高成長シナリオが実現できないのは明白です(写真:omersukrugoksu/iStock)

昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する――。野口悠紀雄氏による連載第8回は、前々回「日本はこの先もずっと経済成長を維持できるか」(2020年1月19日配信)、前回「日本はこの先もずっと低成長しか望めない理由」(2020年2月2日配信)に続いて、日本の経済成長の未来を大胆に予測する。

財政収支試算には高成長シナリオが示されていますが、これは実現できないものです。そこで示された収支バランスも、実現されていません。高成長は実現できないとの認識に立ち、将来の深刻な問題を直視する必要があります。

実質成長率は、2%なのか1%なのか?

政府の多くの見通しは、つぎのような2つのシナリオを示しています。

低成長シナリオは、実質成長率が1%程度です。それに対して、高成長シナリオは、実質成長率が2%程度です。


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これらは大きく違います。10年経っただけで実質GDPの値は1割以上違ってきます。

40年経てば5割程度も違います。公的年金のように長期の見通しが必要な分野では、これだけの差は、重大な違いをもたらします。

では、どちらが現実的なのでしょうか?

前回記事「日本がこの先もずっと低成長しか望めない理由」(2020年2月2日配信)でも指摘していますが、明らかに低成長シナリオです。言い換えれば、「高成長シナリオは実現できない」ということです。

以下ではこれを財政収支試算について、具対的な形でみてみます。

財政収支試算は、2つの見通しを示している

振り返ること10年前、2010年の財政収支試算(「経済財政の中長期試算」2010年6月22日)においては、つぎの2つのシナリオが示されました(図表1参照)。

(外部配信先では図表やグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


(1)慎重シナリオ
2015〜2023年度の実質成長率が1.1〜1.2%、2020年度の名目GDPが571.9兆円

(2)成長戦略シナリオ
2015〜2023年度の実質成長率が2.1〜2.4%、2020年度の名目GDPが661.2兆円

2010年において設定された目的は、「国・地方の基礎的財政収支(PB:プライマリーバランス)赤字の対GDP比を、2015年度までに(2010年度の水準であるマイナス6.4%に対し)半減し、2020年度までに黒字化する」というものでした。

試算の結論は、2020年度におけるプライマリーバランスが次のようになるというものでした。

(1)慎重シナリオでは、21.7兆円の赤字、対GDP比がマイナス3.8%程度になる(つまり、黒字化できず、半減もできない)

(2)成長戦略シナリオでは、13.7兆円の赤字、対GDP比マイナス2.1%程度になる(つまり、黒字化はできないが、半減はできる)

このように、成長率の見通しが異なれば、結果はまったく違ってしまうのです。1%と2%の違いだけで、このように大きな差が生じるのです。

高成長も財政収支見通しも実現できず

では、実際にはどうなったでしょうか?

政府の「2020年度経済見通し」によると、名目GDPは570.2兆円となっています。

したがって、2010年に「成長戦略シナリオ」で描かれた将来像は、実現できなかったわけです。

2020年度経済見通しに示されている名目GDPの値は、成長戦略シナリオが予測した値の86%でしかありません。

しかも、前回記事「日本がこの先もずっと低成長しか望めない理由」(2020年2月2日配信)で述べたように、1.4%の見通しは過大であろうと考えられます。IMF(国際通貨基金)の見通しによれば、565.9兆円です。

では、財政収支はどうなったでしょうか?

内閣府は、2020年1月17日の経済財政諮問会議で、財政収支試算を示しました(「中長期の経済財政に関する試算」、2020年1月17日)。

それによると、2020年度の基礎的財政収支は 15.7兆円の赤字で、対GDP比はマイナス2.7%となっています(図表1参照)。

したがって、2010年の「成長戦略シナリオ」で描かれた将来像より悪化しています。

なお、将来は、「成長実現ケース」であれば、2027年度に黒字化することになっています。

以上で見たように、2020年の財政状態は、2010年の「成長戦略シナリオ」が描いたほどは、改善していません。

ただし、2010年の「慎重シナリオ」よりはよくなっています。

なぜでしょうか?

大きな理由は、税収が伸びたことです。名目GDPの伸びは2010年の「慎重シナリオ」に近いものであるにもかかわらず、国の一般会計税収は、「成長シナリオ」の見通しをも上回るものなのです。これは、企業利益が増加し、法人税が伸びたためです。

ただし、つぎのことに注意する必要があります。

1. 2020年度の税収見通しは過大であって、実現できない可能性が高い

2. 企業利益の増加が将来も続くとは期待できない(実際、製造業の利益はすでに大きく落ち込んでいる)

なお、一般会計歳出総額は、2010年に見通されたのよりは、大幅に減っています。これは、金利が低下した結果、国債費が大幅に減少したためです。

低金利で危機意識がなくなっている

財政収支試算は、現在、ほとんど注目を集めていません。

これは、「財政収支問題は深刻でない」と考えている人が多いからでしょう。

確かに財政収支は深刻化していません。しかし、それは、プライマリーバランスが改善しているからではありません。上で見たように、国債費の負担が著しく軽減されているからです。

そして、そうなるのは、長期金利が著しく低い水準に抑えられているからです。

上記2020年財政収支試算によると、2019年度の名目長期金利はマイナス0.1%であり、2020年度から2022年度までは0%とされています。

しかし、実質2%程度の成長を考えると、いつまでもこうした状況が続くとは考えられません。いずれ長期金利は上昇すると考えざるをえないのです。

実際、財政収支試算も、長期金利は2026年度以降には2%を超え、2029年度には3.2%になるとしています(「成長実現ケース」)。

そうなれば、国債費も増加せざるをえなくなります。

ただし、金利が上昇しても、すぐに国債の利払い費が増えるわけではありません。新規発行と借り換えに伴って残高中の新金利国債が増加するにつれて、増えていくのです。

ところが、財政収支試算は、2029年度までしか対象としていません。このため、国債費が増加する期間は対象外となっています。

このように、タイミングがうまく設定されているために、問題が見えなくなっているのです。しかし、これは、財政の将来を考える場合にはきわめて深刻な問題です。

高成長前提では、未来に対する責任放棄に

以上のような問題があるにもかかわらず、財政収支試算は、ただ同じことについて時点を変えて繰り返しているだけです。「数年経てば、成長率は2%程度になる」として、単に開始時点と終了時点をずらしているだけのことなのです。

名称は変わっており、2010年の見通しで「慎重シナリオ」と「成長戦略シナリオ」と呼ばれていたものは、「ベースラインケース」と「成長実現ケース」となりました。しかし、基本的には同じことです。

「成長実現ケース」で2%程度の実質成長率が想定されていることも変わりません。

この方式を始めてから10年が経ってわかったのは、「2%成長は不可能」ということです。すでに10年経ったのですから、ここで一区切りをつけなければならないでしょう。

いま必要なことは、まず、「なぜ実現できなかったか」を検証することです。

それを行わずに、ただ機械的に将来に向かってこれまでと同じ計算を繰り返すだけでは、文字どおり「問題の先送り」にしかなりません。

2%の実質成長は実現できないとわかったのですから、これに基づいた政策は、虚構以外の何ものでもありません。高成長シナリオは捨てなければなりません。高成長シナリオを示すのであれば、その実現のために何が必要かを明らかにするのが望ましいのです。

日本の政策体系全体が、2%実質成長という虚構の土台の上に立っています。虚構は実現しないのですから、日本の政策は、将来に向かって維持することができないことになります。

それは、未来に対する責任放棄以外の何ものでもありません。