新型コロナウイルスの猛威に右往左往の日韓両政府だが、両国の対立が新たなフェーズに入りそうだ。

韓国政府内にGSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)破棄の動きが、再び急浮上しているという。

背景には新型コロナウイルスの混乱で、支持率を下げた文在寅(ムン・ジェイン)政権が、総選挙を前に、「お家芸」ともいえる「反日」で支持率回復を狙っているらしい。韓国紙で読み解くと――。

新型肺炎で離れた民心を「日本たたき」で呼び戻す

唐突に飛び出してきたGSOMIA破棄の動きを、朝鮮日報(2020年2月13日付)「青瓦台『日本、輸出規制早く解除せよ』...GSOMIA終了示唆し再び圧力 韓国政界『総選挙支持層結集の意図』」がこう伝える。

「韓国外交部は2月12日、『昨年11月の韓日両国間の合意趣旨に基づき、日本政府は我々に対して取っている輸出規制措置を早急に撤回するよう再度促す』と述べた。外交部は同日、記者らに送ったテキストメッセージで、『当時の我が政府はいつでもGSOMIA効力を終了させることができるという前提の下、GSOMIA終了通知の効力を停止した』と書いた。GSOMIA終了延期は『一時的猶予』だったという点を強調して、日本の輸出規制撤回を促したものだ」

昨年11月に日韓両国が徴用工など懸案の問題を話し合いで解決すると合意し、GSOMIA終了を延期してから3か月が過ぎた。しかし、日本は一向に輸出管理強化を解こうとせず、韓国政府内に不満が高まっていた。

それどころか、今年1月31日、日本政府は韓国の現代重工業と大宇造船海洋の合併を問題視し、世界貿易機関(WTO)に提訴したことが韓国政府を刺激した。

日本側にしてみれば、合併の背後に韓国政府がおり、自由競争が原則のWTO違反にあたるということだが、韓国側は「韓国に造船業で追い越された日本が、自国の造船業を守るために難癖をつけてきた」(朝鮮日報、2月13日付)と受け取ったのだ。

朝鮮日報が続ける。

「昨年11月の両国合意時もGSOMIA維持に反対していた青瓦台(大統領府)の一部対日強硬組が最近、再びGSOMIA終了を主張している。政界では、『政府の対日強硬姿勢は4月の総選挙と関係ある』という声も上がっている。新型肺炎事態で民心が悪化している中、『日本たたき』に問題を切り替えれば、与党系の支持層を結集させて中道層の票を取り戻す助けとなるという判断がある」

実際に与党、共に民主党のシンクタンク「民主研究院」は昨年7月、「韓日の確執は総選挙で与党に肯定的な影響を与えるだろう」という趣旨の報告書を出しているのだ。新型肺炎の対応の混乱で下がっている文在寅政権の支持率を、十八番(おはこ)の「反日運動」で盛り上げようというのである。

「悪手の中の悪手だ。得より損が絶対的に多い」

こうした動きに野党の保守側は冷ややかだ。中央日報(2020年2月12日付)「GSOMIA破棄論浮上に韓国保守『また総選挙用反日扇動か』」が、こう伝える。

「GSOMIA破棄論が青瓦台で再浮上し、野党は『選挙用ポピュリズム』と批判した。自由韓国党のパク・ヨンチャン報道官は2月12日、公式論評で『総選挙を控え文在寅政権が再び反日感情を持ち出した。ポピュリズムの被害はそのまま国民に返ってくる』と述べた」

パク報道官は、「国家安保の根幹を揺るがす懸念が大きいとして多くの国民が強く反対を叫んだだけでなく、日本の輸出規制の動きに特別な牽制役もできなかった記憶がまだ生き生きと残っている。それでもまたGSOMIAカードを持ち出したのは、総選挙での勝利に切羽詰まっているためだ」とこき下ろした。

「新しい保守党」のイ・ジョンチョル報道官もこの日論評で、「総選挙を控え反日扇動の誘惑を感じているならば本当に深刻だ。『竹槍歌』のような青瓦台の反日扇動は、国益の観点では決して望ましい方向ではない」と批判した。『竹槍歌』とは、竹槍をとって日本軍に反乱を起こした東学軍は2万人余りが命を失ったが、日本軍の戦死者は一人だけだったという故事にちなみ、玉砕の精神を高々と歌ったものである。

米国側も、唐突に出てきたGSOMIA破棄の動きに困惑している。米日韓の軍事同盟の要だからだ。中央日報(2020年2月13日付)の単独取材に応じたハリー・ハリス駐韓米国大使は、こう語っている。

「率直に、初めて聞く話だ。もう少し確認してみなければならないが、どのように進んでいくのか推移を見守りたい。米国は、GSOMIAは重要だという立場だ。新たな状況については今すぐコメントし難い」

ハリス大使はインタビューの前、米アカデミー賞授賞式でポン・ジュノ監督の映画「パラサイト 半地下の家族」が受賞イベントを続けているあいだ、職員と一緒に映画に登場した「チャパグリ」を食べ、機嫌よく祝賀ツイートを書き込んでいた。それだけに困惑の表情を隠さなかった。

GSOMIA廃棄の強行で、日本は輸出規制とは別の報復措置に出る

文政権のGSOMIA破棄の動きに、韓国メディアの多くは批判的だ。中央日報の社説(2020年2月13日)「総選挙支持層結集ためのGSOMIA破棄はするべきではない」は、こう警告する。

「GSOMIA廃棄論が再び青瓦台内で力を得ているという。GSOMIA廃棄は悪手の中の悪手だ。まず、このカードは大きな効果をあげるどころか、副作用だけが深刻な間違った戦略だ。米国をテコに日本を動かそうというのがこの戦略の核心だった。GSOMIAが危なくなれば、焦った米国が日本を説得して、日本が輸出規制を緩和するだろうとの論理だった。だが、現実は正反対だった。米国は日本を圧迫するどころか、韓国政府に露骨な不快感を表した」「このカードを再び持ち出せば、米国側がどれほど不愉快に感じるかは聞くまでもない。今は落ち着いているが、韓半島(朝鮮半島)問題がいつまた深刻化するかも分からない。このような状況で、米国との関係を決定的に悪化させることを敢行するのは決して賢明ではない」

そして、最後にこう結んでいる。

「GSOMIA廃棄を強行すれば、日本側は輸出規制に続く別の報復措置を取る公算もある。韓国経済も新たな打撃を受ける。GSOMIA廃棄時、我々の安保に大きな穴ができるという部分も肝に銘じなければならない。日本との情報交流が北朝鮮の軍事活動監視に役立つという意味だ。政府は得より損が絶対的に多いGSOMIA廃棄は引っ込めなければならない。日本の輸出規制は別の方法で対抗するのが正しい。もし総選挙を意識してGSOMIA廃棄を検討するなら、政治的利益のために安保を犠牲にしたという批判を避けることができないだろう」

(福田和郎)