1本300円のスティックタイプコーヒーを投入した意図とは(撮影:今祥雄)

インスタントコーヒー1杯300円――。日本で15店舗を展開する、アメリカのブルーボトルコーヒーが10月半ば、スティックタイプのインスタントコーヒーが5本入ったセットの販売を始めた。アメリカに先駆けて日本の店舗のほか、オンラインで売っている。

価格は1箱1500円。コンビニコーヒーが1杯100円、スティックタイプが1杯20〜30円で売っている昨今、1杯300円とはかなり強気な価格設定だが、同社のブライアン・ミーハンCEOは、「これまであったインスタントコーヒーは『まぁどれもよくできている』という感じだったが、これは驚きの完成度で、飲む人も違いがわかるはず」と自信を見せる。

持ちかけてきたのはネスレ

「コーヒー界のアップル」と言われるほど、完璧主義志向のブルーボトルが日本に初出店したのは2015年2月。本格的なサードウェーブ系コーヒー店の日本初上陸とあってオープン当日には、東京・清澄白河店舗前に大行列ができたことを記憶している人もいるだろう。

そのブルーボトルはその後、日本で青山や中目黒、京都、神戸などに着々と店舗を増やしているほか、今年4月には韓国に出店するなど、マイペースにアジア出店を進めている。もともと、ブルーボトルの特徴と言えば、厳選した豆をハンドドリップ方式で入れることにあるが、なぜこのタイミングで「正反対」ともいえるインスタントを投入したのだろうか。

実は今回、ブルーボトルにインスタント開発を持ちかけたのは、食品大手ネスレである。同社は2017年9月にブルーボトルの株式68%を取得する形で、同社を子会社化。「家中」を得意とするネスレにとって、ブルーボトルは「家外」事業強化する足がかりとなっていた。

もっとも、「ネスレはブルーボトルの経営に関与しないことを約束している」(ミーハンCEO)こともあって、これまで両社が協業する機会はほぼなかったといっていい。それがここへきて、ブルーボトルにインスタント投入を持ちかけた背景には、「自社ブランドよりも、高級路線のインスタントをやってみたい考えがあるのではないか」とミーハンCEOは見る。

ミーハンCEOによると、ネスレがブルーボトルに開発を持ちかけたのは2年近く前にさかのぼる。「その時点でネスレのインスタントコーヒー開発技術は非常に高いものがあったが、それを実現するブランドがなかった」(ミーハンCEO)。その後、試行錯誤を重ね、ブルーボトル側が納得できる質のインスタントができあがった。

インスタントというと、カフェやコンビニで買うコーヒーよりは手軽ゆえに質が劣る、というイメージがあるが、今回ブルーボトルが目指すのは「300円以上の体験」である。実際、10月半ば店舗でお披露目された際も、バリスタがスティックをグラスに入れ、お湯を注いでかき混ぜるという一連の作業がうやうやしく行われた。

日本のインスタント市場の潜在性

1杯300円という価格についてミーハンCEOは、「私は旅行に行く際、いつもコーヒー豆と豆を挽く道具、ハンドドリップで入れるセットを持ち歩いている。それを考えると、そのクオリティーのコーヒーが300円で飲める意義は大きい」と話す。


インスタントは入れるとこんな感じだ(ブルーボトルコーヒー提供)

「スペシャルティコーヒーが好きな人で、旅行やキャンプにコーヒーを淹れるセットを持っていくような人にとっては、その手間などを考えると300円はむしろ驚きの価格ではないか」。このほか、ギフトの需要もあると見ている。

ミーハンCEOによると、目下アメリカではサードウェーブ系が続々とインスタントコーヒーを発売しており、この流れもある。こうした中、同社は「日本は家やオフィスでインスタントを飲む習慣があり、インスタント市場としては大きい」(ミーハンCEO)としており、日本での様子を見てアメリカで販売するか見極めるようだ。

実際、スティックタイプのインスタントは日本でも数量ベースでは、市場規模が拡大している。インテージSRIの調べによると、年間20億900万杯と前年比6%拡大。大手がスティックタイプを出し始めた2010年と比べると、規模は2倍以上に膨らんでいる。

背景にあるのは、個食化の流れだ。かつてインスタントと言えば、瓶型が主流で「どの家庭にも瓶型のインスタントとミルクパウダーがあった」(日本インスタントコーヒー協会)。が、「夫婦に子ども2人」的な家庭が減る一方で、それぞれが好きなモノを飲食する傾向が強まったことでスティックタイプが徐々に主流に。現在は瓶や缶を含めたインスタント市場の3割近くを占めるようになった。

ただし金額ベースで見ると、少し違う風景が見えてくる。市場規模は328億円と前年比1%増と、数量ベース(同6%増)をかなり下回るのだ。業界関係者によると、近年は価格競争が厳しくなっており、中でもネスレが積極的に競争を牽引しているという。

スーパーやコンビニで販売しているスティックタイプと、ブルーボトルのスティックタイプでは商品内容や販売戦略などが大きく異なるため単純比較はできないものの、「ネスレとしては、高価格帯のスティックタイプを投入すると、どういう展開になるか見てみたいという思惑があるのではないか」(業界関係者)という見方もある。


粉状の状態(撮影:今祥雄)

ネスレとの協業としてもう1つ考えられるのが、缶コーヒーの製造委託である。ブルーボトルは現在、「コールドブリュー」という方法で抽出したアイスコーヒーを缶に入れて日本でも販売しているが、抽出やパッケージングはアメリカで行われており、これを輸入販売しているため価格が1本600円と高い(現地では3.99ドル)。

こうした中、現在ネスレジャパンと製造可能か協議中という。ある程度価格が下げられれば、一部のコンビニなど、従来以外の販路も探れると考えているようだ。ただ「日本ではブランド側が販路を選べる体制にない」(業界関係者)とあって、店舗とオンライン販売というのが現実的だろう。

旗艦店を大幅リニューアル

徐々に店舗以外で楽しめる商品を増やしているブルーボトルだが、店舗も少しずつ「変革」している。10月初旬には、旗艦店である清澄白河店をリニューアルオープン。もともと焙煎所を併設していたため、席数が8しかなかったが、焙煎所を別の場所へ移し、席数を47と大幅に拡大。ワークショップなどができる場所も設けるなど、カフェとしての機能をより充実させた。


リニューアルオープン当日の様子(ブルーボトルコーヒー提供)

従来は客がレジで注文をして商品を受け取っていたが、清澄白河店ではバリスタが客を席に案内し、注文をとるという喫茶店方式にしたほか、人気パティシェのアドバイスを仰いで独自開発したデザートも提供。世界初となる豆の量り売りも実施するなど、従来とは違う形に挑戦している。

日本上陸から4年半、ブルーボトルがここへきて旗艦店を大幅刷新する背景には、「多くの外資系飲食店のように単なる一過性のブームで終わるのではなく、コーヒー文化とコミュニティーを育成する道を探りたい」(アジア事業トップの井川沙紀氏)という考えがある。

実際、同社を囲む環境も変わりつつある。上陸と前後して日本でもサードウェーブコーヒーブームが湧き起こり、豆や焙煎、入れ方などにこだわったカフェが次々とできた。今年2月には、スターバックスが日本初となる焙煎工場などと一体化した大型店舗「スターバックス リザーブ ロースタリー東京」を中目黒にオープンするなど、大手の“進化”も止まらない。

こうした中、ブルーボトルが目指すのはそのちょっと先にあるコミュニティーに根付いた居場所。つまり同社が憧れている街の喫茶店のような場所である。

自ら歩いて文化や地域経済を肌で感じる

出店場所にもこだわりは大きく、進出当初から候補地にはすべてミーハンCEOが足を運んでいる。日本をはじめ、韓国なども積極的に訪れており、「僕がインスタをアップすると、そこにブルーボトルが進出するのでは、と臆測を持たれるほど」だという。


すべての候補地に足を運び、「フィーリングが合うところに決める」と話すミーハンCEO(撮影:今祥雄)

立地についてミーハンCEOは、「日本でスペシャルティコーヒーに関心を持つ顧客の属性はどんなかを見極め、そういう人がいそうなところを選んでいる」と話す。「視察の際には、近所を歩き、買い物をすると同時にどんな文化があるのかを観察し、これから変わる可能性がある、あるいは、変わることができる街を探す。すでに街の経済が活発でポテンシャルが高い顧客がいるにもかかわらず、進出していない場所も候補の1つだ」。

野心的な新商品を手がけながら、コーヒー文化やコミュニティー育成というマイペースな目標を掲げられるのも、年間売上高10兆円規模の調巨人、ネスレの傘下に入ったことが大きいだろう。同社はそれまで数百人に上る投資家がいたが、これらの株式をネスレが買い取ったことで「業績の説明や資金調達に回る必要がなくなり、自分の時間を店舗や商品開発に振り向けられるようになった」(ミーハンCEO)。


清澄白河店では、人気パティシェと開発したデザートメニューも(写真:ブルーボトル提供)

ネスレとの協業で家中事業を強化しつつ、独自の出店戦略でファンを増やしていく――。ミーハンCEOによると、現在のところ日本における店舗はいずれも順調で、今後も関西含め店舗を増やしていく考えだ。

とはいえ、消費者の嗜好は変わりやすいうえ、今後もコーヒーのみならず、さまざまな形態のカフェが登場することが見込まれる。コミュニティー育成という事業拡大より大きな目標を達成するには、商品や出店戦略などを微調整しながら地域にファンを増やしていく施策を続けることが欠かせない。