人気ドラマ「ドクターX 外科医・大門未知子」の最新シーズンが10月17日から始まる。このドラマに取材協力したフリーランス麻酔科医の筒井冨美氏は「このドラマが始まった2012年以降、1つの病院に属さないフリーランス医師の認知度が急激に上がった。産婦人科医なら年収5000万円も可能。そういう働き方は日本全体のトレンドではないか」という--。

■ドラマの影響か「ドクターX」が最近増えている

「私、失敗しないので」

主人公のフリーランス女医(米倉涼子主演)の決め文句で知られる人気ドラマ「ドクターX 外科医・大門未知子」(テレビ朝日系)。2019年10月17日からシーズン6が放映される。本作が始まったのは2012年10月。たびたび20%を超える高視聴率をたたき出している。

このドラマが始まり、「フリーランス医師」の認知度は急激に上がった。2012年当時は医療界でも「麻酔科における一時的なブーム」といった程度だったが、このドラマの影響で診療科の壁を越えたトレンドとなり、新たにフリーランス医師となる人も増えている。

画像=テレビ朝日「ドクターX」番組サイト
「ドクターX 外科医・大門未知子」は10月17日21時より、テレビ朝日系列で放映 - 画像=テレビ朝日「ドクターX」番組サイト

■「フリーランス医師」の勃興〜2004年の新研修医制度とネット時代〜

昭和時代にも「特定の職場を持たず、腕一本で病院を渡り歩く」という医師は存在していたが、それはごくわずかだった。当時は、山崎豊子の小説『白い巨塔』で描かれたように、大学の「医局」が日本中の病院を支配していた。医局は医師就職やアルバイト情報も一手に握っていたので、ネットもメールもなかった時代に、医局の外で医師がひとりで稼ぐことは極めて困難だった。

だが医局制度は、2004年に始まった新研修医制度で崩壊していった。医師免許を取ったばかりの新卒医師は、特定の医局には属さず、2年間のローテーション研修を受けることが必須化された。各科を「内科4カ月→小児科2カ月→麻酔科1カ月……」といった形で渡り歩くのだ。

同時に、封建的な大学医局よりも、自由な都市部の病院を選ぶ若手医師が増えていった。さらにインターネットの発達で、医師転職サービスが普及し、大学病院や教授を介さなくても転職やアルバイトが可能になった。

麻酔科のような分野では、通訳や運転手のように「1日あたり○万円」という契約で働けるようになり、インターネットで仕事を簡単に探せるようになった。

筆者が勤務医からフリーランスに転身したのは2007年4月のこと。しかしながら、当時の医療界の風潮では「フリーター」「金の亡者」と呼ばれ、「医療界の底辺」という扱いをされることもまれではなかった。

■フリーランス医師のターニングポイント〜2012年の2大イベント〜

そんなフリーランス医師の評価が大きく変わったのは、2012年である。同年2月、天皇陛下(当時)の心臓手術の執刀医として順天堂大学教授の天野篤氏が選ばれたことは、医療界に衝撃を与えた。

天野氏の経歴は「3浪の末に日本大学医学部卒、留学歴なし、国内の患者の多い一般病院で症例数を重ねて腕を磨いた」というもの。そうした経歴の医師が天皇の命を預かる手術をするという人選は、かつてであればありえなかった。しかし、天野氏と東大病院の合同チームによって手術は成功し、「優れたスキルがあれば、学閥や病院の枠を超えて活躍できる」ということを世間に印象づけた。

写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

そして、2012年4月、筆者宛てに「フリーランス女医を主人公にしたドラマを作りたい」というメールが制作会社から届いた。私が企画やシナリオチェックなどで参加した「ドクターX」シーズン1は、10月に放送されると大ヒットし、「フリーランス医師」は世間に広く知られることとなった。

病院ホームページに「麻酔はフリーランス医師が担当します」と明記する施設が目立つようになり、筆者のところにも「フリーランス医師になりたい」という若手医師からの問い合わせが増えた。明らかに風向きが変わったことを実感した。

■「本フリー」と「裏フリー」

フリーランスには、特定の職場を持たない「本フリーランス」の他に、表向きは大学病院などに在籍するが、バイトで稼ぎまくる「裏フリーランス」がある。

「ドクターX」でいえば、主人公の大門未知子は本フリーだが、スピンオフドラマ「ドクターY」の主人公でもある医師・加治秀樹は、大学病院に籍を置きつつ得意の内視鏡手術でバイトに励む「裏フリー」である。

女性は本フリーになりやすいが、男性は裏フリーにとどまる者が多い。裏フリーの場合、プライベートでメリットが大きいことがその背景にある。例えば、賃貸マンションの契約時や、合コンでの自己紹介、近所付き合い、子供の受験などにおいて、勤務先を「○○大学病院」と名乗れると極めて便利なのである。

表と裏のフリーランス医師隆盛に釘を刺す動きも出始める。

2018年、日本麻酔科学会は、「週3日以上同一施設に勤務しない医師は専門医更新不可」との新ルールを発表した。フリーランス増加に頭を抱えた学会幹部による、事実上の「フリーランス狩り」だ。程なくして、インターネット医師転職業者は「週3日勤務OK病院」という案件紹介を開始した。現在では「週3日はメイン病院、それ以外はバイトで稼ぐ」という裏フリーが増えている。

■「フリーランス医師」と「フリーター医師」

フリーランス医師の中には、「フリーター医師」と呼ばれる一群もある。専門医資格を持たず、売りになるスキルもなく、「健康診断」「予防接種」「寝当直(患者のほとんど来ない当直)」など、医師免許さえあれば誰でもできるロースキル業務で稼ぐ医師である。

医師免許は「日本最強のプラチナライセンス」と呼ばれるだけのことはあって、「健康診断で1日5万円」という案件は多数存在する。「やりがい」「使命」のような医師としての理想はいったん置いて、こういう案件を年200日こなせば、現在のところは年収1000万円が見込める。

だが、こうした状況が続くとは限らない。2018年から新専門医制度が始まり、3〜5年目の医師は「内科、外科、眼科……」のような19の専攻科から1つを選んで、登録する制度が始まった。同時に、都市部(特に東京)の専攻医については定数が設けられるようになり、眼科や皮膚科のような「ラクで人気の科」の人数は厳しく制限されるようになった。

厚生労働省は「東京の眼科の定数を絞れば、地方や外科に若手医師が回るはず」と考えたようだが、実際には「東京の希望科に入れない→そのまま東京でフリーター医師」という若手医師が目立つようになった。需要と供給の関係か、東京近辺のフリーター系バイト案件の相場は著しく下降している。

■激務のフリーランス産科医は年収5000万円も余裕

2012年ごろは「外科医は外来や術後管理があるのでフリーランスはあり得ない」「(『ドクターX』に登場する)城之内博美のようなフリーランス麻酔科医はいるが、大門未知子のようなフリーランス外科医は存在しない」とされていた。

2019年現在、「フリーランス 医師」とネット検索すれば、上位表示されるのは整形外科医だ。しかし整形外科の中でも「膝のエキスパート」「肩と肘」など得意分野を絞って複数の病院で手術する医師が増えている。「ネットのクラウド上でスケジュールを管理」「手術前後にSNSで画像を見ながら遠隔症例検討会」など、ここでもインターネットの新技術による影響が大きい。

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収入的には、産婦人科フリーランスがキツいが儲かる分野として定評がある。お産を扱うには365日体制で当直する必要があるが、科の特性ゆえに女医率が高く、「妊娠・出産・育児で当直免除」の施設も増えている。

その結果、「当直することを厭(いと)わない産婦人科専門医」は引っ張りだこで、産科当直料は上昇の一途である。2005年、三重県尾鷲市が年収5520万円で産科医を募集したことがニュースになったが、地方でキツい当直案件を多数こなせば、現在でも「年収5000万円の産科フリーランス」は可能である。

■都会の「ゆるふわ女医」の労働単価は下降

一方、同じ産婦人科医でも「ゆるふわ女医」と呼ばれる「都会、特に東京都心の病院で平日昼間の簡単外来のみ」のパート女医は飽和状態の様相を呈していて、単価も下降している。

内科・精神科・訪問診療などもフリーランス医師を見かけるようになった。ただ、こちらの場合、年収や日給ではなく、「売上の○%」「胃カメラ1件○円」のような歩合制・出来高制で働くケースが多い。

地方の医師が不足している病院でも、フリーランス医師と契約するケースが増えている。2018年から「オンライン診療料」が保険適用となったので、今後はスマホなどを活用した遠隔診断でもフリーランス医師が活躍することが予想できる。

■「ドクターX」の裏テーマは、日本人の新しいワークスタイル

2019年5月、岡田准一主演のドラマ「白い巨塔」(フジテレビ)が放映されたが、主演・田宮二郎版や、唐沢寿明版の視聴率には遠く及ばなかった。令和時代の大学医局には、ドラマのような昭和時代の権威は残っておらず、いまや「医大教授」は巨額の裏金をはたいてまでなるようなうま味のあるポストではない。

令和の研修医は「下っ端」というより「17時に退勤できるお客様」であり、教授に僻地出向を命じられたらサクッと辞めて「日給5万」のフリーターに転じれば一件落着なのだ。

写真=iStock.com/kokouu
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「ドクターX」の裏テーマは、「日本人の新しいワークスタイル」ではないかと思う。「年功序列」「終身雇用」「学閥」のような昭和的働き方に限界を感じつつも、多くの人は「じゃあ、どうすればよいの?」と悩んでいるはずだ。そこで、スキルを武器に自由に生きる主人公や、組織の傘下に属しつつも裏フリーで稼ぐ加治秀樹は、一つの解答例になっているのではないか。

ここ10年、日本の医療界では封建的な医局制度は衰退し、インターネットを活用したフリーランスが一大勢力となって、雇用の流動化やダイバーシティが進みつつある。一方、一般企業でも丸紅や日産自動車の副業解禁、タニタの社員フリーランス制度など、医療界のみならず日本中の職場で働き方が変わりつつある。そうした点からも、このドラマは視聴者を惹きつけると、私は考えている。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)