「怖くない!」

 8月30日付のスペイン紙「スーペル・デポルテ」の1面は威勢がよかった。前日にチャンピオンズリーグ(CL)の抽選会が行われ、バレンシアはチェルシー、アヤックス、リールと同じグループHに組み分けられた。昨シーズンは準決勝に進出し、旋風を起こしたオランダリーグ王者、プレミアリーグの強豪と同居したが「拮抗したグループ」と評した。バレンシアは挑戦者である姿勢を崩さず、昨シーズン終盤のようなパフォーマンスをすれば、決勝トーナメントに進出できると同紙は予想していた。その根拠は昨シーズン終盤のパフォーマンスと戦績にある。

CL出場権獲得、カップ戦優勝とチームの機運が高まっていたが…

 バレンシアにとって創立100周年の記念すべき2018−19シーズンは、序盤から苦難が続いたが、最終的にはハッピーエンドを迎えた。リーガ1巡目を終えた時点で4勝しか手にできておらず、マルセリーノ・ガルシア・トラル監督はいつ首を切られてもおかしくない状況だった。それでも、2巡目は1巡目が嘘だったかのように獲得可能な勝点57の内38ポイントを手にし、リーガ4位にまで上り詰め、2シーズン連続でCL出場権を獲得。さらにコパ・デル・レイでは決勝でバルセロナを破り、実に11年ぶりとなるタイトルを勝ち取った。

 クラシックな4−4−2を基本布陣に、ソリッドでコンパクトなディフェンスブロックを構築し、ボールを奪えば、スペイン代表FWロドリゴ、ポルトガル代表FWゴンサロ・ゲデスらタレントを活かした速攻でライバルを切り裂いた。マルセリーノ監督の標榜するサッカーは熟成され、またシーズン後の夏の移籍市場ではキャプテンのスペイン代表MFダニエル・パレホなど主力が移籍で欠けることなく、戦力は維持された。ゆえに昨シーズン、グループステージ最下位で敗退したCLを、今シーズンは「怖くない!」と地元チーム贔屓のメディアが声高に宣言していたのだ。今となっては懐かしいフィーリングだ。

指揮官と経営陣による“お家騒動”が勃発

 あれから約2週間、状況は一変した。

 グループリーグ突破を楽観視しているバレンシアニスタは皆無だろう。なぜならクラブは試合に集中できるような状況ではなく、カオスの真っ只中にいるからだ。

 9月11日にバレンシアは、マルセリーノ監督を更迭した。原因はオーナーのピーター・リムとこれまでチームを編成していたディレクター、マテウ・アレマニー、マルセリーノ監督の間で起きた意見の相違だ。両者は昨シーズン終了後から今シーズンに向けて補強を進めていたが、意見は常々対立し、それゆえにバレンシアは今夏の間中、ずっと高い緊張感に包まれていた。

 指揮官は多くのポジションをこなせる実力者である当時バルセロナに所属していたデニス・スアレス、もしくはラフィーニャの獲得を望んでいた。これに対しピーター・リムは、下部組織出身のフェラン・トーレスや韓国代表イ・カンインの出場機会を奪う選手の獲得を拒んだ。シンガポール人資産家のオーナーは、下部組織を重宝する方針を強く打ち出し、特にU−20ワールドカップで大会MVPに選出されたイ・ガンインがトップチームのメンバーに登録されない可能性があることに我慢ならなかった。一方で指揮官は、イ・ガンインはバレンシアで戦力となるにはまだ成熟する時間が必要で、レンタルに出すことも考えていた。両者には大きな隔たりがある。そこでオーナーは編成の権限を現場から取り上げた。そして友人でもある敏腕代理人ホルヘ・メンデスと共に、エースであるロドリゴのアトレティコ・マドリードへの移籍を現場の意見も聞かずに進めて交渉をまとめた。

 結局、アトレティコ・マドリードはアンヘル・コレアを売却できず、ロドリゴの移籍は叶わなかったが、オーナーはラフィーニャ獲得の可能性までも閉ざした。マルセリーノは記者会見など公の場で不満を示し、クラブにメッセージを送っていた。その結果、オーナーは意見が食い違う労働者の首を切った。