テキストマイニングで分かった、ヒット曲と名目GDPの関係(写真:プラナ / PIXTA)

最近話題になったのは「タピオカブームは株価暴落の前兆である」という説だ。FRB(米連邦準備制度理事会)の予防的な利下げ期待によって株価がファンダメンタルズの実力を超えて上昇しているという不安が強まる中、タピオカブームと株価暴落のアノマリーが注目された。

日本のタピオカブームは今回で3回目。その時期については諸説あるが、一説によると、第1次タピオカブームは1992年で、バブル崩壊後に複数回に分かれて生じた株価下落局面と一致。第2次ブームを2008年とみれば、09年にかけての金融危機による株価の暴落に先行していた。


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もっとも、タピオカブームと景気や経済の因果関係はほぼないだろう。これは具体的な根拠のないただのアノマリー、すなわち説明のできない経験値である。

金曜の夜にジブリ作品を放映すると、週明けの東京市場が大荒れになることが多い、という「ジブリの呪い」などと同じ類のものだ。これは、実は日本時間で金曜日の夜に米雇用統計が発表され、内容がよくないことが多かったという事情がある。

「景気は気から」は本当か、分析してみる

一方、「お笑いブームと不景気」など、遠因が存在するとされるアノマリーもある。「お笑いブームと不景気」については、不景気のときは視聴者がテレビに笑いを求めることが一応の根拠とされている。

好況時には明るく派手な色がはやるという傾向もよく知られている。この根拠になっているのは、女性の口紅の色の流行だ。赤は気分が乗っていて自己主張が強くなっているときでないと使いにくい色なのだという。したがって、景気と女性が好む口紅の色の関係に「好景気=鮮やかな赤、不景気=淡いローズやピンク」といった傾向があるらしい。

また、好況時にはこまめに手入れをしなければならないがエレガントでゴージャスさを演出できる髪形に人々がひかれるという。ほかにも景気の「気」が気分の「気」と結びついているとみられる例はいくつもある。

筆者は今回、これらの一種として「ヒット曲と景気の関係」をテキストマイニングの手法によって明らかにした。景気の「気」と気分の「気」に関係性があるのであれば、好況時には明るい曲が流行し、その逆もしかり、という可能性がある。むろん、「お笑いブームと不景気」のように、不況時にこそ明るい曲が求められるという逆の傾向が得られるかもしれない。

結論を先に述べてしまうと、日本では好況時には明るい曲が流行している傾向がある。また、因果関係まで考察すると、好況時だから明るい曲がはやるのではなく、明るい曲がはやるから好況になるという因果関係になっている可能性が示された。

今回の分析では、1980〜2018年の39年分の年間ヒット曲トップ10の歌詞データを「極性スコア化」することにより、各年代ではやった曲の「明るさ」(暗さ)を指数化した。ヒット曲トップ10はUSEN-NEXT GROUP・ 音楽配信企業最大手のUSENなどより選んだ。

「極性スコア化」とは、さまざまな単語と単語が持つ感情がポジティブかネガティブかという観点で数値をひもづけした辞書(極性辞書)を用いて、文章全体の感情をスコア化することである。

使う極性辞書によって結果は多少異なるものの 、ここでは一般的に用いられることの多い東京工業大学の奥村・高村研究室の「単語感情極性対応表」を用いた。

「単語感情極性対応表」は収録単語数が約5万語で、ある単語が「肯定的な印象」を与える場合、その度合いにおいて0から1までの数値を与え、「否定的な印象」与える場合、その度合いによって0からマイナス1までの値が付与されている。例えば、「楽しむ」という単語のスコアは0.996427と、ほぼ1であるのに対して、「怖い」はマイナス0.997999となっている。

1980〜2018年のヒット曲で多く使われる「ポジティブワード」は「好き」が圧倒的に多く、「一番」(「ベスト」)なども多かった。他方、「ネガティブワード」で多かったのは「別れ」や「悲しみ」などだ。

「ヒット曲」と「名目GDP」には正の相関

年間ヒット曲ランキング・トップ10の歌詞データを年ごとに極性スコア化した結果、名目GDP(国内総生産)成長率と連動性が高いことがわかった。1980年以降で相関係数は0.53であり、一定の正の相関があるといえそうだ。1989年以降の日本ではヒット曲の歌詞の中に「ネガティブワード」が増加し、暗い曲が増えていく中、名目GDP成長率の鈍化が進んできたことがわかる。アベノミクスが始まった2012年以降は一時的に極性スコアが上昇し、明るい曲が増えたが、ここ数年は再び極性スコアが低下している。


なお、民間最終消費支出(名目)の前年比との相関は0.58と、名目GDP成長率よりも相関が強い。ヒット曲と景気の関係は、個人消費を介してつながりがある可能性が高そうだ。

ヒット曲の歌詞の明るさと景気には相関関係があることがわかったが、これだけでは「好景気だから明るい曲が流行った」のか「明るい曲が流行ったから好景気になった」のかという因果関係はわからない。そこで、両者のデータを1年ずつずらして時差相関を求めたところ、歌詞データの極性スコアを先行させたほうが相関係数は大きくなった。時差相関の関係からは、明るい曲がはやってから3年程度は好景気が続く傾向があることがわかる。


この結果から「景気は気から」である可能性が高く、明るい曲がはやることで世の中も明るくなり、景気が良くなるという因果関係を見出すことができる。

歌詞データとIMF、どちらが勝つか

明るい曲の流行が景気に与える影響を推計すると、歌詞データの極性スコアが1単位上昇する(明るくなる)と、名目GDP成長率は約0.026%加速する。歌詞データの極性スコアの前年差の標準偏差は55ポイント程度であるため、昨年より1標準偏差分だけ明るい曲が流行すれば、名目GDP成長率は約1.4%加速することになる。

それでは2019年はどうか。年間ヒット曲トップ10がまだ分からないため、7月第1週のヒット曲トップ10を用いて、最新の歌詞データの極性スコアを算出した。2018年の年間ヒット曲トップ10のスコアは▲350であり、19年7月第1週のトップ10の極性スコアは▲351と若干だが低下した。つまり暗い曲が増えた。19年やその後数年の名目GDP成長率は、18年のプラス0.7%を下回る可能性があるということだ。

IMF(国際通貨基金)の最新(19年7月)の経済見通しによると、日本の実質GDP成長率は18年がプラス0.8%、19年はプラス0.9%と見込まれている。名目GDP成長率は物価の動向にもよるが、年後半にかけて明るい曲が流行しなければ、IMFの経済見通しも下方修正される可能性が高くなるだろう。