※本稿は橋下徹『トランプに学ぶ現状打破の鉄則』(プレジデント社)の「CASE6」から一部を抜粋したものです。
■メキシコとの壁をつくるのは本当に「けしからん」のか?
トランプは、アメリカとメキシコとの国境に万里の長城みたいな壁を造るとも言った。それに対して、アメリカでも日本でもメディアは「アメリカとメキシコを分断するのはけしからん!!」と批判した。国境に壁を造るのは、多様性、寛容性のある社会を歪めてしまうってね。
でも、ちょっと待ってくれよ。国境に壁のない国なんてどこにあるんだ?
日本はありがたいことに周辺全部を海に囲まれていて、隣国に接していないから、地続きの感覚というのがわかりにくい。でも、他国はほとんど地続きで隣国に接していて、国境の管理を厳格に行っている。そうしないと、犯罪者なんかが隣国を通じてどんどん入国してきちゃうからね。
たとえば、北朝鮮と韓国は地続きになっている。あそこの国境線、北緯38度の停戦ラインはものすごく厳格だ。一歩でもオーバーしようものなら機関銃で撃たれてしまう。それが現実なんだ。
それに、日本の国境管理だってむちゃくちゃ厳しいよ。たまたま日本には海があるから、国境に壁を造っていないだけの話。隣の一番近い韓国との間でも、海の深さを壁の高さと同じだと考えれば、日本はとんでもない高さの巨大な壁を持っているのと同じ状態なんだ。そんな厳格な国境管理によって守られて暮らしている日本人が、「トランプがアメリカとメキシコとの間に万里の長城みたいな壁を造ろうとしている」と聞くと、ヒステリックになって反対をする。おかしくないか?
■現状のアメリカ・メキシコ国境はめちゃくちゃずさん
アメリカのポリティカル・コレクトネスの中に「移民に対して寛容でなければいけない」「メキシコとの国境を厳格化しない」という一種の不文律があって、今までのアメリカの政治家は誰もそれに反することを言わなかった。
だけど、本音で言えば、
「国境管理を厳格化するなんて当たり前じゃないの?」
「ちゃんと入国の手続きを経て、犯罪歴のない、悪さをしない人たちだけを自国の中に入れるということなんて当たり前じゃないの?」
「麻薬を持ち込ませない、武器を持ち込ませないためには、国境を厳格に管理するのは当たり前じゃないの?」
というのが、多くのアメリカ国民の声じゃないか。
トランプは、そこをガツンと言って、多くの有権者の支持を得た。
トランプの発言に対してヒステリックになっている日本の人たちにも、アメリカとメキシコとの国境を一度インターネットで見てほしいよ。「これ、本当に国境なの?」と思ってしまうくらい、むちゃくちゃ管理がずさんなんだ。乗り越えられる高さぐらいのフェンスや、ボロボロのトタン屋根の小屋で国境管理をしていて、木の杭にすき間が空きすぎてその間を簡単に人間が通れちゃうところもある。これが、今のアメリカとメキシコとの国境の現実だ。
ある番組で、アメリカ育ちの女性コメンテーターが、「アメリカとメキシコとの国境は今でもきちんと管理されています。だから、わざわざ壁なんて造る必要はないです」と言った。
そうしたら同席していた木村太郎さんが、「そんなことはないよ、ずさんだよ」と言った。木村太郎さんは、かつてアメリカとメキシコとの国境の現場を見に行ったことがあったらしい。だから、乗り越えられないようなきちんとした高さのフェンスがあるのは、テレビ撮影用だと知っていたんだ。でも、そこから2キロぐらい離れると、もうフェンスがなくなっている。
木村さんが「あなたはそれを見に行ったことあるの?」と聞いたら、女性コメンテーターは「現場に見に行ったことありません」と答えていたよ。見に行ったこともないのに、「アメリカとメキシコの間の国境管理は十分だから、さらに壁を造る必要はない」だなんて、よく言えたよね。
僕自身も現場に行ったことはないけれど、ネットで調べただけでアメリカとメキシコとの国境管理がずさんなことはすぐにわかる。自由に行ったり来たりすることができるし、麻薬の密輸入なんかも平気で行われているんだろう。
こんな状況を見て、本物の政治家ならどうするか。
解決策は、国境を厳格化するという当たり前のことだけだ。トランプは「万里の長城」というインパクトのある言葉で表現したから、全世界に衝撃が走っただけ。実際は、ごくごく当たり前のことを言っているにすぎないんだよね。
■アメリカ・アーリントン墓地が「無宗教」であるわけ
トランプは、イスラム教についても言及している。
「イスラム教徒は入国させない」と強烈なメッセージを発したんだ。宗教に触れるのは、政治家にとってタブー中のタブーとされている。僕はイスラム教を全否定するつもりもないし、嫌悪するつもりもない。でも現実問題として、中東のIS(イスラム国)は、イスラム思想の一部の過激主義者が行っているのは間違いない。
だけど、民主党のオバマ前大統領も、トランプと闘った大統領候補のヒラリー・クリントン氏も、テロに対して「イスラム」という言葉は絶対に使わなかった。これは、「宗教に対して寛容であれ」というポリティカル・コレクトネスによるものだ。ワシントンの政治家の間ではそれが当たり前になっている。
ポリティカル・コレクトネスの「やりすぎな例」を紹介しよう。
かつてオバマ前大統領は、クリスマスに「ある命令」を出した。公の施設や政府の施設では、「メリークリスマス」ではなく、「ハッピーホリデー」と言うことに切り替えたんだ。だからアメリカでは、公共施設では「メリークリスマス」とは言われなくなった。公共の施設ではクリスマスツリーも飾れなくなった。なぜなら、クリスマスはキリスト教のお祭りだからだ。
キリスト教徒ではないアメリカ国民に配慮しよう、キリスト教以外の宗教にも寛容であろう、という考えなんだろう。でも、これってやりすぎじゃないの?
この場合は「メリークリスマス」を禁じるよりも、どんなお祝いの挨拶も認める、というやり方のほうがいいんじゃないか?
アメリカという国を守るために命を落とした兵士を祀るアーリントン墓地は、「無宗教」施設とされている。この墓地は、キリスト教でもユダヤ教でもイスラム教でも仏教でも、どんな宗教のかたちで祀ることも許されているらしい。これこそが真の寛容性だと思う。
■アサド政権、IS、ロシア問題……解決すべき優先順位は?
話を戻すと、アメリカの政治指導者になってテロ対策をするときは、一部の人間たちがイスラム過激主義に走っているという現実を捉えて、その対策を講じていくのは当然のことだと思う。もちろん、イスラム教をすべて否定する必要はまったくないから、「イスラム教徒は全員入国禁止」というトランプの発言はいきすぎだ。
でも、トランプの真意はそこにはないと思う。トランプは「イスラム教徒は全員入国禁止」という発言で衝撃を与えて、彼のほうに目を向けさせたかったんだ。
その後、裁判所から「待った」がかけられたこともあり、政策はどんどん修正され、テロ地域からのイスラム過激主義者とか、経歴がよくわからないイスラム教徒についてはちょっと入国について慎重になる、というところに落ち着いた。イスラム過激主義者がアメリカ国内に入ってこないようにするのは、国家指導者として絶対にやらなきゃいけないことだと思う。
一方、オバマ前大統領は、アサド政権打倒、イスラム国(IS)打倒、ロシアとは仲良くできない、というすべての目標達成にこだわって、結局なんの中東政策も実行できなかった。当時のアメリカは効果のない空爆を「とりあえずしただけ」になってしまったんだ。
トランプは、EUから批判を食らうこと覚悟で、シリアのアサド政権は暫定的に認め、その代わりロシアと手を組んでイスラム国を壊滅させると言い、それを断行した。実際、シリア内のISは抑え込まれつつある。
アサドを倒さなきゃいけない、イスラム国も倒さなきゃいけない、クリミア問題でロシアに対しても制裁を加えなきゃいけないというのは、西側のインテリたちが頭の中で考える理想の目標。でも、こんなのを一度に全部達成できるわけがない。政治で重要なのは優先順位だ。トランプには、一番に優先しなければならないことがわかっている。
「アサドも悪い」
「ロシアも悪い」
「イスラム国も悪い」
国や組織に対して、悪い悪いと言うのは簡単だ。でも、本物の政治家なら、その悪い者たちを一気に成敗する理想を掲げるんじゃなくて、現実の政治問題を解決するために、解決すべき優先順位をまず考えるべきだ。
最優先事項を決めたら、あとは実行するだけ。理想を口で言うだけではなく、実行しようとすれば、綺麗事だけでは済まないこともあるだろう。どこかと手を組んで、ドロドロした駆け引きをする必要も出てくるだろう。
トランプは、「アサド政権を暫定的に認めながら、ロシアと手を組んでイスラム国を壊滅させてテロをなくす」とはっきり言った。「イスラム国の壊滅、テロの壊滅が最優先事項だ」と。そのためには多少の犠牲は甘受する。
この方針には、綺麗事を重視するヨーロッパ諸国からも、日本からも猛反発を食らったけど、僕はトランプを評価する。
トランプのおっちゃん、ほんと大したもんだよ。
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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)
外部リンクプレジデントオンライン