ゲストに形のないサービスを提供する、メートル・ドテルの仕事とは? 写真はイメージです(写真:Neustockimages/iStock)

TBS系ドラマ『Heaven? 〜ご苦楽レストラン〜』が、9月10日に最終回を迎える。石原さとみさん演じる風変わりなレストラン・オーナーが、「自分が心ゆくままにお酒と食事を楽しみたい」という欲求をかなえるため、フランス料理のサービススタッフたちとの間で繰り広げられるコメディーだ。福士蒼汰さんがシェフ・ド・ランを、志尊淳さんがコミ・ド・ランを演じているが、改めてその役割とはいったい何か、さらにその上のメートル・ドテルとは、フランス料理の中でどんな役割を担っているのか解説する。

あなたが大切な人と食事をしながら、時を過ごしたいと仮定しよう。そして、数あるレストランの候補から、「グラン・メゾン」(格調ある高級フランス料理店)を選ぶとする。

予約を行い当日は店に入りお出迎えを受け、名前を伝えて席に通される。その後、食前酒とアミューズ(お通し)を楽しみながら、料理の説明を聞いてオーダーする。次にソムリエと相談しながら、料理に合うワインなど飲み物を頼む。そして、優雅な歓待の時間の中、提供された料理と飲み物、空間と時間を楽しむ。食後には会計を済ませ、見送りを受けてお店を後にする。

実はそのすべてにおいて、レストランのメートル・ドテル(給仕長)が関与している。

メートル・ドテルの業務に形はない

ミシュラン・3ツ星などのレストランであれば、店名やシェフの名前がメディアで輝かしく紹介されているのが定番だ。また、ワインを担当するソムリエが活躍する姿もよく見られる。だが、残念ながらそのサービススタッフの中心にいるメートル・ドテルにスポットライトが当たることはあまりない。それは形ある料理やワインと違い、お客様への心温まる無形サービスだからだ。

メートル・ドテルの業務は、フランス料理のレストラン・サービスで基本的な決まり(世界基準のルール)はあっても、レストランの規模(テーブルやいすの配置や動線など)、スタッフの人数、当日の混み具合などによってサービスはまったく異なる。また、お客様に対するサービス(おもてなし)においても、ゲスト一人ひとりにその都度、臨機応変に対応するため形や正解がない。

しかし、レストランの中でのメートル・ドテルの仕事は形がないからこそ、大切なゲストの気持ちに沿った“おもてなし”や“思いやり”のホスピタリティーが必要で、そのとき過ごした出来事がお客様の一生の記憶に残ることになる。

歴史や格式ある一流店には、長きにわたり積み重ねられたサービス美学が存在する。とくにグラン・メゾンの場合、多くのサービススタッフを率いており、その中では役割分担が明確に決まっている。具体的に彼らの役割や仕事について見てみよう。もちろん、レストランにより異なるので、あくまでも一例だ。

さて、初めに席についてメニューを渡してくれるのは、メートル・ドテルだ。もともとは貴族の館の家老であったが、現在はレストランの接客サービス面における総責任者であり、レストランのスペシャリテ(名物料理)やお薦め料理を説明してオーダーをいただく。

また、食事中はつねにお客様に安心感と信用を与えリラックスしてもらい、お客様のリクエストが何かないか要求を察知するため、絶えず細心の注意の中でその小さな動きや雰囲気の変化や音にも気を配っている。

もっとも大切な役割は?

いちばんの役割はお客様の大事な時間を共有することだ。ゲスト同士の会話から記念日だとわかれば、デザートのお皿にメッセージを書き添えたり、ローソクを用意したりするなどのささやかなサプライズでお客様の笑顔を引き出す。

また、亡くなった方をしのぶ食事会であれば、ゲストに最大限寄り添い、その方の分のテーブル・セットを急遽準備して、好きだった飲み物やお料理を用意することもある。

メートル・ドテルの補佐役としてお客様に給仕するのが、シェフ・ド・ラン(エリア長)の役目となる。

厨房からテーブル手前のゲリドン(サービス・ワゴン)まで、お客様に必要な器財やお料理を運んだり、ゲリドンから下げたものを洗い場に運んだりするのはコミ・ド・ラン(サービス見習い)が担当する。あくまでも見習いのため、コミ・ド・ラン1人だけで、お客様に接することはない。

しかし、場合によってはメートル・ドテルの指示のもと、シェフ・ド・ランと共にお客様のテーブルにお料理を提供したり下げたりするときがある。1つのテーブルで同時に料理を提供する際や、クロッシュ・サービス(半円ドームに取っ手があるカバーを一斉にテーブルで取り上げる)を行う。

メートル・ドテルの仕事にデクパージュ(料理の切り分け)がある。見事な出来栄えのローストされた肉の塊や調理された丸ごとの魚をお客様に見せるプレゼンテーションをした後、客席の前に用意したゲリドンで切り分けや取り分けてお皿に美しくかつ平等に盛り付ける。そして、最後にソースをかけてテーブルにサービスする。

本来お料理は丸ごと調理したほうがおいしいとされており、だからこそ厨房では料理全体の80%を仕上げ、最後にメートル・ドテルが客席でデクパージュを行い100%のお料理を提供する。

また、デザートの場合には、相性のいいリキュールやブランデーなどでフランベ(デザートのフランベにおいては香り付けや演出効果のために火をつけアルコール分を飛ばす)をして仕上げる。

そのためにも、メートル・ドテルは手際のよさと同時にエレガントな立ち振る舞い、テクニック、その他あらゆる料理知識を持ち合わせていることが不可欠である。食材、調理方法、シェフの料理哲学をお客様に語るのは、シェフではなくメートル・ドテルだからだ。

2015年、日本では惜しまれつつ銀座のグラン・メゾン『マキシム・ド・パリ』が閉店した。1966年、ソニー創業者・盛田昭夫氏の日本にも本物の食文化と大人の社交場を作るコンセプトにより、銀座ソニービルにオープン。フランス・パリ本店のアール・ヌーヴォーの内装や調度品など、同じ設えを再現したグラン・メゾンであった。


マキシム・ド・パリ伝統「クレープ・フランベ」のフランバージュ。現在も事前予約すれば『レストラン ぷーれ』で楽しめる(筆者撮影)

そこで活躍していた『マキシム・ド・パリ』で初めての女性メートル・ドテル、福岡佑香里氏に話を聞くことができた。同氏は現在、世田谷区・上北沢『レストラン ぷーれ』のオーナーである。

ぷーれとは若鶏のことであり、ロースト・チキンのデクパージュがメイン料理のスペシャリテである。

また、事前に予約すれば、有名なデザート「クレープ・フランベ」(マキシム・ド・パリ伝統のオレンジソースでクレープを軽く煮て、オレンジの皮をスパイラルに切り、そこにはわすようにフランベしたリキュールの炎を流すデザート)をはじめ、いくつものレパートリーからデクパージュやフランバージュが楽しめる。

働くスタッフにとっても憧れの場

福岡氏によると、かつてマキシム・ド・パリでの料理はすべてワゴンサービスをしていたとのこと。また、サービススタッフはディレクトール(支配人)やソムリエをはじめ30人弱いたときもあり、サービスチームは最大で7チーム、その中にはフランス人のメートル・ドテルもいた時代があった。まさに日本を代表するグラン・メゾンだった。

そのようなグラン・メゾンは働くスタッフにとっても憧れの場であり、当時のコミ・ド・ランたちはライバルが多い中、どうしたらディナーのサービスチームに入れてもらえるかを競っていたそうだ。まさに銀座のグラン・メゾンであるマキシム・ド・パリの夜のメイン・ダイニングは、サービススタッフにとってもトップの晴れ舞台であった。

そして、メートル・ドテルが通したメニューにないスペシャルなオーダーに対しては、シェフは「No」と言うことはなくできる限り最善を尽くし期待に応えていた。まさに、調理部門とサービス部門が一体となり、お客様に最大限、寄り添う真のおもてなしを実現していた。

SNSやインスタ映えなど、料理の見た目と情報をありがたがる傾向が優先する1億総グルメ時代の今、本当のおもてなしとは何かをグラン・メゾンで「濃厚な」時を楽しみ体感することで、再認識してもいいのではないだろうか。