いまや2人に1人がかかるといわれる「がん」。実は、その中でも死亡数が多いのが『大腸がん』です。早期に見つかれば、手遅れにならずに治療ができるのに、「がんの疑いあり」と判定されても、その後の精密検査を受けに行かない人がとても多いことが、大きな問題となっています。NHKの科学番組でこの問題の真相に迫った制作ディレクター2人に、「大腸がんで、死なない秘策」をうかがいました。

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大腸がん『便潜血検査』での思い込みが、死を招く!?

 その秘策を教えてくれたのは、NHKの人気番組『ガッテン!』で大腸がん特集を担当した女性ディレクターの田村圭香さんと、番組デスクの小澤恵美さん。現在、国立がん研究センターと手を組んで、『大腸がん撲滅キャンペーン』にも奔走中です。

「大腸がんを番組テーマとして扱おうと決めてから、大きな謎にぶつかりました。それは、大腸がん検診の受診者たちは、ほかのがん検診の受診者たちと比べて、“がんの疑いあり”と指摘されても病院に行かない方々がものすごく多い、ということです。部位別の死亡数が、大腸がんは女性で1位、男性で3位。命に関わるのになぜ病院に行かないのか? 私たちには、それがとても不思議に思えたのです」(小澤デスク)

 その謎を解き明かすために、番組では大規模アンケートを実施。“大腸がんの便潜血検査で《要精密検査》(→「がんの疑いあり」)になったにもかかわらず、病院に行っていない人”の実態を調べました。

「アンケートで見えてきたのが、便に血がついた理由を“痔(じ)だと思った”という人が多数、見られたこと。さらに驚いたのは、その半数弱の人たちは“痔持ち”ではないのに、痔だと思い込んでいたのです」(小澤デスク)

「特に女性の場合、出産を経験すると痔になりやすいと言われています。また、生理で便に血が混じることを“見慣れている”ため、なかなか大ごとには思えないのかもしれません。便潜血検査で陽性になっても、大腸がんではなく、“生理かな”“不正出血かな”と思いたくなる気持ちも、わかる気がしました」(田村ディレクター)

 田村さんの言うとおり、痔だから便に血が混じり、便潜血検査で陽性になったのだろうと考えるのは、不自然ではないかもしれません。しかし番組が、青森県が行う7000人規模の便潜血検査に相乗りして調べてもらうと、痔があろうがなかろうが、陽性になる割合は同じ。つまり、痔が便潜血検査に影響することはほとんどなかったのです。

 だからこそ“痔持ち”の人も“痔なし”の人も、大腸がん予防のために積極的に便検査を受け、要精密検査の通知が届いたら、痔や生理のせいだと思い込まずにできるだけ早く、病院に行くことが大切なのです。

 しかし、2人の女性ディレクターはその結論だけでは満足せず、「がんの疑いあり」という検査結果が出ても病院に行こうとしない“人間心理の謎”について、さらに踏み込んで取材を進めたのでした。

ガッテン! に学ぶ「新型コロナウイルス対策」!?

 中国の武漢市からチャーター便で帰国した日本人2人が当初、新型コロナウイルスの検査を拒否したというニュースに、驚いた人も多かったのではないでしょうか。症状がないため、あるいは希望的観測で、「私は大丈夫!」と思う心理、“正常性バイアス”が働いたのでは、という憶測がネット上に飛び交いました。

 “正常性バイアス”とは、予期しない出来事が起きると、心の平安を保つために正常の範囲だと思い込む心のメカニズム。昨今では災害時に、よく取りざたされるフレーズです。

 実は、これと同じことが大腸がん検診の精密検査を受けない人の心でも起きており、命を危険にさらしている可能性が高い。田村さんと小澤さんは、この番組制作を通して、そのことを発見していたのです。

 大腸がんをテーマにした'20年1月29日の『ガッテン!』放送後には、ネット上で「ガッテン! で言及されていたことは、まさにこの新型コロナウイルス検査拒否の話と一緒だ」と話題になりました。

「便潜血検査で陽性になった人たちには、“大きな病気をしたことがないから、私は大丈夫!”と思っている人が多くいらっしゃいました。なかには、これまで出血がずーっと続いているのに、『いつもどおり痔の血が出た結果だと思って、あ、やっぱりか、と思った程度でした』と話される方もいて……。はたから見ると深刻な状態でも、正常だととらえてしまうことが人間にはあるんだと驚きました」(田村ディレクター)

 番組で取り扱った「精密検査に行かない人の心理状態」の解明には、国立がん研究センターの協力がありました。国立がん研究センターでは、1人でも多くの人にがん検診を受けてもらうための方策を、あの手この手で真剣に練り続けています。

 田村さんと小澤さんは、「検診に、“ついつい”行きたくなってしまう仕掛けづくり」をモットーに、国立がん研究センターの溝田友里さんとともに、どうやったら受診率が向上するかを強烈に意識したといいます。

「実は調べてみると、私たちだけでなく厚生労働省や国立がん研究センターも、国内での大腸がん予防対策の遅れに危機感を持っていました。そこで、ガッテンの番組放送に合わせて検診を促すリーフレットを配布する、『大腸がん撲滅キャンペーン』をすることに。キャンペーンにご賛同いただいた自治体に、精密検査を受けていない方へ受診を促すお知らせをお送りしてもらうことになったのです。

 そのお知らせのなかには、がん研究センターが独自に作成したリーフレットと、ガッテンの放送内容を盛り込んだお知らせが同封されています」(小澤デスク)

 番組の放送後には視聴者の方々から、“正常性バイアス”の罠から抜け出して精密検査を受けた、予約をした、という反響が数多くあったと言います。

「“私は大丈夫!”ほど根拠のないことはありません。大腸がん検診に限らず、ほかの病気でも、もちろん気をつけてほしいのですが、“私は大丈夫!”って思いがちな心理があることを知ってもらうだけでも、その後の行動は変わるんですね。今回の『ガッテン!』の放送回を見逃してしまった人にも、この記事でそのことが伝わったらうれしいです」(田村ディレクター)

便潜血検査キットの認知度が低いことも問題

 またなぜ、がん検査のなかで『便潜血検査』を軽視するのか、取材を進めるなかで思い至ったことがあるのだそう。それは、子どものころにやった『ぎょう虫検査』や『食中毒を調べる検便』と、大腸がんの『便潜血検査』が混同されている可能性もあるのではないか、ということ。

「番組制作チームが街で便潜血検査キットを見せて、何の検査だと思うか聞いて回ったところ、半分ぐらいの人たちが、大腸がんの便潜血検査だと把握していなかったのです。便を取るだけで簡単にできるので、命に関わるがんの検査とまで思えないのかもしれません。

 また、大腸がん検診で現在の便潜血検査がスタートしたのは'90年代からなので、正しく理解していない年配の人も多くいらっしゃるかもしれません。ちなみに現在、世界中で使われている検査キットは、なんと日本人が開発したものなんです」(田村ディレクター)

 便潜血検査の気になる費用は、自治体主導の大腸がん検診なら、40歳以上であれば無料から1000円程度がほとんど。お住まいの自治体に確認してみてください。

「実費よりも格安なうえ、検診精度も高い。つまり、超お得なんですよ」(小澤デスク)

【NHK健康チャンネル】「女性の死亡数1位! 大腸がん撲滅プロジェクト 〜検診のすすめ〜」(https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1136.html)より

大腸がんが声高に語られなかったワケ

「番組制作をしている最中に知ったのですが、私たちディレクター2人も、担当のプロデューサーも、大腸がんを患った家族がいたんです。これまで『ガッテン!』のスタッフ同士でいろんな病気について話し合ってきましたが、大腸がんの話はしたことがなかった。昨今、乳がんや子宮頸(けい)がんについては話す機会が増えていますが、大腸がんについては、まだ“下(シモ)の話”というイメージがあるのかもしれないですね。

 それに、乳がんは初期症状が“胸にしこり!”、肺がんは検査結果が“肺に影!”。でも、大腸がんの検査結果は“ウンチに血”……。この脱力感が、大ごとに思えない原因なのかもしれないとも思いました」(小澤デスク)

 ディレクター2人の「身近な問題だからこそ、でも、まだ正しく伝わっていないことだからこそ、『ガッテン!』で取り上げる意義がある!」という確信と、「このことを知ってもらうことで、大腸がんで亡くなる人を1人でも減らしたい!」という熱い思い。それが結実したのが、話題となったこの放送回だったようです。

 また、『ガッテン!』制作陣の思いは、それだけで終わりではありません。『ガッテン!』だけでなく、女性の死亡数1位の『大腸がん』のことをひとりでも多くの女性にもっと知ってもらって、口コミでも情報を広げてほしい、という願いから、2020年2月20日(木)放送の『あさイチ』(NHK総合8:15〜)でも、大腸がんの特集を予定しています。

「女性が精密検査に行かないもうひとつの大きな理由として、大腸内視鏡検査が恥ずかしい、ということもあると思います。取材でお話をうかがうと、《検査の際、お尻を丸出しにしてジロジロ診察される》というイメージを持った人は多かったですね。

『ガッテン!』の放送でも紹介しましたが、女性視聴者の多い『あさイチ』の放送でも、検査用のパンツがあるのでお尻は丸出しにならないことや、意外と恥ずかしくないことを知ってもらいたいです」(田村ディレクター)

 実は、日本の大腸内視鏡検査の技術は、海外の医師が視察にくるほど優れているのだそう。しかし一般的には、その恩恵について知られていないことが多々あるそうです。

「私も、内視鏡検査には“怖い”というイメージがあったんです。今回のキャンペーンを通じた放送では、下剤には梅味のものもあって味も進化していることなど、検査自体に興味を持ってもらえそうなことを意識してご紹介しました。これまであまり知られてこなかった検査内容を詳しく紹介することで、みなさんの恐怖心を払拭(ふっしょく)できるとうれしいですね」(小澤デスク)

 日本人の2人に1人ががんにかかる時代、「大腸がんで死なない秘策」は、大腸がんについて無用に怖がらず、正しい情報を知ることにかかっているようです。

〜大腸がん検診に関する詳しい情報は、下記のURLでもご確認いただけます〜

◎NHK『ガッテン!』ホームページ内
「実は女性の死亡数1位! 大腸がんで死なない秘策」(2020年1月29日放送分)http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20200129/index.html

◎NHK『あさイチ』
http://www1.nhk.or.jp/asaichi/

◎NHK「健康チャンネル」
https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_132.html

◎隔月刊雑誌『NHKガッテン!』
https://www.shufu.co.jp/magazine/gatten/
※発売中のガッテン雑誌(2020年3−4月号)に掲載されている記事〈担当プロデューサーに聞く「ここだけの話」・特別編〉のページでも、今回の大腸がん放送回について番組統括プロデューサーに取材。イラスト図解で、“大腸がんと痔の血便では、血の混ざり方が違う”ということを紹介しています

◎『ガッテン!』「86万人の自宅に届く!乳がんで死なないための切り札をあなたへ」番組情報(2018年9月5日放送分
https://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20180905/index.html