映画などフィクションにおいては、危険な病原菌が蔓延した街を軍が封鎖し、出ていこうとする住民に対して発砲する、といった描写が見られます。実際、そうした病原菌が蔓延したとして、自衛隊は何をどこまでできるのでしょうか。

新型肺炎蔓延で武漢を封鎖

 2020年1月28日現在、中国で発生した新型コロナウイルスの感染拡大により、中国湖北省東部の武漢市では大きな混乱が発生しています。このウイルスのさらなる拡大を阻止するために、公共交通機関の運行が停止され、人や物の移動が大幅に制限されることになったためです。武漢市は湖北省の省都で、人口は約1000万人を超える大都市ですが、これほどの大都市が事実上の封鎖状態となっているわけです。

 さらに、湖北省にあるそのほかの複数の都市も、武漢市と同様に公共交通機関の運行が制限されるなど、事実上の封鎖状態に置かれているようです。


陸上自衛隊のNBC偵察車。放射性物質や化学兵器、生物兵器による汚染状況を調査する(画像:陸上自衛隊)。

 危険なウイルスなどが発生した際に、映画や漫画などでは軍隊が出動し、街を封鎖するという光景がよく描かれます。たとえば、1995(平成7)年に公開された映画『アウトブレイク』では、アメリカの小さな街で感染が拡大したウイルスを封じ込めるために軍隊が出動し、装甲車やヘリコプターといった重装備によって街がまるまる封鎖されてしまいます。

 では、もし日本でも同様の事態が発生したときに、こうした作品と同じように自衛隊も街を封鎖するようなことができるのでしょうか。

映画や漫画でよく見る自衛隊の出動 実際のところは?

 ウイルスなどが自然発生した場合に自衛隊が出動するための法的根拠としては、自衛隊法第83条の災害派遣が考えられます。

「災害派遣」とは、地震や豪雨といった自然災害、さらに航空機の墜落や船舶の遭難といった人為的災害が発生したときに、基本的には都道府県知事などからの要請に基づいて自衛隊の部隊を派遣することです。


2014年4月、熊本において発生した鳥インフルエンザで、鶏舎内の消毒活動にあたる様子(画像:防衛省統合幕僚監部)。

 この災害派遣は、あくまでも自治体だけでは対処できないというやむを得ない場合に行われるものなので、自衛隊の部隊を派遣するためには「差し迫った必要性があること(緊急性原則)」「それ以外にほかに適切な手段がないこと(非代替性原則)」「人命や財産を社会的に保護する必要性があること(公共性原則)」という、3つの原則を満たす必要があります。

 しかし、災害派遣でいう「災害」に、今回の新型コロナウイルスや、それが原因となる感染症までもが果たして当てはまるのでしょうか。たとえば、防災の基本事項について定めた「災害対策基本法」における「災害」には、こうしたウイルスの蔓延などは含まれていません。

 他方、ウイルスに関連する災害派遣については、たとえば豚コレラや鳥インフルエンザが発生した地域での家畜の殺処分や防疫活動の実施といった実例があることを踏まえれば、災害派遣における「災害」とは、こうしたウイルスや感染症も含めて、一部例外を除き広く国民やその財産に被害を与えるものと解することができるでしょう。

自衛隊が街を封鎖することはできる?

 それでは、災害派遣を命じられた自衛隊の部隊には何ができるのでしょうか。


陸上自衛隊の化学防護車。放射性物質や有毒ガスなどの汚染地域でも行動できる。マジックハンドや機関銃を装備するが、いずれも車内から操作可能(画像:陸上自衛隊)。

 豚コレラや鳥インフルエンザの場合と同様に、感染の拡大を防ぐための防疫や除染活動のほかには、たとえばウイルスによる被害が発生した現場に人々が集まってきた場合、その場に警察官がいないときには、自衛官は警察官に代わってそこにいる人たちに警告を発し、必要ならば現場に近付こうとする人々を引き留め、そこからの避難を命じることなどができます(警察官職務執行法第4条の準用)。

 つまり自衛隊は、あくまでも警察官が現場にいない場合に限って、特定の場所から人々を避難させたり、近付くことを制限したりすることができるわけです。

 ただし、災害派遣では小銃などの火器を携行することができないので(自衛隊の災害派遣に関する訓令第18条)、たとえば映画のように銃火器をつかって人の立ち入りを制限することなどはできません。フィクションはあくまでもフィクションなのです。

 中国で発生した新型コロナウイルスはすでに日本でも発症例が報告されています。これ以上被害が拡大しないことを願うばかりです。