デモの収束が一向に見えない香港で10月4日、ついに「緊急状況規則条例(緊急法)」が発動された。

 行政長官が立法会(議会)を経ずに条例を制定できるという「伝家の宝刀」だ。発動は文化大革命の影響を受けて起きた1967年の暴動以来という事実が、事態の大きさを物語る。

 そんな奇策を用いて定められたのが「覆面禁止法」、通称マスク禁止法である。宗教、健康上の理由なしに顔を隠してデモに参加した場合、1年以下の禁錮及び最高2万5000香港ドル(約34万円)の罰金を科すという。西側諸国から懸念が相次ぐと、中国は「米国や英国、カナダなどにも先例がある」と猛反論。顔を隠すことが犯罪心理を高めていると正当性を強調した。

 一見、真っ当な主張に見えるが、話はそう単純ではない。毎週末、デモに参加している男子大学生(22)が事情を説明する。


マスク禁止にさらなる抗議 ©共同通信社

「若者がゴーグルや防毒マスクで顔を覆うのは催涙弾対策だけではなく、顔認識技術による捜査から逃れるためです。通常ならデモに参加しただけで現行犯逮捕されることなどあり得ないが、記録が残れば、後々どんな不利益を被るか分からない。デモ隊が夜間にレーザー光を投射するのも、監視カメラ撮影を妨害することが最大の目的です」

コンサート会場で指名手配犯がカメラに割り出され……

 実際、顔認識の技術による犯罪捜査は中国本土で急速に進んでいる。人気歌手のコンサート見たさに会場に現れた指名手配犯がカメラに割り出される事例が、昨年だけで60件もあった。都市部では、赤信号で横断歩道を渡ろうとするとスクリーンに大写しになる装置が増加中。駐在外国人が空港で捕まり、数年前の買春行為をビデオで見せられた事例もある。

 香港でデモに加わる若者にとって、マスクは自由と身の安全を保証する「最後の砦」なのだ。

 もっとも、覆面禁止法の陰では、より重大な決定もなされている。

 香港メディアによると、警察当局は9月30日付で武器使用の内規を改定した。従来はデモ隊が警察官を意図的に襲ってきた場合に正当防衛として拳銃の使用を認めてきたが、「死亡や重傷に至る可能性」で撃てるよう緩和した。改定翌日に18歳の男子高校生が胸を撃たれ、その3日後には14歳少年も左太ももに実弾を浴びた。警察による未成年への発砲は、香港社会に衝撃を与えている。

 建国70周年を優先し、沈黙を続けてきた習近平国家主席が今後、対応に乗り出す可能性はある。軍出動による第2の天安門事件は、「絶対に避けなければならない」(中国外交筋)。とはいえ、解決へ残された手段は多くはない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年10月17日号)