素材や機械メーカーで活躍する文系出身社員は多い(提供:三井化学)

就活において学生の誤解は数多いが、その中でも最も大きな誤解が「文系はメーカーに就職できない」「文系はメーカーに入社したら営業しかやらせてもらえない」といったものではないだろうか。

とくに素材や機械といったBtoBメーカーは、自分に縁のない会社だと思い込んでいる文系学生がとても多い。メーカーといえば工場や研究所のイメージが強く、理系学生が進む企業だと決めつけている。

しかし、どのメーカーでも文系社員を必要としている。メーカーにも文系出身が担当する職種はいろいろあるし、実際に活躍している文系社員が多数いる。そこで学生のメーカーへの誤解を解くべく、文系の大学3年生が実際にBtoBメーカーを訪問して採用方針や文系社員の活躍状況を取材した。

文学部哲学科からも採用する三井化学

三井化学は国内第3位の総合化学メーカー。汎用の基礎化学品から自動車部材用の樹脂、メガネレンズ材料など幅広い製品を生産する。化学といえば煙突の立ち並ぶ工場や、白衣を着た研究員のイメージが強い。そこで自分にはまったく関係ない業界だと思い込んでいる文系学生は少なくない。


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同社の新卒採用は毎年100人程度で、約3割が文系。文系の半分は総務や経理などの管理部門に、もう半分は事業部に配属となる。同社は事業部制であり、事業部に配属された場合はその事業に関連したさまざまな業務をこなす。文系だからとりあえず営業部へ配属するといった人員配置はない。

三井化学を取材したのは、明治大学政治経済学部の蔭平萌恵さんと商学部の鈴木佳裕さん。まずは三井化学人事部の櫨山義裕さんに話を聞いた。

蔭平萌恵さん(以下、蔭平):文系は化学の知識がありませんが、文系学生のどこを見て採用していますか。

三井化学・櫨山義裕さん(以下、櫨山):基本的にはポテンシャル採用です。意欲的な学生生活を過ごしたか、チャレンジ精神はあるか、好奇心は旺盛かといったことを見ます。化学の専門性を問うことはありません。哲学専攻の学生を採用した例もあります。

鈴木佳裕さん(以下、鈴木):化学製品をどうやって覚えるのですか。

櫨山:OJT(職場内訓練)もありますが、各事業部門で製品勉強会が開催されており、有志の勉強会もあります。わからないことがあれば弊社の研究所や製造現場へ行って、担当者に直接聞くこともできます。弊社では研究員も現場社員もフランクに対応してくれます。

実際、どのように文系学部出身は活躍しているのか。まずはコーポレートコミュニケーション部の上田晋さん(41)にインタビューした。上田さんは慶応義塾大学の経済学部を卒業し三井化学に入社。大牟田工場の管理部経理グループから基礎化学品事業本部、経営企画部を経て、現在はコーポレートコミュニケーション部のIRグループに所属している。

蔭平:今まででいちばん印象に残っている仕事は何ですか。

上田晋さん(以下、上田):経営企画部時代の2016年に2025年をゴールとした長期経営計画を策定したことです。社内の各部署から選ばれた十数人のメンバーとともに会社の方向性や業績目標を定め、その実現のための基本戦略を練りました。経営企画部内で素案ができると、それを経営陣に持っていき議論して詳細を詰めます。素案の提出から議論というプロセスを10数回繰り返しました。

プレッシャーはありましたが、会社の方針決定に立ち会えたのはとてもいい経験でした。自分がホワイトボードに書いたことが長期経営計画に織り込まれることに大きな責任とやりがいを感じました。

鈴木:現在のIRグループではどんな仕事をしているのですか。


三井化学のIRグループに所属する上田晋さん。投資家の取材対応は年間400件を超える(筆者撮影)

上田:投資家への対応です。弊社の方向性、戦略、決算数字、業績見通しなどを把握したうえで投資家へ説明をしています。機関投資家のファンドマネジャーやアナリストから年間400件以上の取材を受けます。投資家への説明のために、社長や副社長と2人で出張というのも珍しくありません。海外投資家への説明のためには6泊8日5カ国9都市といった強行出張もあります。

会社のトップと行動を共にすることで経営陣の考えを知ることができます。また投資家の取材に備えることで会社全体を知ることができます。

IRとは会社の価値を投資家に売り込むという重大な業務であり、上田さんはその中心で活躍している。自分が取材対応した投資家が、三井化学の株式を大量に買い付けてくれたときに大きな達成感を感じるそうだ。

次にヘルスケア事業本部の山下健一郎さん(44)にインタビューした。山下さんは慶応義塾大学の商学部を卒業後に三井化学に入社。大牟田工場の総務部から農業化学品事業部、基礎化学品事業部を経てドイツ駐在員として活躍。現在はヘルスケア事業本部で事業戦略策定を担っている。

鈴木:今までのキャリアの中で会心の仕事は何でしょうか。

山下:2013年にドイツ企業から歯科材料事業を買収するプロジェクトに携わったことです。弊社としては最大規模の海外M&Aをコアメンバー3人で遂行したので非常にチャレンジングでした。M&A成立後の経営戦略も担当したのでやり切ったという感覚がありますし自分自身が成長できたと思います。

2013年6月、三井化学はドイツの産業用貴金属加工メーカーであるヘレウスから歯科材料事業を4億5000万ユーロ(当時約549億円)で買収した。同社は成長の見込めるヘルスケア分野を強化する方針で、このM&Aは三井化学の将来に大きな影響を与えるものだった。

山下氏は30代半ばという若さで、この重大なプロジェクトに加わった。M&A成立後もドイツに駐在してヘルスケア事業を担当し、欧州内の関係会社のマネジメントを行った。帰国後はM&Aや海外事業の経験を社内で共有するための勉強会を開催している。

蔭平:文系・理系関係なくチャンスがあるのですね。


ヘルスケア事業本部の山下健一郎さん。ドイツ企業から歯科材料事業を買収するプロジェクトに携わった(筆者撮影)

山下:入社して10年ぐらいで大きなチャンスがあるでしょう。最近は事業範囲が広がっているのでもっと早いかもしれません。化学メーカーは素材を作っていますが、素材はあらゆる産業分野と関連するのでいろいろなビジネスを展開することが可能です。自分で事業を企画立案し製造や開発の人たちを引っ張っていくぐらいの意識が必要です。

在籍社員の半数は文系出身の日東工器

日東工器は水・油・ガスなどが通る配管の簡易接続器具である「カプラ」の国内トップメーカー。自動車や半導体などの製造工場はもちろん、建設現場、一般家庭などあらゆる場所に配管がめぐらされているが、その配管の接続にカプラが使用されている。

水素を活用して走行する燃料電池自動車の車両側充填口には同社のカプラが使用されている。また車両に水素を注入するホースの先にあるノズルも同社製だ。同社の技術がなければ燃料電池自動車は走行できない。

同社は技術力の高さを背景に市場シェアが高く、創業してから赤字決算が1度もないほど経営が安定している。無借金で自己資本比率が87%と財務体質も極めて良好だが、製品自体が目立たないことから文系学生の間での認知度は高くない。

採用人数や文・理系の比率は年によって異なるが、社員の約半数が文系学部出身であるし、小形明誠社長は経済学部出身。文系学生が入社しにくい会社ではない。

日東工器には明治大学商学部の大亀雅秀さんと鈴木佳裕さんが取材した。最初に人事部の高橋佑子さんにインタビューした。

鈴木佳裕さん(以下、鈴木):文系はとりあえず営業部門に配属されるのですか。

高橋佑子さん(以下、高橋):文系卒で入社してもさまざまなキャリアパスがあります。営業はもちろんですが人事や総務などの管理部門に配属されることもあります。また情報システム部でSEの職種につくこともあります。採用の文・理比率は年度によって異なりますが、在籍社員の文・理比率は半々です。

大亀雅秀さん(以下、大亀):文系は製品に関する知識はありませんが、どのように知識を身に付けていくのですか。

高橋:内定時点(大学4年時)と入社後すぐの時点で工場へ行って生産現場を見ていただきます。また、入社して数カ月は顧客からの製品の問い合わせ業務をこなしたり、物流センターで製品管理をしたりすることで、どんな製品がどのようなルートで顧客に届くか理解していただきます。

顧客からの問い合わせに対応するには豊富な製品知識が必要で、自ずと製品を勉強することになる。入社して物流センターで製品管理となれば、いかにも文系社員が虐げられているようなイメージだがそんなことはない。製品を手に取って仕事をすることで製品知識が増えていくのだ。

それでは文系学部出身の社員は入社後に活躍しているのか。まずは東日本支社・販売推進部の小谷啓太さん(29)に話を聞いた。小谷さんは国士舘大学21世紀アジア学部で韓国語を専攻した。機械とは直接結びつかない学部の出身だ。

現在はカプラを中心に販売しているが、最終ユーザーをしらみつぶしに訪問するといった営業ではなく、商社と一緒に販売戦略を立てながら提案営業を行っている。小谷さんは入社3年目の25歳のときに、赴任先の静岡で展示会「アタックフェア」を大成功させた実績を持つ。

アタックフェアの責任者に任命された小谷さんは、会場選びから会場レイアウト、設営、集客などすべてを担当した。その結果、同地域での前回の展示会動員数が200人だったのに対し、4倍の800人を集めることができた。この数字は記録的なもので、当時「小谷がすごいことをやったと社内で話題になった」(人事部)。

鈴木:展示会での動員に成功した要因は何ですか。

小谷啓太さん(以下、小谷):最終ユーザーを集めるには、弊社とユーザーの間にいる商社さんをその気にさせる必要があります。商社とユーザーに展示会へ出席するメリットを実感してもらわなければなりません。こうしたときに役立つのは日頃のつき合いです。文系も理系も関係ありません。

大亀:文系であることに不利を感じたことはありますか。


日東工器の「カプラ」はさまざまな製品に使われている(写真:日東工器)

小谷:私の場合は入社後に東京で半年間の研修がありました。その後、静岡支社に配属されましたが、最初から1人で仕事をしたわけではありません。専門用語などでやや苦労しましたが、先輩社員がマンツーマンで指導してくれました。先輩と行動を共にして、先輩の商談を見ながら仕事を覚えていきました。製品を使っているのは理系出身のエンジニアだけではありません。文系の人もいます。そういった場合は、文系の私がかみ砕いて説明したほうがいいこともあります。文系が不利とは限りません。

日東工器では国立大学・文学部史学科卒の女性社員(32)にも話を聞いた。現在は商品の受発注や顧客からの電話対応、さらに製品の生産計画に携わっている。受発注や電話対応には豊富な製品知識が必要であるのは言うまでもない。

また、生産計画を立てるときは自分たちの部署だけでなく、生産管理部門や工場と連携する。「今この製品が売れ筋だからこの出荷を増やそう」といったことを決める、会社の司令塔のような仕事である。営業のように表には出ないが、こうした重要な仕事を文系出身でも担当することができる

新卒文系社員の4割が技術開発職を選ぶディスコ

ディスコは半導体や電子部品の精密加工装置を製造している。海外売上比率は80%超。「ダイシングソー」と呼ばれる切断装置の世界シェアは8割、「グラインダ」と呼ばれる研削装置の世界シェアは7割。そのほか高輝度LED向け加工装置の世界シェアは10割と圧倒的。半導体メーカー世界トップのインテル社から優秀なサプライヤーとして表彰されるほど技術力が高い。

2019年卒の新入社員のうち約半数が文系出身。文系出身の学生であっても技術開発系へ進む人が4割もいる。ディスコでは入社するとアプリケーション大学(AP大学)というOJTのための部署に配属される。そこで1〜2年間、加工関連の技術を身に付けつつ、自分が興味のある部署の仕事も並行して経験できるようになっている。

AP大学卒業後はAP大学での成績によって行きたい部署に手を上げることができる。文・理系問わず開発職になれるのはこういった制度があるからだ。明治大学文学部の谷口夏乃さんと商学部の大亀雅秀さんが、ディスコを取材した。まずは人財部の野上健史さんと福田綾香さんに話を聞いた。

谷口夏乃さん(以下、谷口):採用試験では文系学生の何を見ますか。

野上健史さん(以下、野上):弊社は独特の価値観も持った会社なので、会社とのフィット感を重視します。自分で配属先を選ぶことができるので、自分で考えて仕事を作り出せるような人が好ましいです。会社から言われた仕事をこなすだけの人には向かないと思います。文系か理系かはあまり関係ありません。

大亀雅秀さん(以下、大亀):キャリアパスについて教えてください。


半導体、電子部品向け精密加工装置で世界首位のディスコ。本社内には社員寮や託児所を備えている(撮影:尾形文繁)

野上:入社して1カ月は本社でビジネスマナーや会社のルールなどを学びます。その後、広島にある工場で大卒だけでなく、院卒や高卒も一緒に技術研修を受けます。そして本社へ戻ってきてからAP大学へ配属されます。文系でもAP大学を卒業後にエンジニアとなって、ずっと続ける人もいます。

また、いったんエンジニアになって技術の知識を生かし、知的財産部門や広報部へ異動する人もいます。広報担当として外部へ製品説明をするときには技術経験があったほうがいいですね。

文系出身者だけをとくにサポートする制度が用意されているのではない。しかし、AP大学にいる間に技術研修をベースにさまざまな経験をすることで職種選択の幅が広がる。実際に文系学部出身でエンジニアとして活躍している女性社員Aさん(32)に話を聞いた。Aさんは関東にある私大の経済学部を卒業後、AP大学を経てレーザー技術部で仕事をしている。

大亀:文系なのになぜ開発職に就こうと思ったのですか。

Aさん:AP大学が私の人生を変えたと思います。文系学部なので入社したら購買か総務かと思っていました。しかし、AP大学で技術を学んだら技術系の仕事についていけたし面白かったのです。

谷口:文系ということで苦労はありましたか。

Aさん:大学時代に実験なんてしたことがないので、最初は実験リポートをまとめるのに苦労しました。先輩のリポートを見たり、リポートのまとめ方の本を読んだりして書き方を勉強しました。先輩たちが誤字脱字も含めてチェックしてくれるので、チェックと再提出を繰り返しているうちに書けるようになります。

Aさんは入社3年目で新技術を開発し、取引先の半導体製造コストと製造時間を大幅に削減することに成功した。通常ガラスを切るときはレーザーで切れ目を入れた後、物理的な力を加える。しかし、Aさんは力を加えずにレーザーだけで切り取る技術を開発した。

この技術は韓国の半導体製造企業に採用され、1億円以上のコストカットと製造時間30分の短縮に貢献した。物理的な力を加える装置が不要になり、その装置をオペレーションするための人件費も浮いた。

次に営業部のBさん(30)にインタビューした。Bさんは関西の私大の経営学部卒。AP大学を卒業後、技術開発本部でグラインダー(研削装置)の開発などの開発に携わり、その後営業部へ異動し現在に至る。 昨年度、電子部品向けの小さいチップを切断する装置(ダイシングソー)の販売に成功した。

大亀:メーカーにおいて文系であることの強みは何ですか。

Bさん:技術の専門家ではないからこそ、顧客にわかりやすく説明できるのです。理系の人だと自分がわかっているので、相手もわかって当然ということになってしまう。文系のほうが顧客と同じ目線に立った説明ができると思います。

Bさんが営業で実績を上げているのは、開発職で培った知識が役立っているからだ。とくに開発部門で携わっていた装置が非常にニッチなものであったため、その分野の知識については圧倒的な自信を持っている。文系であっても開発職で身に付けた知識をベースに成果を上げることができる。

理系学生であっても大学の専攻と会社での業務が一致することは多くない。入社時に専門知識がないという点においては文系も理系も同じだ。これまで見てきたようにメーカーにはさまざまな仕事があるし、その仕事を覚えるためのOJTや研修もある。倉庫整理のような雑用に見える研修でも、実はその後のキャリアに役立つ研修もある。

メーカーは社員育成に心を砕いており、文系を軽視することはない。何よりもメーカーは理系だけでなく文系も採用したいのだ。今回取材した3社も文系学生の応募を強く期待していた。イメージや噂でメーカーへの就職を諦めるのではなく、文系学生もメーカーを就職対象と考えるべきだろう。