フランス人の筆者が「家族サービス」という言葉に抱く違和感とは(写真:kikou/PIXTA)

少し前になりますが、フランス映画『Un Homme et une Femme(男と女)』の続編を見る機会がありました。そう、1966年に公開されたClaude Lelouch(クロード・ルルーシュ)監督による恋愛映画の続編です(日本では来年1月公開予定)。

なんと53年ぶりの続演となった映画「Les plus belles années d’une vie(男と女 最良の日々)」では、主演のJean-Louis Trintignant(ジャン=ルイ・トランティニャン)とAnouk Aimée(アヌーク・エーメ)は当然、「おじいちゃん」「おばあちゃん」です。それでも、メインテーマは「アムール(愛)」。アムールの強さや情熱などが描かれているのです。

恋愛する時間がない日本人

その中でこんなセリフがありました。「Qu’est-ce qu’on peut être beau quand on est amoureux!(恋に落ちている人はつねに美しい!)」。


今回が連載1回目です

これはまさにフランス人の愛に対する考えを表しています。フランス人にとっては、いくつになってもアムールは大事。結婚している、していないは関係なく、誰かに恋愛感情を抱くことで得られる特別な気持ちを持ち続けることが重要なのです。このセリフはまた、「今を楽しむ」ことを祝福するものでもあります。過去でもなく、未来でもなく、この瞬間を楽しむ。84歳の男女でも、です。

一方、私は日本に長く住んでいますが、今ほどアムールが「弱体化」している時代はないのではないか、と思っています。私から見ると、多くの日本人は、恋愛をする時間もエネルギーも残っていない感じです。

「仕事がメイン」という考え方が悪いわけではありませんが、行き過ぎ感がある。残業や過労死、少子化はすべて時間の使い方に関係する問題だと思います。こういう話をするたびに「フランスと日本は違う」「日本は日本」と言われてしまうのですが、そろそろ時間の使い方は見直さなければ。

フランスは「世界一労働時間が短い」国として知られています。だから、週末とか夜とか自分のための時間がとても長い。1日でいうと、仕事が終わってから「セカンドライフ」が始まるのです。日本と違うのは、フランス人は仕事が終わってから仕事の人と出かけることはほとんどないこと。それどころか、「完璧に違う人物」になるわけです。だから、夜遊ぶ友達が何をしている人か知らない、なんてことも。

もちろん、仕事が終わってから友人と遊んだり、趣味や勉強、ボランティアに力を注ぐ人もいます。ですが、レストランがほとんど2人席なのを見ればわかりますが、フランスは基本的に「カップル文化」なので、カップルで出かけることが少なくありません。

子どもがいるカップルでも、子どもを預けてデートを楽しむことは普通。余談になりますが、私の両親は私が生まれてからわずか3カ月後に、私を祖母に預けて2人で旅行に出かけました。しかもメキシコに! 日本だったら信じられないですよね。

デートのドタキャンに驚く

ウィークデーにカップルで会う場合、例えば午後6時とか7時に待ち合わせて、まずアペリティフ(食前酒)を楽しみます。そこでこれから何をするか話し合う。その後、映画や芝居、食事などに出かけるわけです。

そんなに会っていて会話が尽きないのかって? もちろん、人にもよるでしょうけれど、フランス人のカップルは本当にいろいろな話をします。例えば政治のようなシリアスな話から、互いの友人のことや次のヴァカンスの行き先、子どもや仕事のことまで。とくに互いの関係が微妙なときこそ、話し合う、コミュニケーションをとるようにします。もっとも、フランス人はカップルであろうがなかろうが、話し好きなんですけどね。

フランス人は自分の人生を楽しみたいと思っているし、限られた時間を有効に使いたいと考えています。せっかく時間を使うのなら、友達でも恋人でも「好きな人」「一緒にいて楽しい人」と過ごしたいと思うわけです。義理のために時間を使うということはあまりないですね。

いつだったか、付き合っていた日本人の男性に、「7時から急に会議が入ったから出かけられなくなった」とデートの直前になってドタキャンされたことがありました。こちらは朝から楽しみにしていたのにまさか直前に断るなんて! これには本当に驚きました。フランス人であれば、断る対象は「急に入った会議」です。

だから、日本に来て初めて「家族サービス」という言葉を聞いたとき、心底驚きました。「え?妻や子どもと過ごすことがサービスなの!?」って。アムールとはパートナーに対するものだけではなく、子どもに対してももちろんある。仕事ばかりしていると、心に余裕がなくなって誰かを大切に思う気持ちがどこかへ行ってしまうのかもしれません。

目下、日本で開催されているラグビーワールドカップで、フランスらしい話があります。フランスチームは、選手、スタッフとも家族同行が許されていて、多くがか家族やパートナーを連れてきています。


フランスのMaxime Médard(マキシム・メダール)選手は熊本に家族を連れてきていた。試合後には子どもとスタジアムで遊ぶ姿も(筆者撮影)

先月、私が熊本に試合を観戦に行ったとき、たまたまフランスチームと同じホテルでした。ホテルでは選手やスタッフが家族やパートナーと団らんしている姿が印象的でした。フランス人にとって、家族はサービスをしなければいけない対象ではなく、心身共になくてはならない存在なのです。

フランスはカップル文化と言いましたが、もちろん恋人がいない人もいる。そういう人がどこで出会うのかというと、例えばよく行くカフェやビストロなどで常連さんだったり、声をかけたりかけられたりして出会うことが少なくありません。あるいは、勉強やスポーツ、ボランティアなど趣味の場、近所の人やホームパーティというのもよくあります。

心底驚いた「女子会」という存在

ただ、実はフランスでも出会いが難しくなってきています。かつては男性が声をかけて恋が始まる、なんて映画のようなことがよくありましたが、最近はテロなどの心配もあってかつてほど、気軽に話しかける雰囲気ではなくなっているようです。

出会いについて言えば、日本に来て本当にビックリしたのが、「女子会」。フランスでももちろん、女友達はいるし、ガールズトークを楽しむときもあります。ただ例えば女性同士4人で集まってディナーをするといったことはあまりない。たまたま集まった4人が女性だった、ということはあったとしても。

女性だけで集まる文化は日本だけではないですね。アメリカなんかも「ガールズナイトアウト」とか、男女別々に出かける機会が結構ある。その点では、フランスが突出してカップルに重きを置いている文化なのかもしれません。

日本は女性専用車両とか女性専用ホテルとか、女性専用が多いですよね。女子会もその流れかもしれません。日本の男性の中にはお酒の席になると、急に調子に乗って女性を口説いたり、触ったりする人もいますから、女性だけで集まるほうが安全に楽しめるのかな、と思うこともあります。

ここまで書くと、日本人が恋愛に消極的なのは、男性が忙しすぎるから、と捉えられてしまうかもしれません。ただこれには世代的なものもあると思います。

今はトランジションの時期

日本は戦後、経済発展を遂げる中で、とくに男性は仕事や会社中心の生活にならざるをえなかった。ウィークデーは残業したり、仕事が終われば会社や取引先の人と飲みに行くのが普通だったし、ウィークエンドも仕事関係者とゴルフに行った後、温泉に行ったり。

60代くらいの男性に会って、「お嬢さんお元気ですか?」って聞くと、「娘のことは全然わからない」なんて言う。「母親と娘は仲がよくていつも遊んでいるけれど、私はいつもゴルフだから」なんて。でも日本のサラリーマンシステムを支えていたのはこういう文化なのだから仕方ないとも思います。

むしろ大事なのはこれから。今はちょうどトランジションの時期だと思います。今の若い男性は子どもと遊ぶのが好きで、家族との時間を大事にしている人もたくさんいる。パリやニューヨークに比べると、東京や大阪といった大都市の人はやはり忙しすぎるし、時間に対する意識はまだまだ低いと感じます。

日本は今、政府と民間が一緒になって働き方改革に取り組んでいます。もちろん政府や企業には働く時間を減らす工夫や取り組みを進めてもらいたいですが、個人レベルでも限りある時間とエネルギーをどうやって配分するか、本当にやりたいことは何なのか、誰と過ごしたいのかを考えてもらいたいです。アムールを含めて人生をより豊かで充実したものにしてください。