念願の支配下登録は勝ち取れなかった。阪神から育成1位で指名された大商大・小野寺暖外野手(21)。プロの世界へ向けての決意表明となる記者会見では、自然と悔し涙がこみ上げてきた。

 「支配下で行きたかったです。育成とでは全然違う。奨学金で大学に通っていましたし、契約金で母にお金を返して手助けしようと思っていたので…。テレビで“選択終了”の声を聞くたびに、いろんなことが頭をよぎっていました。とにかく一日でも早く支配下に、その次に1軍を目指したいと思います」

 母子家庭で育ててくれた母・由子さん(49)を少しでも楽にしたい―。奈良リトル、南都ボーイズの練習日には、必ず由子さんの姿があった。7歳から野球を始めて15年。小野寺はその一心で野球と向き合ってきた。最上級生となって4番を任されてからは、ティー打撃とフリー打撃を合わせて1日8時間もバットを振り続けた。手の皮が何度、ぼろぼろになったか分からない。それでも「自分が打たないとチームも負ける」と心を奮い立たせ、春秋のリーグ戦連覇へと導いた。

 感謝の思いは富山陽一監督(54)にも向けられた。京都翔英では高校通算20本塁打。右の大砲候補として入学したが、周りのレベルの高さに圧倒され、1年時には退部も考えた。

 「1年の時はメンバー外。このまま中途半端に野球を続けても、母に迷惑をかける気がして。だから、他の大学なら間違いなく野球を辞めていたと思います。こんな自分を引き上げてくれた監督さんと当時のキャプテンにはプロで活躍することで恩返ししたい」

 退部を思いとどまってからは、より一層、野球に打ち込むようになった。2年秋からは念願のベンチ入り。大学通算5本塁打ながら、3年秋の龍谷大戦ではあと5センチで場外という左越えへの特大弾を放った。4年春には打率5割で首位打者のタイトルを獲得。遠投も110メートルという強肩で、磨けばどこまでも光る原石だ。

 「右へ長打を打てるパンチ力もありますし、スピードガンを測れば140キロ投げるパワーもあります。阪神さんからはチャンスを与えていただいたわけですから、誰よりも一生懸命練習してほしい」

 富山監督からは厳しくも温かいエールを送られた。仲間からの祝福が終わる頃には、笑顔があふれていた。持ち前のハングリー精神はきっと、プロの世界でも大きな支えとなる。2人の恩に報いるためにも、まずは支配下登録を勝ち取り、今度こそうれし涙を流したい。