米国でボクシング中継する4つの放送局とプロモーターの関係

 ボクシングのワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のバンタム決勝でノニト・ドネア(フィリピン)に判定勝ちを収めたWBAスーパー&IBF王者・井上尚弥(大橋)。老獪なドネアと繰り広げた12ラウンドの死闘の末、3-0で判定勝利を飾った井上は試合後、米興行大手「トップランク」と複数年契約を結んだと電撃発表した。

「トップランク」と言えば、世界最速3階級制覇のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、WBO世界ウェルター級王者テレンス・クロフォード(米国)ら世界トップ選手を擁するプロモーター。そこに仲間入りした井上は2020年に米国で2試合が組まれる予定だが、この動きに慎重な意見を投げる米紙「ロサンゼルス・タイムズ」のコラムニスト、ディラン・ヘルナンデス記者が「THE ANSWER」にその理由を明かしてくれた。

 ドネアの左フックを受け、キャリア初の流血というアクシデントに見舞われながら、11ラウンドには左のボディーブローでダウンを奪い、見事に優勝した。WBSSバンタム級の頂点に立った井上は、試合後にトップランク入りを電撃発表。米国屈指の大手プロモーターとの契約で、井上は活躍の場を広げたかに見えるが、ヘルナンデス記者は「対戦相手が限られる可能性がある」との見方を示す。

「トップランクは、アメリカで40年以上もトップであり続けたプロモーター。でも今、アメリカでは大手プロモーターがそれぞれ4つのテレビ局(FOX、SHOWTIME、ESPN、DAZN)と契約を結んでいて、テレビ局の枠を超えたビッグマッチが組まれることは、ほとんどない。ESPNと契約するトップランクの選手が、例えばFOXで放送されるメインで戦うことは滅多にない。そうなると、ただでさえ強すぎて戦う相手がいないと言われている井上は、さらに対戦相手が限られてしまうんだ」

 同じ階級で戦う相手がいなくなった時、トップランクが取る1つの傾向がある、とヘルナンデス記者は言う。それが階級を上げることだ。

「クロフォードは最初、ライト級やスーパーライト級だったけど、今ではウェルター級で戦っている。ロマチェンコはフェザー級から始まって、スーパーフェザー級、ライト級まで上げた。2人とも階級を上げて勝っているけど、クロフォードはウェルター級では小柄。ロマチェンコは8月の(ルーク・)キャンベル戦で判定勝ちだったけど、決していい試合だったとは思わない。キャンベルは長くライト級がベストの階級でやってきた選手。階級を上げたロマチェンコと元々10ポンド(約4.5キロ)差があったことは多少なりとも影響はあると思うよ」

階級アップに伴うリスクとは「鋭いパンチだけでは物足りなくなる」

 同じ階級で戦っても、本来の体重差が与える影響は、井上とドネアの一戦でも見られたと話す。

「井上は去年、スーパーフライ級からバンタム級に上げた。逆に、ドネアは去年、フェザー級やスーパーバンタム級から7年ぶりにバンタム級に落としてきた。その体のサイズやスタミナの違いは、今まで相手をKOしてきた井上のパンチを受けても、ドネアが簡単には倒れなかったところに表れていると思うんだ。もちろん井上にはいいジャブがあるし、パンチも真っ直ぐで鋭い。でも、階級が上がった時には、鋭いパンチだけでは物足りなくなってしまう」

 それでは、階級を上げた選手が元々の体格で勝る選手に対抗するには、何を武器としたらいいのか。ヘルナンデス記者は「スピード」だと話す。

「元のサイズが自分より大きい選手に勝つには、スピードが大事になる。上の階級の選手はパンチが重い。いくらパンチをブロックしても、叩かれればダメージは残るもの。ダメージを受けないためには、相手のパンチが触れられないくらいのスピードで避けるのがベストだから。

 井上は日本人の中ではスピードがある方だけど、世界を相手に見た場合、特別に速いとは思わない。いずれは階級を上げてロマチェンコと対戦するんじゃないかと言われているけれど、今のスピードは元の体格差を埋めるほどではないと思うんだ。スピードは生まれ持った才能だから、何か武器を増やしたり対策を考える必要はあるだろうね」

 とは言うものの、現在のボクシング界は選手層が薄く、特に軽量級には有望選手が少ないという現実もある。「井上にとってベストの階級でどこまで強くなるかを見てみたい」と願うヘルナンデス記者も、現実と理想のジレンマを感じているようだ。

「20年前は自分の戦う階級に次から次へと強豪選手が登場し、階級を変える必要のない選手が多かった。今は強い選手ほど対戦相手がいなくなって階級を変えなければいけない。強い選手にとって大変な時代になってきたね」

 強すぎるがゆえに直面するハードルを越えながら、“モンスター”井上はどこまで強く成長していくのか。今後もその戦いぶりから目が離せない。(THE ANSWER編集部)