日本のコーヒーチェーンで店舗数が最も多いのはスターバックスだ。今やどこでも見かけるが、「スタバはかっこ悪い」とはなっていない。経営コンサルタントの鈴木貴博氏は「どこにでもあるが、どこも居心地がいい。自宅のようにくつろげる場所であることが最大の強みだ」という――。
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スターバックス コーヒー 京都BAL店 - 写真提供=スターバックス

■「スタバにいることがかっこ悪い」とはならない

スターバックス コーヒー 神戸北野異人館店

スターバックスには「そこらじゅうにあるなぁ」という印象を持っていました。直近の数字を調べてみると、日本全国で1497店舗になったとあります。これはコーヒーチェーンでは日本一。スタバは1996年の日本上陸から、いつのまにか「どこにでもあるお店」になったのです。

しかし、飲食業界では「店舗数が必要以上に増えた企業はろくなことにならない」という、ジンクスというか経験則があります。「量質転化」といって、数が増えることで質が変わってしまう現象です。

これは飲食店が提供するメニューの原材料や品質、製法が同じであっても、消費者がそれに飽きたり、新しい消費者層が増えることで客層が変わったり、ブランドイメージが大衆化したりということは必然的に起こるというメカニズムです。

たとえばマクドナルドは日本に上陸した1972年当初は、最先端のファッションリーダー的な存在でしたが、店舗数が増えるにしたがって大衆向けのイメージに変わっていきました。行列が話題だったクリスピークリームドーナツにしても、行列がなくなったとたんに高級品のイメージが薄れました。

一方で、スタバのイメージは、これだけ店舗数と顧客が増えてもなかなか劣化しません。「スタバにいる自分はかっこいい」と感じていた初期の顧客が、スタバの大衆化にともない「スタバにいることがかっこ悪い」といい出すような量質転換が、なぜか起きていない。これは不思議な現象です。

■安くておいしいセブンのコーヒーもあるのになぜ?

もちろん「スタバが負けた」という話はそこら中で耳にします。ある有力な消費者調査において、顧客満足の項目でスタバがドトールに負けたとか、専門家の味覚調査でセブンに負けたとか、「スタバが負けた」話には一定の需要もあります。

ただ、そういったニュースを耳にはしても、相変わらずスタバのお店は繁盛しています。ではそのニュースが嘘なのかというとそうではなく、確かにドトールでは注文してから商品が出てくるまでの時間がスタバより短いですし、セブンのコーヒーがスタバよりもずっと安いのにもかかわらずおいしいのは事実です。

それでもなぜ、時間帯によっては行列に並ばなければならず、注文にもひと手間かかるスタバが、開業から何年たってもにぎわっているのか。数年前には「本国ではスタバよりも人気」だというサードウェーブコーヒーがいくつも上陸し、話題になりましたが、実際にはスタバに勝てない雰囲気が生まれています。

スタバが日本に上陸する前の1990年代前半、私は当時在籍していたグローバルコンサルティングファームの研修で、こうしたスタバの強さの秘密について、長い時間をかけてレクチャーとディスカッションを行ったことがありました。コンサルファームには業界別の専門部会というものがあって、このとき私はチェーンビジネスのコンサルを手がける人々と一緒に、アメリカの西海岸で会議に参加したのです。

■「長居をすること」に価値がある

スターバックス コーヒー 目黒店

当時は「アメリカの西海岸で面白いベンチャーが成功を収めているから、それについて議論しよう」という流れでした。スタバの資料を事前に見て「日本のドトールと同じ成功例なのかな?」という第一印象を持ったことを覚えています。

この研修に参加する人には、1つだけ条件が課されていました。それはアメリカに到着してから会議がはじまるまでに、必ずスタバを実際に訪問することです。初めて店舗を訪れてみると、その場で私の第一印象は覆されました。

お店とそこで提供されるカフェラテを体験してみると、そこがドトールとはちがうことが即座に理解できます。でも、なぜスタバが成功しているのかはまだわかりません。その後に参加した研修で主催者側は、「商品ではなく体験を売る成功ビジネス」とスタバを分析していました。

今でも印象深いのが、スタバの価値は「長居をすることにある」という議論でした。従来のチェーンビジネスの経営戦略はこの逆で、生産性に重きを置くのが主流でした。ウォルマートに買い物に来た人は、本来なら長居はしたくありません。

だから早く目当ての商品にたどり着けるよう、棚はわかりやすくレイアウトすべきだし、品物を切らして顧客をイライラさせないことも大切です。顧客が極力早く目的を達成でき、店舗での滞在時間が短いほうが、サービス価値は高いのです。

ところが、スタバについては「その逆の現象が起きているのではないか?」というのが、議論のポイントでした。

■すべてのお店のデザインが異なる

「イタリアのエスプレッソカフェのような体験をアメリカに根付かせたい」と語っていたのは、スタバの実質的な創業者であるハワード・シュルツです。しかし、このときコンサルタントの間で議論になったのは、「それが根付くと時間がゆっくり過ぎることに顧客が慣れ、居心地の良さを感じるようになるのではないのか?」ということ。これは当時の私たちにとって逆転の発想でした。

この現象は後に、「サードプレイス」という言葉で表現されるようになります。つまり、自分の家や職場(ないしは学校)がそれぞれ1つめ、2つめの居場所だとしたら、スタバは3つめの居場所を提供しているという考え方です。ホームとアウェーでいえば、スタバはホームであるため、注文に多少時間がかかっても許せてしまうという特別な地位が与えられているのです。

しかし、これだけ数が増えてもスタバがまったく飽きられないのはなぜでしょうか。私が注目しているもう1つの点は、店舗デザインの秀逸さです。スタバの店舗には、他のチェーン店、たとえばドトールやマクドナルドとはまったく違う特徴があります。それはすべてのお店のデザインが異なることです。

■「ロマンス予算」を設けた異色のチェーン経営

スターバックス コーヒー 川越鐘つき通り店

よくスタバを利用する人なら、頭の中に店舗のイメージを浮かべることができるでしょう。コンセプトはすべて同じでも、面白いことに設計の細部が店舗によって違うのです。これは本来、チェーン店の経営としては非効率的な手法です。しかし、スタバはそれをあえてやっているところに特徴があります。

スタバの店舗デザインは、外注せず社内のデザイン部隊が担当しているそうです。そして店舗の開発予算の中には、なんと「ロマンス予算」と呼ばれる予算が存在し、それぞれの店舗の「デザインの遊び」にお金をかけているのだといいます。

経営戦略の常識でいえばこれは、数百店舗を超えるような大手チェーンで取り入れるべきやり方ではありません。教科書通りなら、デザインや什器、設備などを同じにし、低予算でブランドイメージを統一する方法を採ります。一つひとつの店舗がすべて異なるデザインで、なおかつ、居心地が良くて長居できるお店作りというのは、チェーン経営としてあまりにも異色です。

スタバはなぜ、そのような方法を取り入れたのでしょうか。実は飲食チェーンとは別の業態で、同じような手法で成功しているサードプレイスがあります。それは一流ホテルのエグゼクティブラウンジです。スタバがどこまでこの業態を意識したかはわかりませんが、サードプレイスとしてはスタバよりもはるかに長い歴史を持っています。

■一流ホテルの宿泊は「エグゼクティブフロア一択」であるワケ

私が40代を迎えたばかりの頃の話です。日本を代表する大企業の社長と一緒に出張した際に、「鈴木くん、一流ホテルに泊まるのであれば、必ずエグゼクティブフロアに泊まりなさい」というアドバイスを受けたことがあります。

以前に勤務していた会社では、一流ホテルの安めの部屋をブッキングするという出張規程がありました。ファームのブランドがあるのでそれなりの有名なホテルに宿泊するべきだが、ぜいたくは許さないという考え方です。そのため実は、40歳になって独立するまで私はこのような世界があることを知りませんでした。

「もう少しお金をたくさん払ってワンランク上のエグゼクティブフロアに泊まる」と何が起きるかというと、そうすることでホテルがサードプレイスになるのです。

一般的にホテルの部屋というものはそれなりに機能的にできていて、仕事から戻ると小さなデスクにパソコンをのせ、Wi‐Fiでネットにつないで仕事をすることができます。でも、なんとなく心からはくつろげない。だから合間合間で外出し、外の空気を吸いたくなります。出張中のサラリーマンの多くが夜の繁華街に繰り出すのはそのためでしょう。

ところが、一流ホテルのエグゼクティブフロアの宿泊客は、エグゼクティブラウンジを利用できるようになります。このラウンジは自宅のようにくつろげる空間で、落ち着いた照明の中、ソファに座ってパソコンに向かうことができ、無料のコーヒーやクッキーも用意されています。おまけにハッピーアワーになればアルコールを楽しむことができるのです。

■スタバ現象の背景に「最上級のおもてなし」

スターバックス コーヒー 道後温泉駅舎店

そうやってエグゼクティブフロアに泊まり、エグゼクティブラウンジに出入りするようになると、ホテルにいる時間が長くなってきます。あまりに居心地がいいので、わざわざ繁華街に出かけるのがおっくうになってしまうほどです。

そして一流ホテルチェーンのエグゼクティブラウンジの設計は、国内においても海外においても、同じコンセプトでありながらすべて異なります。全部違うのに、どこも同じように居心地がいい。これはまさしくスタバと共通する特徴です。

そうした共通点から、客がスタバに飽きない現象の源流は、どうやら一流ホテルの最上級のおもてなしにあるのではないかと気づかされました。自宅のようにくつろげる場所は、世界中にいくつあっても飽きはこないものです。

スタバはそのコンセプトを崩さずに数を増やしていきました。その結果、客にとっての上質なサードプレイスが増え、いつでもどこでもそこに長居する現象が起きているわけです。店舗数がこれだけ増えても私たちがスタバに飽きない、外食産業の常識に反する不思議な現象の理由はここにあるのです。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『仕事消滅AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)