「発声障害はアスリートのイップスと共通点が多い。大舞台に立つほどミスへの恐怖感が増大していくところとか。自分を追い込む完璧主義者がなりやすい」と語る山森隼人氏

歌がうまくなりたい、いい声になりたい。そんな願望を誰しも一度は抱いたことがあるのでは?

『自分でも気づかなかった 美しい声になる歌がうまくなる奇跡の3ステップmethod』は現役ボーカリストによる「美声」にまつわる本だが、歌唱テクニックを寄せ集めた読み物では決してない。著者である山森隼人氏は再三にわたって発症した発声障害と付き合っていくなかで、決して再発しない治療メソッドを自ら会得。

有名アーティストにも指導を施す、「人生観を変える発声法」の極意を聞いた。

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――ご経歴を教えてください。

山森 1997年に「DuelJewel」というバンドを結成し、ボーカルを担当。2010年に事務所を独立してからは特に精力的に活動していたんですが、ある日レコーディングで声を出そうとしたら全然出なくなっちゃって。歌おうとすると力が入らない、音程もとれないという状態に陥りました。

――急に出なくなったんですね。

山森 すぐにドクターに相談したら、機能性発声障害と診断され、「長い目で見ながら体に合った治療法を探していくしかない」と言われて。目の前が真っ暗になったのを覚えています。

――何度も再発されたそうで。

山森 完治寸前まで改善した時期もあったんですけどね。これはもう根本的に何かを変えないと絶対に克服できない病だと気づきました。それから医師の治療以外で独自の研究とリハビリを重ねることで完治。

今では自らの経験をもとに、flumpool(フランプール)の山村隆太さんをはじめ、喉の不調を抱えた方へのコーチングを行なっています。

――根本的に変えないといけないことってなんですか?

山森 まずやらないといけないのは自分の歌い方をしっかりと意識すること。例えば、多くのボーカリストは歌うときに空気を吸いすぎる癖がついているので、体の軸がぶれています。だから横から体を押されるとぐらついてしまう。正しい体の使い方ができていないことが発声の崩れの主な原因なんです。

――プロの歌手でも正しい歌い方ができていないんですね。

山森 活躍している方ほど、自分の歌い方の変化に気づかないことが多いですね。「なんで今日は声が出にくいんだろう?」という原因の究明をしないで気合いで乗り越えてしまう。それでは必ず再発します。

――まずはその意識から変えていくんですね。

山森 はい。その意識を変えるために私は呼吸の方法から直していきます。人は頑張ってしゃべろう、歌おうとすると力んでしまう。そこで注目したのが赤ちゃんの泣き方です。

赤ちゃんって声帯がすごく小さいのに一日中泣いても喉がかれないですよね。きっと生命維持のために効率よく声を出しているんじゃないかなと。僕らは大人になるにつれてだんだん忘れてしまっていますが、そういった根源的な呼吸や発声にこそ、ヒントが詰まっているんです。

――呼吸の癖を直すのが第一と。

山森 あとメンタルコントロールも非常に大切。以前、flumpoolの山村さんのライブリハーサルに同行しましたが、僕のスタジオで練習しているときには問題なく歌えていたのに、部屋が広くなると途端に強く息を吸ったり、吐いたりしていました。

僕もボーカリストをしていて感じますが、どうしても大きなステージになると声を大きくしなければいけない気がしてしまうんです。でも、マイクと自分の関係性は東京ドームでも四畳半でも変わらない。だから山村さんの目の前に立って、「僕の鼓膜が破けないように歌ってください」と指導しました。

――普通のボーカルトレーニングとはイメージが違いますね。

山森 発声障害は精神的なケアがより必要になってきています。発声障害を患う方は「こうじゃなきゃいけない」と自分で自分を追い込んでいく完璧主義者の方が多い。発声自体の指導はもちろん大事ですけど、問題を根本的に解決するためにはその方の思考や考え方にも積極的に介入していき、人生観を変えていくことも大事なんです。

――まるでアスリートのイップスみたいですね。

山森 かなり共通する部分が多いです。大舞台に立つことが増えるとミスへの恐怖感が増大していくところとか。僕もライブで少しでもミスをすると、「これじゃ全然ダメだ。恥ずかしい」と考えてしまっていました。

――山森さんも精神的な変化があった?

山森 背負っているものを一度すべて下ろしたら、過去の自分がいかに頑固で完璧を求めていたかがわかりました。自分は音楽がなかったら生きている価値がないと思っていたけど、実際はそんなこともなかった。もっと気楽に考えればよかったなって。物事の考え方を根本的に変えられたので発声障害も克服できました。

――2016年に解散したバンドも現在は再結成。同じ悩みを抱える方にとって心強い存在でしょうね。

山森 声が出ないつらさは痛いほどわかるので、私だからこそかけられる言葉があると思います。自分の経験をもとにボーカルトレーニングを始めてからは、どんな症状の方でも、ほぼ全員が復調されています。最近はビジネスパーソンの方からの依頼も増えているんです。

声を変えることは呼吸を変えることでもありますが、それってつまり生き方を変えることでもあるんです。今後はあらゆるジャンルの方に役立てるようなセミナーにも力を入れていきたいですね。

――これから年末にかけてはカラオケに行く機会が増える方も多いはず。ぜひ日常的に使えるテクニックを教えてください!

山森 とにかくいい声を出したいなら顎を引くこと。これはカラオケでもプレゼンでも普通の会話でも通じるテクニックです。

しゃべったり歌ったりすると、自然と頭が前に出てきます。この姿勢だと体にうまく力が入らないので、喉だけで声を出そうとしてしまう。首が前にあると喉の位置もどんどん前に行ってしまいますが、顎を引くと喉仏が正しい位置に来るので、喉に余分な力も入らなくなります。

それから、うがいも効果的です。水を少し多めに口に含み、舌を前後に動かして15秒ほど続けてください。強く、速く、前後に水流を起こすようなイメージです。顎を引きながら目線を上にするとなおいいですね。

首や顎のあたりに疲れが出てくれば調整完了。体の姿勢、首や腰の角度を意識するだけで、喉に力みなく、芯のあるいい声が出せますよ!

●山森隼人(やまもり・はやと)
ビジュアル系ロックバンド「DuelJewel」のボーカルとして約20年間にわたり国内はもとより海外でのライブも精力的に行なうが、歌唱の際に突然声のコントロールが利かなくなる「機能性発声障害」を発症したため、2016年に同バンドを解散。その後、発声についての研究と独自のリハビリトレーニングを行ない、完治。その経験を生かし、発声に関する悩みを抱えるアーティストをサポートするため「Re ボーカルコーチング」を発足。医療機関やスポーツトレーナーとも協力しながら、「flumpool」をはじめ多くのアーティストのステージ復帰を実現している。2019年には「DuelJewel」も復活し、全国ツアーを行なう

■『自分でも気づかなかった 美しい声になる歌がうまくなる奇跡の3ステップmethod』
(光文社 1500円+税)
「機能性発声障害」を発症して知ったのは、今までやってきた間違いだらけの歌唱法だった――。自身の発声障害をはじめ、多くのボーカリストの声の悩みをほぼパーフェクトに解決してきた驚異の発声法を初公開。カラオケやプレゼンなどの日常的な声の悩みも3ステップ&図式入りでわかりやすく解説。「3年間発声障害で悩み続けたけれど、出会ったその日に治ると確信できた」というflumpoolのボーカリスト、山村隆太さんも大推薦!

取材・文・撮影/草作