今後の国会質疑で「誤解」は氷解するのでしょうか(写真:clear_eye / PIXTA)

イギリスでは最近、MMT(現代貨幣理論)の「教科書」までもが発売され、大部の専門書であるにもかかわらず、すぐに売り切れたという。アメリカでは、MMTは次期大統領選の趨勢を左右する要因の1つと目されている。日本でも、来日したMMT派の学者、ステファニー・ケルトンの講演は大盛況だった。

今年に入り一気にブレイクした感のあるMMTだが、先日、中心的な著作の日本語訳『MMT現代貨幣理論入門』(L・ランダル・レイ著)が刊行された。最新のエディションに準拠し、ここ数年の事象がアップデートされ、例えばビットコインについての言及もある。

今後も注目され続けるであろうMMTだが、いまだ誤解も多いのも事実だ。そこで、最新文献を参照しつつ、MMTの特徴とよくある誤解、論点を示しつつ、取り巻く状況について解説する。

MMTはなぜ誤解されるのか?

経済理論「MMT」に、人々は2度驚く。まずは内容の過激さに、次にはその論理の堅牢さに。少なくとも私はそうだったが、とくに多くの経済学者や専門家にとってはそうだろう。MMTへの反応が、激しくなる傾向にあるのには理由がある。


MMTは「貨幣とは何か?」から始まる経済理論である。「貨幣は金の引換券」(金属主義)ではなく「貨幣は負債の記録」(名目主義)とし、そこから敷衍して経済全体のメカニズムを統合的に論じるのが最大の特徴だ。

MMTが注目される理由は、MMTの主張がいわゆる現在の”主流派”の構築する経済学とかならずしも整合しないところがあり、軋轢を生んでいるところにある。主流派経済学からは”異端”的に扱われ論難され、その攻撃の激しさも衆目を集めるきっかけとなっている。まさに”受難の経済学”とでもいうべき風情がMMTにはある。

では、MMTははたして主流派が決して容認できないほど誤った”教義”なのだろうか。

私は「貨幣とは何か?」に関しての前提が、MMTと主流派でまったく異なっているというわけではなく、むしろ共通しているといってもいい、と考えている。

それではなぜ軋轢が生じるのか?

MMTは、貨幣に関するメカニズムに事実ベースで立脚しつつ、上述の「貨幣の名目主義」に関して首尾一貫している。

それに対し、主流派の学説は経済に関する規範理論(あるべき姿)がまず根幹にあって、その規範はレッセ・フェール(自由放任)を原則にしている。その規範から派生して実際に即した各論(貨幣論含む)を整備してきた、という背景が大まかに言えばある。

実は、貨幣の名目主義は、主流派の規範理論と相性がよくない。主流派のレッセ・フェールと相性がいいのはどちらかとい日本語えば「貨幣の金属主義」のほうである。

しかし「貨幣は金の引換券」(金属主義)というよりは「貨幣は負債の記録」(名目主義)だというのは事実としてそうであり、これは主流派も認めるところではある。このことが、MMTに議論上の堅牢性をもたらし、主流派の首筋を寒からしめる遠因となっている。

「貨幣」は現代の経済理論にとっては必要不可欠なものであり根幹となるものである。主流派がその重要部分で理論的陥穽を自覚させられるたびに、MMTにアキレス腱を狙われるがごときの心境となっても不思議はない。そうであるならば、アレルギー反応を示すか無視を決め込む主流派の学者が多いとしても、それなりに理解できる態度ではあるだろう。

ただ、主流派から見ればMMTの理論には甘さがあることも事実で、とくに経済成長や金融政策論に曖昧さが見える。この部分は主流派が得意で実績も上げているところであり、MMTの発展の見地からもこれから議論が待たれるところではある。

大まかに言って、「先に負債がある」から始まるMMTは、負債は必要不可欠な存在と考えるがゆえに、負債に寛容な経済学である。

また「先にモノがある」から始まる主流派は、”持てる者”の自由な交換を重視するがゆえに必ずしも負債の存在が必要でなく、自由な交換の秩序を脅かしかねないほどの負債を危惧する経済学である。

主流派からの”異端”扱いやMMTの”受難”の経緯を見れば、”神学論”にも似た印象も受けるが、それゆえに議論はヒートアップする傾向にあるのかもしれない。

ただ、「完全な経済学」というものがいまだ存在しない以上、お互いが補完関係になりうるものと思う。

私はこの主流派とMMT派の論争が、これからの経済学を本質的により頼もしいものにし、より世の中に役立つものになれる大きな機会になると確信している。

MMTによくある典型的な誤解

「MMTは理論の体をなしていない」

目新しい理論だという印象も強いMMTだが、伝統的な経済学の理論的系譜の延長線上にある。ジョン・M・ケインズ、カール・マルクス、A・ミッチェル・イネス、ゲオルグ・F・クナップ、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキー、ワイン・ゴッドリーらの見識の上に築かれたアプローチである。

また「MMTは数学的でない」という意見もあるが、例えば「政府赤字の持続可能性の条件」などに実際に数式モデルも使われている。

ただし、現状、MMTはマイナー勢力で、ポスト・ケインジアンと呼ばれる非主流派の、そのなかの一派であり、その理論の理解者が少ないというのが実際のところだ。

「MMTは国債をいくらでも発行すべきと言っている」

主権通貨を発行する国はその国の通貨建て債務がいくら増えても(非自発的には)デフォルトしないと主張。このことは主流派も同意する事実である。

ただ、事実としてそうだからといって、国債や貨幣をいくらでも発行すべきとはMMTは主張していない。MMTは主にインフレによる制約があり、過度のインフレにならないように財政支出をコントロールしながら社会厚生を充実させることが重要と主張する。

「MMTは極左の理論だ」

アレクサンドリア・オカシオ・コルテス(AOC)が2019年1月、MMTに好意を表明して一般的に認知が広がったのは事実だ(現在、公式な支持は表明していない模様)。

主唱者の1人である『MMT現代貨幣理論入門』著者のランダル・レイは、MMTの理論自体は中立的なものだと述べている。

ただ、経済格差是正への施策可能性を含むため、左派の政治家がMMTの理論に依拠しようとする場合がある(例えば、アメリカの民主党議員バーニー・サンダースの国民皆保険、大学教育無償化等)。政府予算均衡にこだわらなくてもよければ、格差是正政策のための財源確保の議論は回避できるからだ。

また極論すれば、共和党のドナルド・トランプ陣営も「壁」等の財源としてMMTを利用可能である。

国民のためのMMT

「MMTは中央集権化を目指す主張だ」

レイは真っ向から否定、MMTは、国の主役は国民と考え、国民のために国家がなるべく多くの厚生的なことを財政で行うべき(機能的財政論)と考えているようだ。例えばJGP(ジョブ・ギャランティ・プログラム。政府による就業保証)などで完全雇用を目指しているが、国有化は目指していない。

かたや主流派の右派は、国家の支配的側面を強調し(”ビッグ・ブラザー”幻想)、国家の介入を嫌う傾向にあり、MMTの機能的財政論を警戒、非難している。

「MMT派はアメリカの社会主義化を目指している」

教育無償化、国民皆保険等の社会保障政策実施を掲げるアメリカの政治家が台頭、「民主社会主義者」と名乗り、アメリカのミレニアル世代の支持拡大が起きているというのも事実だ。

実はアメリカにおける社会主義化は歴史上、目新しいことではなく、戦前の不況期から1970年代のアメリカで行われ、その後スタグフレーションにより廃れた、いわゆる「ニューディール政策」がある。ニューディール政策推進者は「ニューディーラー」と呼ばれ、経済学上の分類では計画経済を標榜する社会主義者に近い存在だった。

主流派から見れば、国からの介入が多く「大きな政府」に見えることは事実で、「社会主義者」と呼びたくなるのも道理だろう。ただ、北欧などと比べれば、まだまだ自由主義寄りのポジションとはいえる。

「MMTは税金は必要ないと言っている」

MMTは財政支出の財源としての税金は必ずしも必要ないと主張している。

ただ、それでも税金は必要で、それは自国の貨幣がその国の納税時に必要となるから、流通貨幣としての効力が(貴金属に裏付けられなくても)生じると説明する(「租税が貨幣を動かす」という主張)。

また、税は、基本的に好ましくない現象を減速させるための「マイナスのインセンティブ」として用いるべきと主張する(例えば炭素税など)。

「MMTを採用すればハイパーインフレになる」

そもそもハイパーインフレは、内乱等の極度の社会的混乱や、供給サイドが極端に壊滅した場合でなければ起こらない経済現象だ。

ステファニー・ケルトンは来日講演で、財政政策に関し、財政予算制約からインフレ率制約への転換を提案している。つまり、MMTはインフレ率に従うのが基本姿勢で、仮にインフレ率が上がりすぎれば財政支出の削減や増税等で対応する方針を持っている。

MMT反対派の4パターン

「MMTは主流派経済学者みんなから嫌われている」

財務省の資料では経済学界の重鎮による批判や疑問が紹介されている。

一部を以下に挙げると、ポール・クルーグマン(ニューヨーク州立大学、経済学者)、ジェローム・パウエル(FRB議長)、ロバート・シラー(イェール大学、経済学者)、アラン・グリーンスパン(元FRB議長) 、ローレンス・サマーズ(元アメリカ財務長官)、ケネス・ロゴフ(ハーバード大学、経済学者)、オリヴィエ・ブランシャール(元IMFチーフエコノミスト)、ジャネット・イエレン(前FRB議長)、クリスティーヌ・ラガルド(IMF専務理事)などだ(「わが国財政の現状等について 平成31年4月17日」P57〜59参照)。

ランダル・レイの著書によれば、「MMTに対する反応の典型的な4段階」というものがあり、多くの関係者は、”埒「クレイジーだ!」、恐怖「ジンバブエだ! ワイマールだ!」、5訴亜屬前たちは、我々の経済を破壊する!」、し稘棔屬前たちは、不潔で、左翼で、共産主義のファシストだ!」という順番で表れるという。

そのような状況のなかでも、MMTに好意的な主流派もいる。サイモン・レン・ルイス(オックスフォード大学教授、イギリス労働党経済顧問委員会委員)は、MMTの結論は標準的なマクロ経済理論から導かれるものに近いと理解を示している。

ポール・クルーグマンはMMTへの批判の急先鋒のように扱われるが、理論家ゆえ理論面の詳細は譲れないとしても、財政出動重視(反緊縮)の姿勢には理解を示すところも見せている(アメリカ議会での「MMT非難決議」提案に対して抗議している)。

「MMTはアメリカでは左派が、日本では保守系が賛同している。理論に矛盾があるからだ」

MMTの理論内容というよりは、両国で置かれている経済状況に違いがあることにより受け入れられ方が異なっていると見るべきだろう。かたや好況だが経済格差が進み(アメリカ)、もう一方は経済成長が弱くデフレ脱却が十分でないという事情による(日本)。

アメリカの過酷な経済格差には、セーフティネットが必要とされており、その実現を主張する左派に支持されている。そして日本では、デフレ脱却がまだ不十分と考える論者に保守派が多く、デフレ脱却の具体的施策として支持されている。

いずれにしても、MMTの財政支出の考え方に重要性を見いだしているという点は共通点している。

今後、MMTで注目すべき論点

MMTはきちんと経済政策を実行できるか

施策実行面での不確かさは多くの専門家から指摘されている。

典型的なのは、財政政策の量の調整によって本当にエレガントに経済運営ができるのか、という疑問だ。財政政策の調整は予算作成と承認に時間がかかり、また税制を変更する場合は法律的な変更も必要になる。

つまりフレキシビリティに欠けるのではないか、という懸念がある。ただ、主流派であっても、歴史上、理論を実際に試しながら改良発展してきた経緯がある。議論だけでは限界があるかもしれない。

実装すべき理論に関しては、政府予算制約でなくインフレ率ウォッチを優先する以上、MMTにインフレ率の予測モデルの実装と検証は必要ではないかという指摘もある。ただ、これは主流派が用意してもいいのかもしれない。

政策の議論に際しては、とくに金融政策面に関して、主流派とMMTのギャップは大きい。例えばクラウド・アウトや自然利子率の議論で食い違いが顕著で、建設的に議論が噛み合うためにはそれらの齟齬(そご)を埋める必要はあるだろう。

逆に主流派は財政政策重視の考えが苦手ではある。近年の世界的な「反グローバリズム」政党台頭への理解にMMTから学ぶところは多いかもしれない。

主流派とMMTは理論的、経済運営的に両立・補完できるか

私は、この可能性はあると思っている。サイモン・レン・ルイスの見解(MMTの結論は標準的なマクロ経済理論から導かれるものに近い)をほかの主流派学者も受け入れられれば、そして理論面の詳細に両陣営が過度にこだわらなければ、財政出動の効果を十分に得るべきと考える、例えば主流派左派(ニューケインジアン)は具体的な政策方針においてMMTとコンセンサスを得られるかもしれない。

昨今、財政出動重視を打ち出してきている主流派左派の重鎮たち、例えばオリヴィエ・ブランシャール、ローレンス・サマーズ、ポール・クルーグマン、ジョゼフ・スティグリッツらに注目しておきたい。

日本やユーロはMMTでデフレ懸念を払拭できるか

通常であれば、金利が十分に低ければ景気回復に向かう。だが、日本やユーロでは政策金利はほぼゼロの水準になって久しいが、景気回復は十分とは言いがたい。政策金利をゼロ以下に下げるのは(不可能ではないが)なかなか難しいのが現状で、金融政策の限界がまずはここに存在する。

この状態では、経済は“罠”に落ちたように不調から脱出しにくくなってしまう。これがいわゆる「流動性の罠」(liquidity trap)と呼ばれる状態で、低インフレが常態化すればデフレへの懸念を高めてしまう。

それへの処方箋として昨今、主流派左派から積極的な財政出動が提案されている。MMTはもとより積極財政を肯定する立場であり、つまりゼロ金利制約下、低インフレ下においては、主流派左派とMMT派の施策的な結論はかなり近い。このテーマでの議論はむしろ「MMT派+主流派左派」陣営と「主流派右派」陣営の間でクリティカルになるだろう(反緊縮派vs.緊縮派)。

世界にも目を向けるべき

MMT陣営は政権を取れるか

MMT派のステファニー・ケルトンが参謀に就いたバーニー・サンダース候補と、ミレニアル世代の世論に注目したい。また、ツイッターを駆使するトランプ大統領にインスタグラムで対抗しうるAOCの動向にも注目しておこう。

そして、世界に視野を広げれば、各国の「反グローバリズム」勢力の拡大は、世論のMMT支持の潜在的なバロメーターになるだろう。