by Christine Roy

課税が完全に排除されていたり、著しく税率が低かったりする国や地域はタックスヘイブンと呼ばれ、租税回避に利用されることがあります。タックスヘイブンとしてはケイマン島が有名ですが、実はアメリカ国内にもタックスヘイブンは存在します。アメリカ国内に存在し、超富裕層たちからの人気を集める地域の存在について、イギリスのThe Guardianがまとめています。

The great American tax haven: why the super-rich love South Dakota | World news | The Guardian

https://www.theguardian.com/world/2019/nov/14/the-great-american-tax-haven-why-the-super-rich-love-south-dakota-trust-laws

人口88万人のサウスダコタ州はアメリカで最も人口の少ない州で、知名度もあまり高いとは言えない土地です。サウスダコタ州最大の都市であるスーフォールズでも、その人口は約18万人であり、日本の東京都三鷹市や大阪府和泉市、愛知県豊川市と同程度です。街にはバーが立ち並び、通り沿いには魅力的な彫刻が並んでいるそうですが、億万長者を惹きつけるようなものは存在しておらず、アメリカ人でさえサウスダコタ州およびスーフォールズを訪れたことがある人は少数と考えられます。しかし、中国の不動産王であるSun Hongbin氏を含む、世界中の超富裕層がこのサウスダコタ州への興味を強めています。

タックスヘイブンとして機能しているサウスダコタ州の利点は、まず、所得税・相続税・キャピタルゲインに対する課税などが存在しないということ。またサウスダコタ州の信託は、元配偶者や不満を抱いたビジネスパートナー、債権者、訴訟クライアントといった人々の請求から資産を保護します。刑事訴追から資産を守ることはできないそうですが、警察の関心を引くような形での資産情報の流出は防いでくれるとのことです。

2010年頃、サウスダコタ州の信託会社は573億ドル(約6兆2000億円)の資産を保有していましたが、その資産は10年間で3552億ドル(約38兆6000億円)にまで増加している模様。人口の少ないサウスダコタ州でこれほど大幅な資産増加が起きている理由は、世界中の超富裕層がサウスダコタ州をタックスヘイブンとして利用しており、行政も「アメリカを世界で最高のタックスヘイブンであると自慢したい」と考えているためだそうです。

近年、アメリカ以外の国々は租税回避を厳しく取り締まる傾向にありますが、サウスダコタ州のようなアメリカの州が提供する税制優遇措置により、マネーロンダリングや租税回避を厳しく管理するための世界的な取り組みが「弱体化している」という指摘もあります。タックスヘイブンの専門家は、「ゲリラと戦う際の大きな問題の1つは、ゲリラが使用できる安全な港がある場合は勝てないということです。アメリカ(のサウスダコタ州)は金融犯罪者にとっての安全な港となっています。バハマなどの土地よりもはるかに効果的です」と語り、サウスダコタ州は金融犯罪者の温床となりつつあると指摘しています。



by Sharon McCutcheon

サウスダコタ州がタックスヘイブンとして機能するようになったのは、元サウスダコタ州知事であるビル・ジャックロウ氏がきっかけでした。1970年代後半、サウスダコタ州は深刻な不況にみまわれます。この時、サウスダコタの州知事であったジャックロウ氏は、課税に関する規制を大きく変更し、州にビジネスを誘致するべきだと考えました。当時、アメリカの連邦準備制度により、国の金利は異常に高く設定されていたため、クレジットカード会社が資金を借りるためには、貸出により得る利益よりも大きな額を支払わなければならない、という事態に直面していました。つまり、クレジットカード会社はユーザーがクレジットカードで何かを購入するたびに、資金を失っていくというカオスな状況に陥っていたそうです。

そこで、ジャックロウ氏は1981年にサウスダコタ州で「貸し手側が請求できる金利の上限を設定する」という法律を廃止しました。これは消費者をローン地獄から保護することにもつながったものの、その目的はクレジットカード会社のビジネスを守るためのものだったそうです。

これにより、もしも銀行のクレジットカード事業がサウスダコタ州に本拠地を置けば、クレジットカードサービスは自由に好きな金利を請求できるようになるため、異常に高い金利が設定されていたアメリカでもクレジットカードビジネスが成り立つようになります。その結果、サウスダコタ州は多くの銀行を誘致することに成功。さらに、その後のアメリカおよび世界各地で起きた「消費者金融の爆発的増加」の大きなきっかけにもなったそうです。

The Guardianは「ジャックロウ氏のおかげでサウスダコタ州は金融サービス業界にとっての重要な土地となり、アメリカは1兆ドルものクレジットカード債務を抱える国家となった」と記しています。



by Nathan Dumlao

ジャックロウ氏は裕福な企業にとっての厄介な規制を緩和したことに続き、「裕福な個人を厄介な税制から解放するための方法」を模索し始めます。The Guardianによれば、これが「サウスダコタ州を21世紀におけるスイスに変える決定につながった」とのこと。ジャックロウ氏がとった「裕福な個人を厄介な税制から解放するための方法」とは、「信託」の規制を緩和するというものでした。

信託は不動産や会社の株式などの資産を所有するために使用される、古くて複雑な金融商品と言えます。もともと、人とは異なり信託は不滅であるため、財産を永遠に家族に残すことが可能で、中世の英国貴族たちに広く好まれたそうです。しかし、多くの人が信託を使用すれば、それだけ多くの財産が保護されることとなります。そこで、17世紀には「永続性に関するルール」が裁判官により作成され、信託で資産を保護できる期間が1世紀などに制限されるようになりました。

信託に期限を設けることは、貴族を弱体化させ、イギリス経済を開放し、産業革命を起こす契機にもなったそうです。イギリスからの移民がアメリカにやってきた際にも、富をリサイクルできるようにするため信託に期限を設けることが好まれたとのこと。

しかし、1983年にジャックロウ氏はこれとは反対に信託に期限を設けるというルールを廃止。これにより、「多くの資産がサウスダコタ州に永遠に留まるようになってしまった」とThe Guardianは指摘。さらに、「数世紀にわたる検討の末にイギリスの裁判官により作成された規則が、わずか19単語の法律により廃止され、貴族のゲームが帰ってきてしまいました」と記しています。

The Guardianはサウスダコタ州で信託の保護期間が無期限になったきっかけを調べるために、記事作成時点でのサウスダコタ州知事であるクリスティ・ノーム氏や、サウスダコタ信託協会のメンバーに連絡を取ったそうですが、その全員からインタビューを拒否されます。そして最終的に行き着いたのが、サウスダコタ州政府の銀行部門でディレクターを務めるブレット・アフダール氏だったそうですが、質問に対する回答は「不明」という一言でした。

信託関連法に詳しいサウスダコタ大学のトム・シモンズ教授は、ジャックロウ氏の決断について「ジャックロウ氏は、これ(信託に期限を設けるというルールの廃止)が政府にとって非常に低いコストで経済発展が期待できる方法であると理解したという点では本当に天才的でした」とコメントしています。



by Josh Appel

ジャックロウ氏の2つの法改正により、1990年代にはスーフォールズに多くの資金が集まるようになります。しかし、サウスダコタ州の成功を受けて、アラスカ州やデラウェア州もまた、同じように信託に期限を設けるルールを廃止し始めます。他の州が同様の施策を行うことでサウスダコタ州の優位性がなくならないようにするため、ジャックロウ氏は1997年に信託関連のタスクフォースチームを結成し、国内外で作成された革命的な法制度をサウスダコタ州で取り入れるという試みをスタートさせたそうです。このチームのおかげで、2019年にはサウスダコタ州は資産を守るためのトリックで厳重に守られたタックスヘイブンへと進化しました。

通常、信託は自分以外の誰か(子どもや家族、慈善団体など)のために資産を残すことができますが、サウスダコタ州では自分のために信託を利用できます。また、サウスダコタ州では信託サービスを利用して2年が経過すると、債権者であっても保有する資産の一部を請求することは不可能になります。これは資産に関連する裁判所文書であっても、永久に秘匿されるそうです。

税務関連の専門家であるハーベイ・ベゾジ氏は、「賢い人々はプライバシーを求めています。サウスダコタ州は、富裕層が資産を保護するために、国内およびおそらくは世界でも最高の、プライバシーおよび資産保護法を提供しています。サウスダコタ州は自分自身をユニークなものにするために非常に良い仕事をしたと言えます。その分野に詳しい人が最終的に行き着く先の、本物だと言えます」と語っています。



by Wei Ding

多くの法律上の革新により、サウスダコタ州は長らく世界中の金融センターとの競争に苦労し続けてきました。その理由は簡単で、信託サービスを利用する資産家たちの主張が疑わしかったり、企業のビジネス慣行が怪しいものであったりしたためだそうです。しかし、そういった心配も2010年には大きく変化します。

2008年に、内部告発者がスイス銀行の最大手であるUBSに富裕層が数十億ドル(数千億円)規模の資産を隠しているとリークしたことから、アメリカ政府がスイス銀行を利用したオフショア口座を用いた脱税を徹底調査しました。最終的に複数のスイス銀行が脱税ほう助を認め、UBSは7億8000万ドル(約850億円)、クレディ・スイスは26億ドル(約2800億円)の罰金を支払い、スイス最古の銀行であるウェゲリンは閉鎖することとなっています。

この事例を受け、経済協力開発機構(OECD)は「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」を公表。そしてCRSの下、各国は銀行に保管されている資産に関する情報を交換することに合意しました。これにより、バハマやリヒテンシュタインなどのタックスヘイブンは、資産を隠すことができなくなり機能しなくなったそうです。

CRSにより資産を隠すことは不可能になったかのように思えますが、アメリカではCRSではなく独自の税法である「外国口座税務コンプライアンス法(FATCA:Foreign Account Tax Compliance Act)」を使用しています。この法律はアメリカが外国の銀行から資産情報を収集するためのものであり、アメリカから銀行の資産情報を海外に伝える義務はありません。そのため、アメリカ以外のタックスヘイブンに資産を置けば世界中のあらゆる国家からその詳細を知られてしまうものの、アメリカのタックスヘイブンに資産を置けばその詳細を知られる心配はなくなるという仕組みができあがったそうです。

これについてThe Guardianは「アメリカは真に世界レベルのタックスヘイブンになりつつある」と指摘しています。



by Stephen Oliver

脱税調査や分析などを行うTax Justice Networkが発表しているFinancial Secrecy Index(金融機密指数)では、2018年時点でもスイスがトップに立っていますが、アメリカは2位にランクインしており急速にランクを駆け上がっています。なお、Tax Justice Networkによると、サウスダコタ州スーフォールズに拠点を置く企業の保有する資産額は3年で14%も増加しているそうです。

サウスダコタの信託会社であるSDTCでマネージングディレクターを務めるMatthew Tobin氏は、CRSの登場で超富裕層の資産情報が母国に報告される可能性が高まっていることから、サウスダコタ州のような資産情報に関するプライバシーが保護される土地に資金が動くことは必然であると主張しています。なお、公式サイトによるとSDTCが取り扱っている金額は650億ドル(約7兆円)で、これはすべて非課税だそうです。

タックスヘイブンにある金融機関で働くというある人物は、「公にはなっていないものの、世界的なマネーロンダリング防止管理(CRS)の努力の中で(アメリカで起きていることは)、まさに人種差別そのものです。アメリカでこの恩恵を受けている州は、この国で最も白人の比率が高い州です。彼らは黒人やヒスパニック系の人々から飛び出す主張をたわごととして扱い、サウスダコタ州にすべてのお金を集めています」と語っています。