、合同自主トレの途中からノースロー調整となっていたが、キャンプから投球を再開していた。

「自主トレでキャッチボールをした時も”すごい”と思ったのですが、さらにすごくなっているんです。腕も振れていて、ボールが落ちてこないですし、こっちに向かって吹きあがってくるんですよ(笑)。回転数が多く、ボールの強さも増している。今の段階であれだけのボールを投げられるんですから、もっと腕が振れた時にどうなるのか……本当にすごい真っすぐですよ」(小山田ブルペン捕手)

 その翌日は室内練習場でのキャッチボールとなり、奥川の”真っすぐ”を至近距離から見ることができた。ゆっくりと左足を上げ、少し静止してから放たれたボールはクッと浮き上がり、美しい軌道を描いてミットに収まる。

 小山田ブルペン捕手は「あの力感で、あんなボールが投げられる……自分の最大限の力を出せるリリースポイントを体が知っているんでしょうね」と嬉しそうな表情を浮かべて、こう続けた。

「最初から力を入れたところで、ポイントが正しくなければボールに力は伝わらないんです。これは想像ですが、マウンドに立ってもああいう感じじゃないですかね。投げる以外のこともすべてにおいて丁寧ですし、このままいってほしい。もう期待しかないです」

 奥川に現状を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「再開してからいちばん力を入れましたが、それが何割なのかはわからないです。(ノースローがあったことで)10割がどのくらいなのか、わからなくなっています(笑)。ボールの質も、自分はまだリハビリチームの段階なのであまりわからないです。ただ、ノースローだった約2週間で、これまでできなかった体幹をはじめとしたいろいろなトレーニングに取り組めました。それが投球につながってくれたらいいなと思っています」

 話は2年前にさかのぼるが、ヤクルト投手陣は愛媛・松山での秋季キャンプで”再現性”をテーマに練習に励んでいた。たとえばポール間走では、速く走るよりも、1本1本のタイムをまとめることが目標とされ、田畑一也投手コーチ(当時)はその意図について、このように説明していた。

「脳から体への正しい伝達です。同じフォーム、同じ腕の振り、同じストライド……その感覚を身につけることができたら、体幹も意識できますし、いいボールが安定して投げられるようになる」

 そして1月の合同自主トレで、奥川は「走るのは苦手です」と語っていたが、ほかの新人選手を寄せつけない走りを見せる。その1キロ走では、1本目:3分12秒、2本目:3分13秒、3本目:3分13秒。

「3本のタイムを揃えることは意識して走りました」

 その体内時計の正確さに衝撃を受けたが、西都キャンプで行なわれた800m走でも、1本目:2分34秒、2本目:2分35秒、3本目:2分36秒と、またしてもタイムをまとめたのである。

 さらに第1クールでの”12分間走”では、一軍と二軍を通じてトップとなる3375mを走っており、これは合同自主トレの時とまったく同じ数字だった。

「走るのは専門じゃないのでどうしても疲れちゃうんですけど、そこでもうひと踏ん張りというか……毎回、一生懸命、腕を振っているだけです(笑)。その結果、タイムが揃ってくれたら嬉しいですし、逆に終盤にタイムが上がるくらいのほうが嬉しいです」

 タイムをまとめることがピッチングにどう反映すると思うかと聞くと、奥川は次のように答えた。

「たとえば、ランを3本走るとして、それはピッチングでの序盤、中盤、終盤につながってくると思います。なので、2本目、3本目でタイムが落ちると、試合のピッチングでもバテることになると思うので……ランに限らず、どの練習でも『最後までしっかり』と意識しています」

 小野寺力二軍投手コーチは「タイムをまとめられることでもわかるように、本当に修正能力がすごいです」と話す。

「練習で『こうしたほうがいいんじゃないの』と言うと、すぐに実現できるし、今の動きのどこがよくてどこが悪かったのかを聞くと、きちんと答えられる。そういう感覚がすばらしいんですよね。今回、西都での12分間走では競う選手がひとりいましたが、結果的にその選手も置いていってしまった。負けたくないという競争心が感じられたこともよかったですね」

 そして小野寺コーチは、奥川について「キャッチャボールしか見ていませんが」と前置きして、次のように語った。

「藤川球児のように空振りの取れる真っすぐというか、体にしなりがあり、腕の柔らかさもあります。ボールのスピンは魅力的だし、投手としてのセンスがあって、身長もある。ただ、腕の振りにまだ体がついていっていないので、どうしても肩やひじに負担がかかってしまう。奥川には『まずは下半身をつくって、バランスよくやっていこう』という話をしています。

 正直なところ、どんな投手になるのか想像できません。奥川自身が思い描く投手像もあると思いますし、そこに近づけるため、いや、それ以上になれるようにサポートしたいですね。そこは責任を持って、まずはケガをさせないようにやっていきたいです」

 キャンプでの奥川の様子を見ると、すっかりチームに溶け込んでいることが実感できた。

「先輩のほうから声をかけてくださり、すごくありがたいです。練習のあと、一緒に温泉にも行きましたけど、まだ緊張します(笑)」

 いざグラウンドに足を踏み入れると、練習の合間に何度もシャドーピッチングを繰り返す奥川がいた。その姿を見ていると、単純に投げることが好きなのだろう。奥川に尋ねと、「はい、好きです」と返ってきた。

「ただ、野球が好きかとなると、緊張したりするのでまた難しくなるんですけど……投げたり、守ったり、バットを振ったりすることは楽しいです。今はノックを受ける時間が一番楽しいです。

 投げるのは、本格的に始めるとどうしても(感覚や調子の)波が出てくるので、悪くなったりすると楽しくなかったりもしますけど、こうやって投げない期間が続くと、やっぱり投げたいなと思うんですね(笑)」

 そうして「ブルペンはキャンプ中に入れたら……と思っています」と言って、すぐに「このキャンプ中に入りたいです。投げたいです」とすぐに訂正した。

 奥川のボールを見れば、期待値は無限に広がる。しかし、とにかく今はケガなく、順調に体づくりをしてほしいと切に願うのである。