「いま考えれば、工場を飛び出さずに素直に帰国すればよかったと思っています。逮捕されて裁判になることや、強制送還も一瞬よぎりましたが、不法就労をするとどういうことになるか、ほとんど考えていませんでした。生まれの西安にかえっても、わたしに仕事はありません。ですが、南部に行けば、日本で学んだ技術を十分に生かした仕事に就けると思っています。わたしはもうそろそろ30才、帰国して家庭を築かなくてはいけません」

 不法滞在・就労についての知識も乏しく、ズルズルとオーバーステイしてしまったのだろう。弁護士との打ち合わせ通り、計画的犯行ではないことを訴えているのだろうが、李君の当時の心境はその重苦しい表情からも伝わってくる。紙をたたんでも、たたんでもわずかばかりのカネしかもらえず、気が付けば在留期間が終わってしまった。しかし、学んだことといえば、紙のたたみ方とカタコトの日本語のみ。いまさら国に帰っても仕事が見つかる保証などないし、思い描いていた3年後とはあまりにも違いすぎる。ならば、とりあえず日本で生活して、将来のことを考えるのは先延ばしにしておこう。そんな感じでズルズルと日が経ち、とうとう捕まってしまったのだろう。

◆李君はどんな生活をしていたのか?

 裁判中に李君は、逮捕の直前まで江戸川区新小岩にある自宅に住んでいたと話していた。駅から歩いて15分ほどの住宅街で、歩いている人には中国人が多いようだった。たまたま近辺を歩いていた中国人夫婦に李君の名前を聞いてみる。

「李って苗字はいっぱいいるから同じか知らないけど、うちは中国人の留学生専門の下宿をやっていてね。李って人も最近までいたよ」

 夫婦によると、「李君は恰幅がよかった」というので別の人だとは思うが、聞くところによるとこの辺には同じような下宿がいくつかあるらしい。夫婦と一緒にボロボロの下宿に入り、鍵のついていない狭い部屋を開けてみると、散らかった床にベッドが2つ置いてあり、中国人の若者が眠そうな目をこすりながらこちらを見ている。李君もこんなふうに日々を過ごしながら、いろいろなことを考えていたのだろうか。

 裁判官が「今後も日本には来たいと思うか」と問うと、「日本にはもう来ません。もう来たくありません」と、李君は答えた。判決は懲役1年の執行猶予3年。李君はこれから強制送還となる。どうか、母国の中国では明るい顔をしていてほしいと願うばかりだ。

<取材・文/國友公司>

【國友公司】
くにともこうじ●1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。著書に『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)。Twitter:@onkunion