ラグビーW杯初のベスト8進出を決めた日本代表(写真:AP/アフロ)

9月20日のロシア戦18.3%ではじまり、28日のアイルランド戦は22.5%(後半)、10月5日のサモア戦は32.8%、13日のスコットランド戦は39.2%と、右肩上がりで超高視聴率を連発したラグビーワールドカップ日本戦(ビデオリサーチ、関東地区)。

しかもスコットランド戦の39.2%は、今年放送された全番組のトップであり、各地の視聴率も、札幌42.9%、仙台34.8%、名古屋39.1%、関西37.2%、岡山・香川32.6%、北部九州33.8%と、日本全国で見られていることがわかるのではないでしょうか。

テレビ中継だけでなく、パブリックビューイングやネット上の動きなども含め、世の中は空前のラグビーブームが起きています。なかでも、夏季オリンピックやサッカーワールドカップと明らかに違うのは、「ルールがわからない」「ほとんど選手を知らない」という“にわかファン”の多さ。しかも自ら「私、“にわか”だから」と公言して楽しむ人が多いのです。

なぜ日本中に“にわかファン”があふれることになったのか。ここでは「試合、選手、大会、テレビ局」という4つの観点から、その理由を掘り下げていきます。

全4試合「にわか」も楽しめる劇的な勝利

日本中が“にわかファン”であふれる最大の理由は、当然というべきか、日本の躍進。しかも単に勝つだけでなく、劇的なシーンの連続で、新たなファン層を掘り起こしています。

まず初戦の相手は、「プールA最弱」と言われたロシアだけに、「緊張感を差し引いても、自国開催だし楽勝だろう」というのが大方の見方。しかし、ロシアにまさかの先制トライを奪われ、0−7とリードを許す苦しいスタートとなりました。前半終了間際にようやく逆転したものの、「ボーナスポイントが追加される4トライ目を奪えるか」という注目点があり、最後まで目が離せない試合だったのです(最終結果は、日本30−10ロシア)。

2戦目の相手は、逆に「プールA最強」で世界ランキング2位のアイルランド。今大会の初戦でも、前大会で日本が大敗を喫したスコットランドに完勝するなど、「さすがに勝てないだろう」と言われていました。

実際、前半は2トライを許す一方、日本はノートライで必死に食い下がるという苦しい展開。しかし、後半に1トライを奪い、アイルランドに1点も許さず、4本のペナルティゴールを積み重ねて逆転勝利を収めました(最終結果は、日本19−12アイルランド)。

3戦目の相手は、「プールAでは日本と並ぶ3番手」と言われていた難敵・サモア。前大会で勝利したものの、ボーナスポイントを取れなかったことが響いて準々決勝に進めなかっただけに、今大会では「勝つだけではなく4トライを奪えるか」が焦点でした。

前半で1トライしか奪えず、「残り5分で2トライが必要」というピンチを招きながらも、「ラストワンプレーで4つ目のトライを奪う」という劇的な勝ち方で、ボーナスポイントを獲得したのです(最終結果は、日本38−19サモア)。

プールAの最終戦となる4戦目の相手は、日本の宿敵・スコットランド。前大会の初戦で優勝候補の南アフリカに勝ちながら、次のスコットランドに大敗したことで準々決勝に進めなかっただけに、リベンジのムードは最高潮に達していました。

しかも、スコットランドは日本がサモア戦で決めた最終トライに異議を唱えたほか、「台風で試合中止になったら法的措置も辞さない」などの過激な発言を連発したことで、にわかファンたちの心にも火をつけたのです。

試合はスコットランドに先制トライを奪われながら、怒涛の4連続トライで逆転。スコットランドに意地の2トライを返されたものの、何とか逃げ切って前大会のリベンジを果たし、見事にプールAの1位通過を成し遂げました(最終結果は、日本28−21スコットランド)。

4試合すべてが、「ルールや選手を知らない」にわかファンでも盛り上がれる劇的な勝ち方だったのです。これまで「ラグビーは難しい」「どう見たらいいかわからない」と思っていた人々を引きつけたのですから、魅力的な試合だったことは間違いないでしょう。1990年代のサッカー日本代表がそうだったように、こうした試合を続けることで、にわかファンが徐々にルールや選手を覚え、人気が定着していくものです。

会社組織にも似たラグビーの選手とプレー

にわかファンが日本中にあふれる2つ目の理由は、日本代表選手たちの振る舞い。

ここまで得点ランキング1位の田村優選手、トライ数1位の松島幸太朗選手といった数字を残している存在こそいますが、彼ら自身、個人の活躍には言及せず、「ONE TEAM」という合い言葉を連呼。「日本チームの勝利」であることを強調していますが、さらに「選手やスタッフだけでなく、応援してくれる人々も含めたONE TEAM」というコメントを欠かせないことも、人々の心に響いています。

もともとラグビーは試合出場する15人のほか、ベンチの8人、ベンチ外の8人も加えた「31人で日本代表」という大所帯。数あるスポーツの中でも最大級の編成であり、だからこそ「個人よりもチーム」の意識が重視されています。

そのことは、1984〜1985年に放送されたラグビードラマ「スクール☆ウォーズ」(TBS系)にスター選手を存在させず、「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」(1人はみんなのために みんなは1人のために)を合い言葉にしていたことからもわかるでしょう。

野球、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどの団体競技でも個人技の重要性が叫ばれる中、今回のワールドカップを見て「ラグビーほどチームの力で戦うスポーツはないのでは?」と感じた人の声がネット上で飛び交っていました。そんな選手たちの姿が2011年の東日本大震災以降、相次ぐ災害のたびに「絆」を意識してきた日本人の琴線に触れたのではないでしょうか。

プレーという観点から見ても、「フォワードたちが最前線で体を張って相手と戦い、その後方でバックスたちが統制の取れたラインを作って次の展開に備える」という役割分担は会社組織のようでもあり、フォワードが営業部や開発部、バックスが総務部や経理部にも見えてきます。

また、ボールを前方に投げられるアメリカンフットボールとは異なり、何度も相手とぶつかり合い、多くの人数でパスを回しながらジリジリと前に進んでいくラグビーの試合そのものがビジネスシーンに似ているのかもしれません。

そのほかでも、「勝利したら全員で輪になって『カントリーロード』の替え歌『ビクトリーロード』を合唱する」「出場機会のない控え選手たちが相手分析や水配りなどの献身的な働きをしている」「主将のリーチ・マイケル選手が“日本チームが選ぶマン・オブ・ザ・マッチ(最優秀選手)”の相手選手に日本刀を贈呈している(相手への敬意という意味)」などの心温まるエピソードに事欠かないのも、人々を引きつけている理由と言えるでしょう。

毎週末に訪れる盛り上がりのピーク

3つ目の理由は、ラグビーワールドカップが、夏季オリンピック、サッカーワールドカップと並ぶ「世界3大スポーツイベント」でありながら、これまで日本国内ではあまり注目を浴びてこなかったこと。

9月20日の開幕当初は、ネット上に「ラグビーワールドカップって、40億人が見るほどのイベントだったの?」「アジアで初めての開催って何気に凄くない?」という声が上がっていました。

ネットの普及で情報の多い社会になり、未知のものが少なくなった今、よく知らないビッグイベントの存在に気づいて、「これは面白い」と食いついたのです。しかも今回は「日本開催」という、にわかファンが盛り上がる最高のシチュエーション。「『サッカーワールドカップ』のときと同じように盛り上がればいいのだろう」という経験値もあり、にわかファンの数は右肩上がりで増えていきました。

大会が始まって驚かされたのは、日程の長さが功を奏したこと。ラグビーは肉体の消耗が激しく、「どのスポーツよりも試合間隔が必要」と言われています。今大会も開幕戦の9月20日から決勝戦の11月2日まで、約1カ月半にわたる長丁場であり、夏季オリンピックの約2週間、サッカーワールドカップの約1カ月と比べても、飛び抜けて長いことが盛り上がりをそぐのではないかと言われていました。

ここまで日本代表の試合は、開幕戦の9月20日(金)から、28日(土)、10月5日(土)、13日(日)と、「週末ごとに1試合」のペース。つまり、「1週間ごとに試合が行われ、しかもすべて週末」という日程が、にわかファンにとって応援しやすいサイクルだったのです。

「パッと盛り上がって終わる」短期集中型のイベントとは異なり、「週末ごとにピークを迎える」ラグビーワールドカップは、日本開催で時差がないことも含めて、なじみやすいものなのかもしれません。

この先も日本代表の試合は、準々決勝が20日(日)、準決勝が27日(日)、決勝が11月2日(土)で、3位決定戦に回ったとしても11月1日(金)と、やはり「週末ごとに1試合」のペース。相手は優勝候補の強豪ばかりですが、日本が勝ち抜くほど週末のフィーバーは続いていくことになります。また、日本以外の試合が盛り上がったら、「にわか」のフレーズが取れた本物の「ファン」が増えたことの証明となるでしょう。

放映権がないのに盛り上げたTBS

4つ目の理由は、今年6月13日に発売された池井戸潤さんの小説『ノーサイド・ゲーム』と、同作を実写化したドラマの事前アシスト。

とくに7月7日スタートのドラマ「ノーサイド・ゲーム」は、大学時代に名選手だった福澤克雄さんがチーフ監督を務めたため、ラグビーの魅力を凝縮したような作品となりました。「アストロズ」の選手を演じる俳優をラグビー経験者で固めたほか、ロケをラグビー聖地の1つである東京都府中市で行い、試合シーンもラグビーワールドカップの会場でもある熊谷ラグビー場で撮影するなど、細部にわたるまで本物志向。

さらに、大泉洋さん、上川隆也さん、西郷輝彦さんらがビジネスシーン、松たか子さん、市川右近さんらがファミリーシーンを彩り、ゲスト俳優に栃ノ心さんら力士、吉田沙保里さん、濱田岳さん、櫻井翔さんらを迎えたことで、「ただのラグビードラマ」に陥らず、のちのにわかファンにつながる間口の広い作品となったのです。

また、同作の主題歌だった米津玄師さんの「馬と鹿」は、現在TBSに限らずラグビーワールドカップに関わる各局の映像で多用。大会を盛り上げるとともに、米津さんのファンたちにもラグビーにはまっている人が多いようです。

同作は、ラグビーワールドカップ開幕直前の9月15日に最終回が放送され、まるで「続きはラグビーワールドカップで!」とパスを出しているようなメッセージ性すら感じさせました。事実、最終回の放送後、ネット上には感謝の言葉とともに、「ラグビーワールドカップも絶対に見る」という書き込みが殺到していたのです。

もともと同作を放送したTBSは、前述したドラマ「スクール☆ウォーズ」を2シリーズにわたって放送したほか、系列局の毎日放送が1970年代から「全国高等学校ラグビーフットボール大会」を中継するなど、ラグビーを最も知るテレビ局。ラグビーワールドカップの放映権がないにもかかわらず、大会を盛り上げた陰の立役者と言っていいでしょう。

一方、地上波の放映権を持っているのは、日本テレビとNHK。両局は大会前からラグビーワールドカップを盛り上げるべく、さまざまな番組で、競技のルール、試合の見どころ、選手の特徴や横顔などを紹介し続けてきました。

ただ、「それらの番組が既存のラグビーファン以外に届いていたか」と言えば疑問。少なくとも「にわかファンの心を動かした」という意味では、「ノーサイド・ゲーム」ほどの影響力はありませんでした。

しかし、日本テレビとNHKの地道なPRは、大会開幕後にようやく効果を発揮し始めています。両局は試合の映像を使用できるうえに選手周辺の取材がしやすく、他局よりスポーツ番組や情報番組で取り扱える内容が充実。ラグビーに興味を持ちはじめたにわかファンたちの需要に応えるものを放送し、両局の番組は優先的に見られているようです。

また、両局の関係者にも、にわかファンが急増。大会前から「ラグビーワールドカップを何とか盛り上げたい」という切なる思いを抱えていましたが、日本が勝ちを重ねるにつれて、その先の欲が生まれはじめています。

「日本の決勝進出」を願う日本テレビ

当初から日本の準々決勝は、プールAを2位通過したら日本テレビが19日に放送し、1位通過したらNHKが20日に放送することが決まっていたため、アイルランドに勝った頃から「どちらになるのか?」と気をもんでいました。

結局、日本が1位通過したことで、NHKが20日の19時10分〜21時50分に「日本vs南アフリカ」を放送することになり、日本テレビの関係者たちはガックリ。19日の放送は日本戦ではなく「アイルランドvsニュージーランド」になり、20日は「NHKの日本戦放送に『世界の果てまでイッテQ!秋の2時間SP』が食われる」という不安を抱えることになってしまったのです。

そんな日本テレビの人々が願っているのは、日本のさらなる勝利。日本テレビは、日本が準々決勝を勝ち抜いた先の27日に行われる準決勝2、さらに11月2日に行われる決勝の放映権を持っているため、「何としても勝ち続けてほしい」と全社を挙げて応援態勢に入っているようなのです。

「にわかファン」のほうが圧倒的に多く、そう自ら言い切れる気軽さがあるうえに、準々決勝以降は「負けたら終わり」のヒリヒリとしたトーナメント戦。にわかファンは、ますます増え、日本全国で盛り上がるでしょう。