『源氏物語』には貴族たちの優雅な暮らしが描かれているが、紫式部本人はそう楽な人生を歩まなかった(写真:azur13/iStock)

テーブルの上に置いてあるミカンの山に手を伸ばし、1つとる。ゆっくりと皮をむき始めると爽やかな柑橘類の香りが部屋にフワッと広がる。新しい年が明けて間もなく、漠然とした抱負も、温めていた企画も軽く頓挫しかかっている。毎年のことながら驚きもがっかりもないが、こんな寒い中じゃ新しいことに取り組もうという気持ちがどうして起きようか。

まさにこの瞬間、日本全国、いや、世界中に、同じような悶々とした気持ちを抱えている人がどれくらいいるだろうか。布団にくるまってぼんやりと天井を眺めていると、また手が伸びる。今度はミカンではなく、『紫式部日記』を取るために。テンションが高くなっているときも、気分が沈んでいるときも、古典は絶対に私たちを裏切らない。「人間って昔っからこんな体たらくだったのか!?」という事実を静かに訴え、私たちを安心させてくれるのだ。

ということで今回は、現代人と同じように布団にくるまってミカンを食べながら(あくまでイメージ)、「これで本当にいいのか……私はこれからどうなっちゃうの……?」と思い悩んでいる紫先生の素顔を少しだけ覗き込み、その不安の向こうにある強い励ましの言葉を探ってみたい。

楽な人生を歩まなかった紫先生

『紫式部日記』は1008年の秋から1010年の正月の間に書かれた、当時の後宮の様子を詳細に捉えている日記だ。言うまでもなく、作者は不朽のベストセラー『源氏物語』を執筆した紫式部大先生。

正妻こそなれなかったものの、一生涯を通して源氏君が最も愛した女性と言われており、容姿も、身分も、教養も、心とマナーも最上級、どこから見ても完璧な紫上のことは知らない人がいない。

しかし、そんな理想の女を描きだした紫式部本人は、そう楽な人生を歩まなかった。


この連載の記事一覧はこちら

日記を通して見えてくる彼女の性格もだいぶひねくれていて、平安人が求めていた素直で、究極の癒し系モテ女子では決してなかったと思われる。年表がはっきりしない中、諸説あるが、癖の強い性格のせいか、主流の研究によると結婚は一回きり、著者が27歳のとき。

最近は「結婚適齢期」という言葉を耳にすることがほとんどなくなったが、寿命がさほど長くなかった昔の人にとって、家庭を持つなら数年間が勝負だった。それ以外の選択肢がたくさん用意されていたわけではない。結婚するか、出家をするか……端的に言うと選べるのはそのどちらかしかなかった。

平安スタンダードといえば、紫式部が仕えた藤原彰子が一条天皇の二番手の中宮になった年は12歳。彼女の従妹でもある定子も、14歳の時に同じく一条天皇に嫁いでいる。

想像の世界もしかり、10代のヤングカップルばかりが目につく。源氏君の最初の結婚相手は葵上という貴婦人だが、2人が結ばれたとき、彼は元服を経たばかりの12歳、彼女は4つ上の16歳。さらに、運命的な出会いを果たした当時、紫上は10歳か11歳くらいだったと推測され、源氏君が我慢しきれなくて、やや強引に愛を求めたときでも、彼女は14歳になっていたばかりという計算になる。

一方、グラマラスなマダムとして描かれている六条御息所が、若き源氏君との危険な情事に踏み込んだのは30歳前後。やっと著者と同年代の人物が出てきたものの、16歳で東宮妃になって、子持ちの未亡人としてセカンドライフを謳歌しているという豪華な経歴は著者と比べ物にならない。

こうして考えると、27歳はやはり……遅い。

ようやく子どもに恵まれたのに未亡人に

やっと愛に目覚めた紫は、晩婚でありながらも、ゴールインを果たして次の年に早速子どもに恵まれる。しかし、何とか人生が軌道に乗り始めたかと思いきや、その直後に旦那が急死。おばさんに、シングルマザーに、未亡人……お先真っ暗って感じだ。

『紫式部日記』が書かれたのは、著者がそのスランプを乗り越えた後になる。そして、女房としてのプロ意識に満ちあふれている反面、少し前まで抱えていただろう不安と、後ろ向きの感情を完全に抑えることができず、オフィシャルな記録であると同時に、その負のオーラがちょいちょい表に出てくる。

長年日本の高校生を苦しめてきた紫も、毎日苦心して生きていたんだと思うと、今までよりも彼女のことが好きになり、飲んでも落ちぬ歯黒、心が乱れても荒れぬヘアだったに違いない想像上の紫上よりずっと愛おしく思う。

中宮彰子の家庭教師としてスカウトされ、何とか食いぶちをつなぐことに成功した紫は、せわしなく働いている。『紫式部日記』の前半は彰子の出産、それにまつわる祝い事、後宮の人たちの慌ただしい日常が描かれている。その目まぐるしいスケジュールをこなし、一連の式典の準備などが終わってから、紫はやっとの思いで久しぶりに里帰りをする。

見どころもなきふるさとの木立をみるにも、ものむつかしう思ひ乱れて。年ごろつれづれに眺め明かし暮らしつつ、花鳥の色をも音をも、春秋に行き交ふ空のけしき、月の影、霜雪を見て、そのとき来にけりとばかり思ひわきつつ、「いかにやいかに」とばかり、行く末の心細さはやるかたなきものから、はかなき物語などにつけてうち語らふ人、同じ心なるは、あはれに書きかはし、すこしけ遠き、便りどもを尋ねても言ひけるを、ただこれを様々にあへしらひ、そぞろごとにつれづれを慰めつつ、世にあるべき人かずとは思はずながら、さしあたりて、恥づかし、いみじと思ひ知るかたばかり逃れたりしを、さも残ることなく思ひ知る身の憂さかな。

【イザ流圧倒的意訳】
特別でもなんでもない自宅の木立を見たら、なんとなく鬱陶しくなって気持ちが乱れた。何年もこの風景をぼんやりと眺めて暮らし、花や鳥、季節ごとの空の様子、月の光や積もる雪、移り変わっていくものを見て時間の流れを頭では認識できていたものの、心の中では「もうこれからどうなるんだろう……」と将来のことを案じることしかできなかった。そのときに、まったく役に立たないものではあるけれど、物語というものを通じて、同じ想いを分かち合える人と手紙を交わしたりして、少し疎遠な人の場合はつてに頼って声をかけてみたりした。いろいろ試行錯誤をしながら、物語に癒やしを求め寂しさを紛らわしていた。私なんか、本当にちっぽけな人間だけど、物語があったおかげで、なんとか恥ずかしいことをしなくても済んだし、本当のつらさも免れた。しかし、あの頃のことを思い出されるだけで、恥ずかしくて憂鬱になっちゃうの。

これが、かの有名な『源氏物語』が生まれた背景か! 暗いっ……と思わないでもないが、紫本人の心の中を覗けるような気がして、入口が少し暗くても、その贅沢な体験を辞退するわけにはいかない。

日記前半を特徴づける華やかな式典の描写や、後宮での女房とのやり取りは的確で、歯切れのいい文章でつづられているが、この部分は流れるように少しずつ深層に向かって進み、スタイルも少し異なるように見える。

平安時代の文章はほとんど句読点がなく、いざ解読にかかろうとしても、文と文の切れ目もわからなければ、主語って誰?と急に迷子になったり、話がコロコロ変わったりしてついていけない。なので、今出版されている文献は理解しやすいように最小限の句読点をつけたり、漢字をあてたりしているが、この一文は、最近の注釈本でも原形を保っており、著者の思いつめた心境がありありと伝わっている。

「後ろ盾」を失った女性が生きるのは大変だった

私たちが平安時代を想像する時、絵巻で見るような、キラキラと光り輝く金の雲に囲まれた完璧な世界を思い浮かべ、宴会と夜這いにだけ時間を費やしていた貴族たちの優雅な暮らしを空想することが多いだろう。

そのイメージは主に『源氏物語』が醸し出している雰囲気に大きく影響されているが、リアルな平安は雅ばかりではなく、むしろとてつもなく物騒な時代だった。

見知らぬ病気がいつはやるかもわからない、出歩いただけで強盗にあうかもしれない、いつ火事が起こるかわからない……。災害に見舞われなくても、後ろ盾になる人が失脚したら自分の立場はまるでない。女性であれば、なおさらだ。『万葉集』を丸暗記したり、琴を完璧に操ったりすることができたかもしれないが、それでは生活はしていけない。

自力でその状況から脱出できた紫にとって、つらい時期につづり始めた『源氏物語』は慰めであり、就職口につなげてくれた救世主でありながらも、自らの弱さと頼りなさの証しでもある。だが、物思いに耽り、過去の憂鬱で陰気な時間を思い出しつつも、彼女の心の中で新たな感情が少しずつ芽生えてくる。

試みに、物語をとりて見れど、見しやうにもおぼえず、あさましく、あはれなりし人の語らひしあたりも、われをいかに面なく心浅きものと思ひ落とすらむと推し量るに、それさへいと恥づかしくて、えおとづれやらず。

【イザ流圧倒的意訳】
試しに、物語を手に取って中身を見たりしたけど、昔みたいな気持ちには全然なれなくて驚いたわ。あれだけ仲がよかった友人たちも、わたしが軽くて浅はかな人になったと思っているだろうし、それを考えただけで恥ずかしくて、手紙すら出す勇気もない。

物語というファンタジーを共有して、語り合っていた人たちはみんなぬくぬくと暮らす奥様たちばかり。外出でさえしない彼女らは、仕事をする気なんて毛頭ない。

少し前までは紫もそのうちの1人だったが、今や立派な女房になり、テキパキと働くし、男どもと堂々と話をするし、同僚と共同生活もしている。自分がそこまで成長したと実感すると同時に、昔と変わってしまったことも認めなければならない。そして、それは本当に……よかったのだろうか……。新しい道に進むとき、みんな不安を抱えているのだ。あの紫もそう。

現代人からしてみれば、ゴージャスな後宮に出入りしている女房は断然に魅力的な立場だが、当時の価値観は逆で、きちんとした家柄の女性は、お勤めするのはよろしくないと考えられていた。だからこそ、かつて仲がよかった人たちと連絡を取るのは恥ずかしいし、取れたとしても昔ほど気持ちが通じるとは限らない。

お先真っ暗からの華々しいキャリアチェンジ

だが、新しいところに行けば、そこには新たな未来が待っている。

難しい性格なだけに、溶け込むには苦労しただろうけれど、紫も少しずつ田舎臭い貴婦人から脱皮していく。周りは都屈指の才女ばかりで、ファッションも最先端、芸術品にあふれ、住んでいる屋敷も華やかで、そこから見えるのは圧巻の庭園――。そんなすばらしい環境の中で活躍する紫は輝かしく、イキイキしていたに違いない。

かなりのネガティブモードで始まったこの里帰りのくだりも、京都で待っている職場への想いで締めくくられている。物憂いや、恥ずかしさというマイナスな気持ちは一蹴され、著者もやっと気持ちを切り替えたことがうかがえる。

大納言の君の、夜々は御前にいと近う臥し給ひつつ、物語し給ひしけはひの恋しきも、なほ世にしたがひぬる心か。

【イザ流圧倒的意訳】
中宮様の御前近くに、大納言の君と毎晩横になってあれこれと話をしている様子が本当に恋しい。わたしの心は後宮の世界に染まりきって、それはもうわたしの居場所になったかもね。

目の前にあるのは、住み慣れた実家のみすぼらしい景色だが、心はもうすでに後宮へと飛んでいる。そこでは、気心の知れた仲間と一緒に中宮様を応援し、歴史の動きをはっきりと見えるステージに立っている――。お先真っ暗だったはずの紫大先生が果たしたキャリアチェンジに思わず心を奪われる。

スランプは誰にだってある。そして、未知の世界はどの時代においても恐怖に包まれている。『紫式部日記』にはその不安やつらさ、そして動き出す勇気も包み隠さずつづられている。もうダメと思ったとき、意外なところからかすかな希望の光が差し、紫先生は「いづれの御時にか……」という妄想から、優しく背中を押されて、思い切って自分の運命を切り開いていった。振り向くことがあっても、後悔はきっとなかったはずだ。

もろくて頼りない1人の女性が歩んだその道程を思い浮かべただけで、心が躍る。そして改めて確信する。どんなときであろうと、古典は私たちに感動を与え続けて、決して裏切らない、と。