高齢者は交通事故で亡くなりやすい傾向にある

 令和元年(2019年)の交通事故件数は43万601件と、いまよりクルマが少なかった昭和41年(1966年)と同等レベルの少なさで、交通事故による死者数は3215人と記録が残っている限りで最小となりました。負傷者数も46万175人と大幅に減っています(前年は52万5846人でした)。

 それだけ減っている交通事故による死者ですが、その55%以上は65歳より上の高齢者となっています。人口10万人当たりの死者数でいっても、全年齢では2.54人となっているところ、高齢者は5.01人と明らかに高くなっています。少子高齢化で高齢者が増えている(母数が多い)から死者数が増えているというわけではありません。高齢者は交通事故で亡くなりやすい傾向にあります。

 とくに死亡事故の被害者となりやすい歩行中というシチュエーションで若者と比較すると、高齢者は体力的な問題から、同じような衝撃であっても大きなケガや死亡につながりやすい傾向があるのは事実でしょう。しかし、それだけではありません。安全性能を高めたはずのクルマに乗っている状態であっても、高齢者の重傷者や死者は増えているといいます。

安全性を高めるためにシートベルトの拘束力を強めたことが要因か

 公益財団法人 交通事故総合分析センターの発表した論文『子供・高齢同乗者の被害軽減に向けたシートベルトの課題(研究部 主任研究員 谷口正典)』によると、きちんとシートベルトを装着していたにも関わらず、死亡重症になってしまった高齢者(とくに80歳以上)の数は増えています。85歳以上に絞ると、人口10万人辺りの死亡重症者の数も増えているといいます(2009年〜2013年と2014年~2018年のデータを比較した結果)。

 クルマの安全性能は年々高まっているはずなのに85歳以上の高齢者においてはクルマに乗っているときの重症死亡者が増えてしまっているというのはどういうことでしょうか。この点について交通事故総合分析センターに疑問を投げかけたところ、次のような回答を得ることができました。

「シートベルトのロードリミッター荷重特性が高齢者に適切な荷重から乖離してきているのではないかと考えております。自動車アセスメントJNCAPでは、ご存じのように非高齢の女性ダミーを使用して後席評価を行っています。胸たわみ評価指標は、非高齢の女性の傷害リスクカーブを基に決められており、高齢者のリスクカーブに基づいていないとの認識です。従って、JNCAP評価を念頭において開発する車両も、非高齢者を基準にしたロードリミッター荷重に設定され、その安全性を追求していく中で、人体耐性の劣る高齢者に適した荷重特性から徐々に乖離が大きくなってきているのではないかと考えます」。

「近年、軽自動車も含め、JNCAPの高得点化を目指して車体の強度・剛性が上がってきていると考えられます。これによって車体変形を大幅に減少させるなど安全性の総合力は高まってきていると考えられますが、一方、衝突時に発生する車体Gは過去の車よりやや上昇傾向にあるのではないかと推測しています(データを持ち合わせていないためあくまで推測です)。その結果、衝突時の乗員の前方の飛びが大きめになり、それを抑制するためにロードリミッター荷重が高めに設定されている(もしくは荷重を低く設定できない)のではないかと考えております」。

 つまり、安全性能を高めようとボディの強度を上げ、シートベルトの拘束力を強めたことが高齢者の特性に合っておらず、むしろ攻撃性を増しているというわけです。

 そうしたシートベルトと高齢者の肉体的な特性とのアンマッチはケガの部位にも表れているといいます。とくに80歳以上の高齢者では、正しくシートベルトを装着しているにもかかわらず、シートベルトそのものによって胸・腹・腰に負担がかかり、そこに受傷してしまうケースが増えている可能性をデータは示しています。

 ますます高齢化が進むことを考えると、衝突安全性能の評価において年齢により肉体的な耐性・特性が異なることを考慮した試験プログラムに変更するなど、なんらかの対策をすべきといえるのではないでしょうか。