企業に悪質なクレームや理不尽な要求を突きつける「カスタマーハラスメント」(カスハラ)の存在が問題になっている。弁護士の島田直行氏は「カスハラの当事者はさまざまな罠を用意し、担当者を会社内で孤立させることで、物理的にも精神的にも攻撃してくる。個人ではなく会社として対応することが重要だ」という――。

※本稿は、島田直行『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

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■クレーマーが仕掛ける見えない罠

クレーマーは、単に大きな声を出すだけではない。声が大きいだけなら無視すればいいので対処も簡単だ。実際には、いろんな罠を用意してくる。

島田直行『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(プレジデント社)

クレーマーが仕掛けてくる罠は、「それが罠だ」とはなかなかわからない。少なくとも対応している担当者は緊張もしているので、自分が静かに蟻地獄にはまっていることに気がつかない。弁護士に相談して我に返ってはじめて、「自分は相手のペースにはめられていた」とわかる。

そこで典型的なクレーマーの罠についていくつかご紹介しよう。もしもクレーマー対応に苦しんでいたら、自分が彼らの罠に陥っていないか考えていただきたい。

クレーマーは、相手にミスがあるとわかると、徹底的に糾弾してくる。ミスの程度にはいろんなレベルがある。軽微なミスもあれば、重大なミスもある。本来であれば、負うべき責任の範囲も、ミスの有無及び軽重に応じて検討するべきものだ。

■ミスの有無、軽重は関係ない

クレーマーは、そういった緻密な判断には一切興味を持たない。「自分は納得できない」となれば、苦情を言い放つのに十分な理由になる。そのため、相手にわずかなミスでもあれば、鬼の首を取ったように追及してくる。

言われた側は「たいしたミスではないでしょ」と思っていても、「ミスがある」と言われると否定できない。ましてや相手がすごい剣幕で詰め寄ってきたら、なかなか反論できるものではない。なまじ反論すれば、「ミスをしたうえに反省もしないのか」とかえって火に油を注ぐことになる。

こちらにミスがない場合ですら、クレーマーから言いがかりをつけられることもある。クレーマーにとっては、「不満があるのでクレームを言い立てる」ことが目的であって実際にミスがあるかどうかはさしたる問題ではない。こちらにミスがなければ、あるように声を上げればいいと考えている。

「ミスはない」といくら説明をしても、「嘘を言っている」あるいは「それが問題ではない」と反論されて議論はいつまでたっても終わらない。ただひたすら我慢せざるを得ない。我慢できなくなると、「では、どうしたらいいのですか」ということになり、クレーマーに要求されるがままに従うことになる。

■誠心誠意尽くしても収まらない感情

以下の例は、あるリフォーム会社の案件である。どこにでもあるような親子経営の小さなリフォーム会社であった。リフォーム会社は、クレームを受けやすい業種のひとつである。もともと経年劣化などで傷んでいる物件も多く、何か問題があっても、業者のミスなのか、あるいは建物の劣化が原因であるのか、はっきりしないところもある。

この親子は、そういった事情をよく理解しており、事前に丹念に説明をしていた。ある独り暮らしの女性から依頼を受けてリフォーム工事を始めた。工事期間中から女性は、いろいろ指摘するようになった。

「塗装の色が事前の説明と違う」「職人からの挨拶がなかった」「工事が遅い」など挙げだしたらきりがない。しかも「今すぐ謝罪に来い」の繰り返しである。いずれも問題がある内容ではなかったが、社長は女性の機嫌を損ねないように謝罪し、最大の配慮をしながら工事を終えた。

しかし、女性からは「こんな工事では代金は支払えない。むしろ慰謝料を要求する」ということであった。親子は、誠心誠意尽くしたものの、一向に相手の感情が収まらないので私に相談してきた。

そこで弁護士名で「根拠のない主張をされるのであれば、訴訟をする」と通告したら一気に終息した。親子は「あれはいったい何だったのだろうか」と不思議な思いであった。

■自省的な態度は利用されやすい

我々は、いつも心のどこかで「自分にも間違いがあるのではないか」と自分を疑うところがある。しかし、こういった自省的な態度はクレーマーに利用されやすい。ミスがなくても「ミスがある」と言われ続けると自分が怪しくなってくる。

こういった場合は、クレーマーの主張する問題点を紙に書いてみるといい。頭で考えるだけでは次第に自分を追い込んでしまう。紙に書くことで冷静になれる。そのうえで「問題点とされるものが現実にあるのか」「問題点が発生した原因は何か」を箇条書きにするといい。

紙に書くことで「これは自分のミスではない」と自信を持つことができる。自分で自分を疑いだしたら、何もかも自分の責任になってしまう。紙に書きだし、事実をとらえなおすことで、弱った自信を回復してほしい。

■“対会社”から“対担当者”に構図をすり替える

交渉において相手を分断させることは、定石のひとつだ。孤立させることで物理的にも精神的にも相手を衰退させることができる。こういった戦術は、クレーマーも多分に利用してくる。

「クレーマー対会社」という構造であるべきなのに、いつのまにか「クレーマー対担当者」という構造にすり替えられてしまう。こうなってしまうと、クレーマーの手から逃げだすのは難しい。

ある家具店の営業担当者から「助けてほしい」という相談の電話があった。会社名を聞いたものの、はっきりと回答しない。「変わった相談者だな」と感じつつも、相談日時を設定した。やってきた担当者は青白く、明らかにやつれていた。

話としては、家具を設置したときに「床に傷をつけた」としてクレーマーの餌食になっているとのことであった。

本人としては、傷をつけないように養生もしっかりしていて、傷などつけていないという話であった。話の迫真性からして嘘を言っているようにも思えない。でも相談を聞いていて何かが引っかかる。

はたと気がついたら、彼の話からは社長や上司という言葉がまったく出てこなかった。そこで彼に「ところで会社としては、今回のクレーマーについてどのように対応されているのでしょうか」と質問した。彼はうつむいたまま、「会社にはまだ言っていません」と答えた。

■担当者の心理につけ込むクレーマー

こういうケースでは、だいたいの結末は予想がつく。「自分でいくらかお金を渡したの」と聞いた。しばらくしてうなずいた。自分のしてしまったことで自責の念に駆られていたのであろう。それからはありのままを話すようになった。

クレーマーは、営業担当者が柔和な人だと見抜いたらしく、「お前も家族を持っている男だろ。自分のミスは自分で責任を取れ。会社に迷惑をかけるな」と語ったそうだ。彼としては、「自分のミスで会社に迷惑をかけたくない」との一心だった。

そのため、クレーマーからの揺さぶりとはわからずに、話を鵜呑みにしてしまった。クレーマーは、彼に「会社や家族に迷惑をかけないよう話すな」と諭すように伝えていたようだ。まじめな彼は言われるがままに賠償の名目で金銭を支払うことになった。

こういったとき、クレーマーはいきなり多額の請求をしてくることはない。個人で支払えるくらいの数万円を執拗に求めてくる。「少しずつ、ずっと」というのがこの手のクレーマーが求めるものだ。担当者の彼としてはあとになって怖くなった。

いつまでも支払えるわけがない。いつかは家族にばれてしまう。そこで「何とかしてほしい」と藁にもすがる思いで相談にやってきたというわけだ。

■個人ではなく、会社として対応する

私は「このままではお受けできません」ときっぱり答えた。助けを求めていた彼にとっては絶望的な響きだったかもしれない。彼が最初にするべきことは、自分の口で事情を社長に説明することだった。彼にしても、「クレーマーからの要求を隠蔽していた」という問題点があるからだ。

これは彼自身が自分で説明しなければならない。弁護士が代わりに社長に説明すれば話は早いだろうが、そんなことをしても彼のためにならない。同じことを繰り返すことにもなりかねない。彼をかわいそうな社員としてとらえることは簡単だが、かわいそうというだけでは問題の解決にはならない。

安易な同情は、ときに問題を見誤らせる。彼は意を決して、自分のしたことをありのまま社長に説明した。社長は青天の霹靂で、すぐに彼とともに相談に来た。「会社として正式に依頼したい」とのことであった。

そうなれば、あとの行動はシンプルだ。すぐに内容証明郵便でクレーマーに「社員には二度と連絡をとってはならない。何かあれば弁護士が対応する」と通知した。クレーマーからは、二度と連絡はなかった。

■担当者を孤独にさせてはいけない

クレーマーの担当者は、第三者が感じているよりも孤独な立場にある。クレーマーからの執拗な電話を受けつつ、日頃の業務もこなさなければならない。周囲の同僚は「大変だね」と声をかけてくれるが、具体的なサポートをしてくれるわけではない。

しかも、まじめな人ほど周囲に助けを求めることを躊躇して、「自分で何とかしなければならない」という気持ちになる。クレーマーは、そういった孤独な立場をかぎ取って活用することに長けている。いったんクレーマーの要求に応じてしまうと、「やってはいけないことに手を出した」という歪な連帯感がクレーマーとの間にできてしまう。

結果としてさらなる不当な要求にも応じてしまうために会社の金銭に手をつけてしまうことすらある。「会社のために」と頑張っている人が違法なことに手を染めるようなことがあってはならない。どんなことがあっても担当者を孤独にさせてはいけない。そのためにも担当者との綿密な情報共有が必要である。

■周囲を使って担当者を間接的に追い込む

誰かを攻めるとき、相手を直接的に攻撃するよりも、周囲の者を通じて間接的に攻撃し
たほうが効果的なケースがある。これはクレーマーもよく利用する方法だ。

クレーマーは、断固とした姿勢を貫く手堅い会社をいかにして崩していくかについて思
案している。繰り返し攻めたところで芸がない。そこで会社が信頼している者、あるいは頭の上がらない者をあえてターゲットにして、プレッシャーをかけてくる。

そうなると「あなたのところの苦情がうちにやってきて困っている。早く解決して」と第三者から言われてしまうことになる。こうなってくると、せっかくクレーマーに対して毅然とした対応をとっているのに後ろから矢が飛んでくるようなものだ。

■フランチャイズ本部経由で間接攻撃をかける

あるフランチャイズの飲食店を展開する会社では、中年男性から「買い物袋を店舗に忘れたが、見つからないから責任を取れ」という趣旨のクレームが入った。会社として調べる限り忘れ物はなかったので、その旨を店長が説明した。それから男性からの執拗な電話や面談要求が始まった。

会社としては、クレーマーに対して「いかなる賠償にも応じない」という姿勢を貫いて
いた。根拠のない要求に賠償として応じていたら終わりがない。飲食店はもともとクレームを受けやすい業種である。

クレーマーは、自分の想定通りに物事が展開しないことにかなりいら立っていたようだ。そこで作戦を変更して、間接攻撃に切り替えた。フランチャイズ本部に対し、「○○店の対応は明らかにおかしい。本部としていかなる責任を考えているのか」という苦情を申し入れた。

フランチャイズの本部に、個々の加盟店の事情などわかるはずがない。「顧客」と名乗る者から苦情が入れば、「承知しました。確認したうえで早急に店舗から連絡させていただきます」といった形式的な扱いをすることが多々ある。

本部からは「早急に鎮静化せよ」という曖昧な指示のみが繰り返された。加盟店としては、今後の契約もあるため、本部に対して「そのような対応はおかしい」と声をあげることもできない。結果として本部とクレーマーの板挟みになってしまう。この事案では弁護士名で通知を出して解決した。

■第三者への対応でますます疲弊する現場

こういった間接的な追い込みは他にもある。あるサービス業の会社では、加盟する上部団体の協会の窓口に苦情を持ち込まれた。管轄する行政庁に苦情を言われたケースもある。

いずれにしても担当者は、クレーマーのみならず第三者への対応も余儀なくされるために疲労困憊する。「なぜ自分だけ、こんなことをしないといけないのか」という虚無感に襲われることになる。しかも第三者に対しては、事細かな報告書の提出を求められることもある。ただでさえ忙しい担当者は、このような報告書の作成にさらに時間を取られてしまう。

あなたがクレーマーの担当者であったならば、まずどこを攻撃されたら辛いかを考えてみてほしい。「ここから指導が入ったら大変だな」と感じるところである。そこがあなたにとっての弱点であるし、クレーマーに狙われやすいところでもある。それは本部かもしれないし、取引先かもしれない。

■状況を開示して、周囲を味方につける

間接的な攻撃は、企業が大きくなればなるほど敏感になってくる。最近相談が増えてきたSNSなどを使った攻撃も、広い意味では間接的な追い込みのひとつである。すでに間接的な追い込みに悩んでいるのであれば、弁護士に相談したほうがいい。

「すでに弁護士に相談しています。ご迷惑をおかけしますが、クレーマーからの不当な要求には応じませんのでご協力ください」と説明するだけで納得してくれる関係者も少なくない。しかも一般の方なら、「弁護士に依頼している」というだけで「この人も大変だな」と同情してくれる。

こういった状況に陥らないためには、クレーマーとのやりとりが始まった早い段階で周
囲にも状況を事前に伝えておくことだ。「こういったクレーマーを相手にすることになりました。もしかしたら、ご迷惑をおかけするかもしれません」と一報を入れておくだけで相手の対応は同情的なものになる。

いきなり苦情が来るから相手としても驚くわけであって、事前にわかっていれば心構えもできて、背後からこちらに矢が飛んでくることを回避できる。

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島田 直行(しまだ・なおゆき)
島田法律事務所代表弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。著書に『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)がある。
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(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行)