河川の堤防決壊が相次ぎ、60人を超す死者が出た台風19号の豪雨被害。改めて注目されたのが、旧民主党政権による「脱ダム」の象徴とされた八ッ場ダムだ。想定外の豪雨を受け止め、下流域の水害を防いだというのだが、詳細な検証を待たずに「だからダム建設は必要だ」と結論するのは短絡的だと橋下徹氏が指摘する。それはなぜか。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(10月15日配信)から抜粋記事をお届けします。

令和元年台風19号によってお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また甚大な被害については一日も早い復興を願っております。

■今回は下流の水害を防いだ八ッ場ダムだが……

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写真=iStock.com/Elen11
※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/Elen11

お亡くなりになられた方々がいらっしゃるので100%完璧だと評するわけにはいかないが、交通機関などの計画運休や、メディアを通じての情報発信などの官民の対応は、ある程度しっかりできていたんじゃないかと思う。過去の経験や失敗を踏まえて確実に対応のレベルが上がっている。やっぱり日本って凄いな、と感じた。

そんな中でも、52の河川で堤防が決壊し、100を超える河川で水が堤防を越える氾濫が生じたという。特に、千曲川流域の堤防決壊による長野市内の浸水は甚大だ。また、水を貯めきれなくなり、流入する水をそのまま放出する緊急放流を行なったダムが6カ所あったという。このような水害を目の当たりにして、治水対策をもっとやれ! という声が強まっている。

旧民主党が政権を獲った際、マニフェストに書いているからという理由でいきなり前原誠司国土交通大臣が中止宣言をやった群馬県の利根川水系の八ッ場(やんば)ダム。地元住民や地元自治体が前原さんの中止宣言に猛反対の声を上げ、国土交通省が検証した結果、結局、八ッ場ダムは建設することになった。

この八ッ場ダムが、今回、しっかりと水を貯めて、利根川水系の堤防決壊や氾濫を防いだ! ダムのおかげだ! やっぱりダムが必要だったんだ! という声が上がっている。

しかし、ここはしっかりとした検証が必要だ。

というのは、八ッ場ダムは来春の本格運用に備えて、現在試験運用段階だった。ちょうどダム湖内の水位を最下限まで落として(試験湛水)、そこから水を貯める状況だった。そんな中での今回の台風。八ッ場ダムはしっかりと水を貯め込んだけど、そのとき八ッ場ダムは、ある意味カラカラの状態だった。

もし通常の水位だったら、今回ほど水を貯めることができたのか。もしかすると水を貯めきることができずに緊急放流をしなければならなかったのか。つまり、今回はたまたまカラカラの状態の試験運用段階だったから水を貯めることができたのか。

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■西日本豪雨では死者も出た「緊急放流」の危険性

今回、6カ所のダムで緊急放流が行われたが、この緊急放流というのが下流域の水害を招くリスクが一番高く、ダムの最大の欠陥でもある。

昨年2018年7月の西日本豪雨。愛媛県の西予市の野村ダム、大洲市の鹿野川ダムで緊急放流が行われて下流の肱川流域が氾濫し、5人の死者が出た。

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緊急放流すれば下流域で河川の氾濫や堤防決壊が生じるかもしれない。しかし緊急放流しなければダム決壊が生じるかもしれない。どちらを選んでも地獄であり、それでもダム決壊を避けるために選ばざるを得ないのが緊急放流だ。

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ダムは水を貯めるということで、通常は安全・安心を得られる。しかし、限界を超えた時にはリスクが爆発する。

確かに八ッ場ダムは、今回はしっかりと水を貯めてくれた。ただし、それは八ッ場ダムの本来の力なのか、それとも試験運用をやっていたからというたまたまの偶然だったのか。すなわち通常運用時であれば水を貯めきることができず、やはり緊急放流が必要だったのかの検証が必要になるだろう。八ッ場ダムがあったから助かった! という安易な単純思考ではダメだ。

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■緊急放流の危険をはらむダムよりも河川改修がベター

このようなことを考えると、治水対策としては、ダムを造るよりも、まずは河川をしっかりと整備して、大豪雨であってもきちんと水が流れる河川にしておくことが大原則となる。川幅を広げたり、川底を深くしたり、堤防を強化したりすることだ。

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現実には、ダム建設と河川改修とをミックスした治水計画が作られる。ただしその際の河川改修は、担当役人がそこそこ実現できるものに限定され、困難が予想される河川改修は回避されて、その分はダムによる治水に回される。

そしてこの治水計画においては、必ず「想定雨量」というものが机上において決められ、人が一生に一度経験するような雨に耐えられる計画が立てられているが、それはあくまでも机上の論であって、その想定を超える豪雨が現実に発生している。つまり最近の大豪雨の事態は、治水計画の想定を超えるようなものになっている。

想定を超える事態においては、リスク爆発の危険がある緊急放流をやらなくてもいい河川改修による治水の方がベターだ。そしてダムによる治水の場合には河川はそのまま放置されることが多いが、河川改修による治水だと水がきちんと流れることを重視するので、想定を超える事態になっても堤防決壊という最悪の事態を避けることができる可能性が高くなる。

河川の水が堤防を超えても、それが一時的なものであれば(氾濫)、まだ被害は小さく、回復も早い。最悪なのは堤防の決壊だ。決壊してしまうと水がとめどなく街に入ってきてしまう。ゆえに、堤防の決壊という最悪の事態を避けるためには、緊急放流がなく、河川の弱点についてきちんと整備する河川改修による治水の方が相応しい。

■「ダムに頼る治水」の根源的な問題

ダムに頼る治水の危険はここにある。本来、河川の弱点をきちんと整備しなければならないところ、河川のリスクはダムに貯め込むということで、河川の弱点の整備が軽視されてしまう。

河川の弱点とは、川幅が急に狭くなったり、支流が合流したり、屈曲がきつくなったりすることで、水量が多くなったり水の流れが悪くなったりする地点だ。机上の論通りに河川の水位を抑えることができたとしても、河川の弱点のところで堤防決壊を招いてしまうことが多い。歴史をたどれば、河川の氾濫箇所、堤防の決壊箇所はだいたい同じ地点になっている。そして堤防の強度というものは客観的に正確に計測できるものではなく、机上の論で計算した水位に抑えたとしても確実に堤防を守れるわけではない。

ところがダムに頼る治水は、水位を抑えることが中心となってしまい、堤防を含めた河川自体を強化する思想になりにくい。この点がダムに頼る治水の根源的な問題だ。

だから河川改修による治水を原則とし、莫大な時間と手間暇とお金がかかったとしても、これからは河川自体を強化する治水に力を入れるべきというのが僕の持論だ。

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橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

大阪の槇尾川ダムは、建設工事に着工していたにもかかわらず中止し、河川改修による治水に切り替えた。大阪府庁の担当役人たちが、その河川改修案を必死になって実現してくれた。住民との合意を徹底してやってくれた。そして、かつては曲がりくねり、堤防も脆弱だったあの槇尾川上流域が、びしっと河川整備された。街自体が完全に生まれ変わった。驚くばかりの街の変化だ。

僕は政治家を辞めた後に、現地を訪れて、かつて激しく対立したダム建設推進派の住民の皆さんと久しぶりにお会いした。大阪府の職員から街の現状の説明を受けて、住民の皆さんと意見交換した。

そのとき、「橋下さん、ダムを中止してほんまによかったわ。今この街の方が本当に安全・安心を感じるで。ほんまこの街は、これまで雨にうなされていたからな。何より将来世代に水害に強い街を残すことができたのが一番やわ。でもな、あんときの橋下さんやったからこっちもエキサイトしたんや。今日のような橋下さんやったら、あんときもう少し冷静に話ができたやろうけどな」と言われた。

苦笑いしつつ、ほんと嬉しかった。

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これからの治水行政は、莫大な時間、労力、お金がかかろうとも、やはり河川改修による治水の方に力を入れていかなければならない。都市部で人口が密集しているところであっても原則は河川改修による治水だ。今回威力を発揮した話題の東京の地下放水路は、地上の土地買収が難航することから地下に河川を作ったようなもので、これも河川改修による治水の一環だ。

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(ここまでリード文を除き約3200字、メールマガジン全文は約9400字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.171(10月15日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【「大豪雨」時代の治水行政(1)】台風19号豪雨被害で考えたい――未来世代の安全・安心のためには「ダムに頼る治水」でいいのか?》特集です。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)