名もなき家事に名前を付けてみたらどうなったでしょう(写真:shimi/PIXTA)

家に帰宅した瞬間に、不穏な空気が漂っている。妻がなぜか不機嫌で、声をかけても返事がない。気を使ってそっとしておくと、こちらにわかるように大きなため息をつく。「何か自分が悪いことをしたかな」と思ってその理由を聞くと、余計不機嫌になる……。

こうした妻の「謎の不機嫌」に直面したことがある男性は、数多く存在しているのではないでしょうか。私自身もその謎に直面していた1人です。しかも、考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。しかし、ある出来事を機に、その謎の正体にたどり着いたのです。その出来事とは、広告会社在籍時に取得した4カ月半におよぶ育児休暇です。

仕事で疲れた夫と、家事育児にストレスを抱える妻。一度は愛し合っていたはずの2人がいつの間にかすれ違い、心の距離が開いた末に生じた「謎の不機嫌」を解消するためには、どうすればよいのでしょうか。キーワードは「名もなき家事」。私の経験を基に解説していきたいと思います。

家事育児ストレスの深すぎる闇

私が育休を取得したきっかけは、「育休、取るんだよね?」という妻の言葉でした。取るかどうかを話し合うのではなく「取る」ことを前提にした圧。実際、里帰りをせずに2人で暮らす街で出産することを決めていた私たちは、2人で子育てをはじめることになります。そのため、いわゆる「ワンオペ育児」を強いるのも心苦しいと感じ、育休を取ることを決意しました。

しかし、当時の私は、広告業界の最前線で働くコピーライター。皆さんがご存じのところですと「世界は誰かの仕事でできている。」(ジョージア)や「バイトするなら、タウンワーク。」といったキャッチコピーを書いていた時期で、多くの大手企業を担当していました。

周りを見回しても、男性で長期の育休を取得している人はほぼ皆無。子どもが生まれてから年度末まで4カ月間の育休を取ると宣言しても、誰からも信じてもらえない状態でした。そのため、職場のホワイトボードに「梅田 11月〜3月まで育休」と赤ペンで書いて、本気度を表明したことを覚えています。

そして、ついに育休に突入。この4カ月間は、「育休」というより「育労」という言葉に近いものがありました。その経験を端的にまとめたのが、次のツイートです。


この投稿を含めた育休体験にまつわる一連のツイートは、総閲覧数は1200万回にのぼり、15万を超える「いいね」を獲得しました。

共感者の大多数は子育て中の母親たち。「よくぞ言ってくれた」「頷きすぎて首がもげるかと思った」などのコメントが多数寄せられました。そこで気づいたのです。私は育休を通して、家事育児をがんばる女性たちが日々感じているのと同じストレスを感じていたのだと。

そして、このやってもやっても終わることなく、次から次へと押し寄せる家事をこなすだけでも、十分不機嫌になりうることを。

ないない尽くしの「名もなき家事」

家事と聞いて思い浮かぶのは、料理・洗濯・掃除・買い物あたりでしょうか。育児休暇を取る前は、私もそう思っていました。しかし、現実は違っていました。わかりやすい家事に分類できない「名もなき家事」が家事の大半を占めていたのです。しかも、終わりもなければ、達成感もない。さらに、誰かに褒められることもない。そんな「名もなき家事」が家事育児をがんばる人の気持ちを地味に削っていたのです。

私がそんな「名もなき家事」の見える化に挑戦した書籍『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』でも触れていますが、例えば、次のような行為が「名もなき家事」です。

水切りかごに入っている昨夜洗った食器を水滴の有無を確認しながら所定の位置に戻す家事
命名 リ・ポジショニング


タッパーのフタと容器を正しく組み合わせる家事
命名「タッパー神経衰弱」


「16時まであと5分しかない!」

自分で指定した再配達時間に急かされるように帰宅する家事
命名「再配達門限」


ロボット掃除機をかける前に、床に置いてある荷物をテーブルなどの上に避難させる家事
命名「道づくり」


水の流れが悪く排水口のゴミ受けを見ると予想以上に汚れがひどく、強めに水を当ててそっとフタを閉じる家事
命名 ぬめりだけ取り


ご覧いただいて、どう思われたでしょうか。1つひとつの家事は、大変ではないかもしれません。しかし、こうした名もなき家事が朝から晩までひっきりなしにやってくると思うと……。それだけで発狂したくなるはずです。そんな状態で、夫の心無い一言があったとしたらなおのこと。こうした連続した名もなき家事こそが、謎の不機嫌の正体であるとわかったのです。

不機嫌解消の第一歩は、相手への想像力

夫は会社で「仕事」、妻は「家事」と役割分担をしている場合、「疲れて帰ってきたのに、さらに妻に気を遣って家事をするなんて……」と思う方もいるかもしれません。もちろん、その気持ちも理解できます。


そんなときは、想像してみてほしいのです。3歩進んで4歩下がるような一筋縄ではいかない家事育児に奮闘している姿を。そのなかでつねにストレスを抱え、気持ちを削られながらも、悪戦苦闘している姿を。

もちろん、日中仕事をしていると、家庭のなかでそんな事件が起きていることを見ることはできません。しかし、想像力を働かせることはできるはずです。その想像力が、男女の間に横たわる不理解や断絶を解消する糸口になるのです。

自分のいちばん身近にいる大切なひとの大変な瞬間に思いを馳せる。その手がかりとして「名もなき家事」の存在を理解していただければ、妻の謎の不機嫌が軽減するだけでなく、多くの家庭に平和が訪れるはずです。

それぞれの家庭なりの「名もなき家事」について夫婦間で話し合い、相手をねぎらい、家事シェア・育児シェアの可能性を模索していただきたいと思います。こうした理解が生まれるだけで、妻のささくれだった気持ちは和らぎ、夫婦関係のさらなる悪化を食い止めることができるはずです。